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秋山と八神 出会い編
part.3
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「いってててっ!」
これで何度目だろうか。
理髪店のソファで八神は目覚めた。
しかし今日の寝覚めは最悪だった。酷く頭痛がしてこめかみ辺りを摩ると大きなタンコブが出来ている。
「何だ?どっかにぶつけたのか?」
八神の記憶は、客に煽られてテキーラを三杯、一気飲みした所までである。
昨夜の事を思い出そうとしても、頭に霞がかかってぼんやりとしてしてしまう。
額に手を当てて暫く悩んでいると、目の前のテーブルにコーヒーの入ったマグカップが乱暴に置かれた。
酷い二日酔いの頭にはそんな物音ですらガンガンと響いた。
「先生、悪い!昨夜も泊まらせてもらったみたいだな」
「八神さん、アンタ何も覚えていないのか?」
八神の前に腕組みをして仁王立ちしている秋山はいつに無く不機嫌に八神には思えた。
「俺、なんかまずい事やらかしましたかね」
どうやら本当に覚えていないらしい八神を半眼で見下ろし、秋山は大く溜息をついた。
「覚えてないなら良いです。その代わり、貴方は当分この美容室に出入り禁止です!それ飲んだらさっさと出て行って下さいね」
「え、マジか先生…」
そう言って店の二階へ去っていく秋山の後ろ姿から怒りの波動を感じた八神は、何かとんでもない事を自分はしでかしたのだと悟った。
その日から本当に、八神は理髪店にピタリと現れなくなった。
大概、もう店じまいの時間帯に現れるのが常だった男が、全く顔を見せないと言うのも何か拍子抜けするものがあった。
少し言い過ぎたかと思いながら、今日も秋山は回転灯のコードを抜くために店の外に出てきた。
ふと、足元にみかん箱程の段ボールが置かれているのに気がついた。
「…何だろう?」
持ち上げてみるとずしりと重い。箱の取っ手の穴から中を覗くと、どうやら本物のみかんが入っているようだ。
「落とし物?な訳ないか、お客さんが置いて行ったにしても、何か一言あるはずだよな」
しばし悩んだ末に、外に放置しておく事も出来ずに取り敢えず店の中に入れる事にした。
奇妙な事はこれだけではなかった。
暫くたったある日。また店じまいのために外に出て来ると、今度は栄養ドリンクが入った箱が置いてある。
そして次には甘栗が、さらに次には大量のコーヒー豆が置かれていた。
もはやこれらは置き忘れたのでは無く、落し物でもなく、秋山への贈り物なのだと遅巻きながら気がついた。
そしてまた、今夜も贈り物は届けられていた。豪華な薔薇の花束だった。それは回転灯にそっと立て掛けるように置かれていた。
秋山はそれを拾い上げると、それを置いた人を探す様に辺りをぐるりと見渡した。
すると、少し離れた電柱に背凭れる人影があるのに気がついた。
「…八神さん。良いですよ、中へどうぞ…」
秋山は根負けした顔で店の中へと八神を誘い、今夜は回転灯のコンセントを抜いた。
店じまいをした理髪店の中は静かだった。ソファに座る八神の目の前に、淹れたてのコーヒーが置かれた。
「どうぞ、貴方がくれたコーヒーです。色々たくさんありがとうございました。でも、あれじゃ不審物ですよ」
笑みを見せた秋山をチラと八神が様子を伺う。
「怒ってねーのか」
「怒ってますよ。でも良いですもう」
「やっぱり思い出せねんだ、あの晩のこと。本当は俺は何をしたんだ?」
「思い出せないなら良いです」
「気になる」
「気にしないでください」
これ以上聞き出せそうにもないと分かると、八神は諦めた様子でコーヒーへと手を伸ばした。
「本当は、なんか先生の欲しいもんをお詫びにと思ったんだが、先生の欲しいもんが何だか分からなくてな」
「そんなに気にしなくて良いです。欲しいものなんてありませんから」
「何かあるだろう。生きてれば。
車が欲しいとか、家が欲しいとかさ」
「へえ、ソレ言ったら買ってくれるんですか?八神さん」
「いや、例えばだって」
二人とも和やかに笑っていた。
久しくこんな会話をしていなかったと、秋山も八神も何となく心が暖まる気がした。それはコーヒーの温かさとはまた別のものだ。
「そうですねえ、一つだけ欲しいものがあるとするなら…、いつか自分のご褒美に買えたら良いなと言うものなら」
「それって何なんだ?」
「僕が理容師になったのは父の影響なんです。僕の父は流しの理容師をしていたんです」
「流しの理容師?そんなもんあるのかい」
秋山は湯気の立つマグカップの熱を移すように両手で包みながら、昔を思い出すように話し始めた。
「僕は父子家庭でした。父は自分の店を持っていたんですが、色々あって手放してしまったんです。その頃離婚した父は僕を引き取って、水商売の人達相手に出張で髪を切ったり整えたりして僕を育ててくれたんです。オカマバーの楽屋とかクラブの控え室とか化粧室なんかで。
僕は父にくっついて小さいながらに助手の真似事なんかしたり。
水商売の人達は皆んな悲しい分、優しくて。僕はそんな人達が好きでした。だから僕も店を出すなら、そんな人達を相手にしたいと思ったんです。
