龍虎の契り

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幸せの絶頂

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昨夜、李人は出がらしになるまで棗を抱いた。腕の中の棗は、あの楚々とした見た目とは違い、予想以上に艶っぽく、意外な程積極的だった。
ギャップ萌と言うものを李仁は昨夜、味わった。

ところがである。
朝起きてみると、隣で眠っているはずの棗の姿が無い。
甘い朝を迎えるつもりが、一人きりの虚しい朝になってしまった。

出社したものの、仕事にも身が入らず、始終ため息を溢す李仁を見て、従業員達が声もかけられずに、李仁の周りをただうろうろとしていた。

「こらっ、李仁!!」

兄の一久に一喝されたと思い、李仁の背筋が伸びたのだったが、蓋を開けてみれば悪友の智也が一久の声音を真似ているだけだった。

「なんだ、お前か!紛らわしい!
なんでそんなに暇なんだ?酒屋はどうした?酒屋は」

「相変わらず兄貴に頭が上がらないのか?」

「フン!お前のところだってたいして変わらんのだろう?」

「だからこうして逃げ回ってるんじゃないか。
兄貴が居れば、うちはそれで十分回ってるよ。俺はいてもいなくてもどっちでも良いのさ」

智也は李仁より更にお気楽な身分らしい。呑気なものである。
智久はわりと手広くやっている酒屋の同じく次男坊で、同じ商店街で育った幼馴染みだ。
二人とも周囲に期待されていない者同士、相憐むわけではないが、何故だか気が合い、小中高とずっとつるんでいた気がする。
仕事しているやらしていないやら、時たま暇に任せ、こうして商店街から外れた李仁の二号店にまで冷やかしにやって来るのだ。

「おい、見たぞ、昨日お持ち帰りしたろ、あの美人」

一番見られたく無い奴にしっかり見られていた。李仁は渋面で眉をひそめた

「なんでそうお前は目敏いと言うか、何と言うか」

「あのモデルの子だろう?今度俺にも紹介してくれ。是非お近づきになりたい」

大型犬が舌を出してヨダレを垂らしているような智也の額にチョップした。

「ダメだ。汚らわしい!下がれ!」

「イイ思いした男の朝の光景じゃ無いな。なんだそうそうにケンカでもしたのか」

「あー!もううるさいうるさい!
お前は帰れっ」

照れもあって李仁は必要以上にぶっきらぼうだ。だが、この短いやり取りで仕事へと気持ちが切り替わった事は否めなかった。

なんとかその日を乗り切って、いつも通り一人暮らしのマンションへと項垂れながら帰ってくると、エントランスでうろうろする棗の姿があった。
その姿を目にした途端に李仁の鬱々とした気持ちは吹き飛んだ。

「棗!」

「あ。藤城さん!良かった。中に入れなくてどうしようかと」

「ああ、すまなかった。後でパスワードを教えるよ。カードキーも用意しよう」

見れば棗の両手には食料品を買い込んだ袋が二つぶら下がっている。
持つよと言う前に李仁はその袋を持っていた。

「今朝起きたら君が居なかったから、どうしたかと思ったよ」

エレベーターに乗りながら、李仁は共に同じ空間にいられる事に安堵していた。

「急に仕事で忘れ物をしていた事に気がついて、藤城さんが良く眠ってらしたから、声もかけずに済みませんでした」

「良いんだ。そう言えば君の仕事について聞いていなかったが、どんな仕事をしているんだ?」

「大学教授のお手伝いを少し。恩師だったものですから。
先月奥様を亡くされて公私共々お忙しいようだったので」

「それって、住み込みかい?」

「いいえ、実家から通っています」

「そうか」

「そうか」などと事もなげに流したが、全く恋というのは真に盲目なものだ。それが例え仕事上の付き合いであっても、棗に男の影を感じるのは心中穏やかではない。
順番から行けば李仁の方が付き合いは浅いだろうが、こればかりはそんな事は関係は無い。
玄関へ二人して入って来ると、まるで共に暮らしているような気分になる。一人が二人になっただけなのに、家庭というものを李仁は感じていた。
足元の柔らかな間接照明が二人を出迎えた。

「沢山買い込んだね。うちの冷蔵庫が一気に活気付くな」

「すみません、勝手に夕食の材料を買い込んでしまって」

キッチンに運び込んだ食料品を、お邪魔しますと言って、棗が冷蔵庫へと移していく。

「藤城さんは何がお好きですか?肉じゃがって言うのはあざといですか?味噌汁はお豆腐とお茄子とどっちがいいですか?
私、以外とお料理得意なんです。食べたいものがあれば仰っ、、」

嬉々として食材をしまっていく着物の後ろ姿は、若妻のようで初々しい。李仁は愛しさが込み上げ振り向きざまに口付けた。

「藤城さん、、、」

「李仁でいい」

「じゃあ…、りひと…さん。向こうで座ってて下さい。お料理が作れなくなっちゃいますから」

口付けが解かれると、棗は照れて俯きながら、李仁の甘い誘惑から逃れるように料理に向かった。
肉じゃが、茄子とししとうの味噌炒め、ほうれん草としめじの胡麻和え、豆腐の味噌汁。男なら誰しも胃袋を鷲掴みにされそうなメニューはどれも美味しく、料理が得意と言うだけの事はあった。

食事の後は共に風呂に入り、当然ながら一戦交え、昨夜の激しい情行の跡も生々しい軀を抱いた。
二人、程よく疲れた寝床の中、腕に棗を囲いながらのピロートークだった。

「なあ、棗。今度からこのマンションから職場に向かうと言うのはどうだろう?」

当然それは同棲しようと誘っているのも同然だ。
棗は腕の中で李仁へと向かい合うと、微笑む唇で李仁へと何度も啄みを繰り返し、抱きしめ返した。

「良いんですか?本当に?‥嬉しい。ご迷惑でなければ」

「迷惑なものか。オレの望みだ」

「嬉しい。李仁さん。私、貴方が好きです。愛しています」

「ああ、オレも君を愛してる」

飽く事なく繰り返す愛の営み。
この時の李仁は幸せの絶頂だった。愛が愛であった純粋なひとときを謳歌していた。

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