そして、その父が扱うハサミの手捌きに僕は憧れて理容師になりました。父の使っていたハサミは、彼の唯一最後に残った財産で、ナルトシザーと言う逸品でした。僕もいつかそのハサミに相応しい理容師になれた時には、そのハサミが欲しいです」
「親父さんのそのハサミは譲られなかったのか?」
「僕が棺桶に入れてしまいました。焼け残りましたが父と一緒に骨壺に入れてしまった」
珍しく八神は神妙な顔で秋山の話を聞いていた。物好きでこんな場末の繁華街に店を出したのでは無い事も分かった。そして彼の父親がもういないのだと言う事も。
「それより八神さん、このお花、お客様から八神さんへの頂き物なんじゃ無いですか?私になんかくれても良かったんですか?」
秋山は傍らに置かれた豪華なバラの花束を眺めて少し心配そうな顔をした。八神は気まずそうに頭をかいていた。
「いやっ、まあ確かに貰いもんなんだが、後輩の誕生日で客がわんさか花束持って来たもんでよ、ちょろっと失敬しても分からねえかと…」
「…八神さん、それ、窃盗です」
秋山は頬杖をつきながら、そんな八神を困ったものだと眺めながらも、綺麗なバラに心は少しだけ絆《ほだ》されていた。
これで何度目だろうか。
理髪店のソファで八神は目覚めた。
しかし今日の寝覚めは最悪だった。酷く頭痛がしてこめかみ辺りを摩ると大きなタンコブが出来ている。
「何だ?どっかにぶつけたのか?」
八神の記憶は、客に煽られてテキーラを三杯、一気飲みした所までである。
昨夜の事を思い出そうとしても、頭に霞がかかってぼんやりとしてしてしまう。
額に手を当てて暫く悩んでいると、目の前のテーブルにコーヒーの入ったマグカップが乱暴に置かれた。
酷い二日酔いの頭にはそんな物音ですらガンガンと響いた。
「先生、悪い!昨夜も泊まらせてもらったみたいだな」
「八神さん、アンタ何も覚えていないのか?」
八神の前に腕組みをして仁王立ちしている秋山はいつに無く不機嫌に八神には思えた。
「俺、なんかまずい事やらかしましたかね」
どうやら本当に覚えていないらしい八神を半眼で見下ろし、秋山は大く溜息をついた。
「覚えてないなら良いです。その代わり、貴方は当分この美容室に出入り禁止です!それ飲んだらさっさと出て行って下さいね」
「え、マジか先生…」
そう言って店の二階へ去っていく秋山の後ろ姿から怒りの波動を感じた八神は、何かとんでもない事を自分はしでかしたのだと悟った。
その日から本当に、八神は理髪店にピタリと現れなくなった。
大概、もう店じまいの時間帯に現れるのが常だった男が、全く顔を見せないと言うのも何か拍子抜けするものがあった。
少し言い過ぎたかと思いながら、今日も秋山は回転灯のコードを抜くために店の外に出てきた。
ふと、足元にみかん箱程の段ボールが置かれているのに気がついた。
「…何だろう?」
持ち上げてみるとずしりと重い。箱の取っ手の穴から中を覗くと、どうやら本物のみかんが入っているようだ。
「落とし物?な訳ないか、お客さんが置いて行ったにしても、何か一言あるはずだよな」
しばし悩んだ末に、外に放置しておく事も出来ずに取り敢えず店の中に入れる事にした。
奇妙な事はこれだけではなかった。
暫くたったある日。また店じまいのために外に出て来ると、今度は栄養ドリンクが入った箱が置いてある。
そして次には甘栗が、さらに次には大量のコーヒー豆が置かれていた。
もはやこれらは置き忘れたのでは無く、落し物でもなく、秋山への贈り物なのだと遅巻きながら気がついた。
そしてまた、今夜も贈り物は届けられていた。豪華な薔薇の花束だった。それは回転灯にそっと立て掛けるように置かれていた。
秋山はそれを拾い上げると、それを置いた人を探す様に辺りをぐるりと見渡した。
すると、少し離れた電柱に背凭れる人影があるのに気がついた。
「…八神さん。良いですよ、中へどうぞ…」
秋山は根負けした顔で店の中へと八神を誘い、今夜は回転灯のコンセントを抜いた。
店じまいをした理髪店の中は静かだった。ソファに座る八神の目の前に、淹れたてのコーヒーが置かれた。
「どうぞ、貴方がくれたコーヒーです。色々たくさんありがとうございました。でも、あれじゃ不審物ですよ」
笑みを見せた秋山をチラと八神が様子を伺う。
「怒ってねーのか」
「怒ってますよ。でも良いですもう」
「やっぱり思い出せねんだ、あの晩のこと。本当は俺は何をしたんだ?」
「思い出せないなら良いです」
「気になる」
「気にしないでください」
これ以上聞き出せそうにもないと分かると、八神は諦めた様子でコーヒーへと手を伸ばした。
「本当は、なんか先生の欲しいもんをお詫びにと思ったんだが、先生の欲しいもんが何だか分からなくてな」
「そんなに気にしなくて良いです。欲しいものなんてありませんから」
「何かあるだろう。生きてれば。
車が欲しいとか、家が欲しいとかさ」
「へえ、ソレ言ったら買ってくれるんですか?八神さん」
「いや、例えばだって」
二人とも和やかに笑っていた。
久しくこんな会話をしていなかったと、秋山も八神も何となく心が暖まる気がした。それはコーヒーの温かさとはまた別のものだ。
「そうですねえ、一つだけ欲しいものがあるとするなら…、いつか自分のご褒美に買えたら良いなと言うものなら」
「それって何なんだ?」
「僕が理容師になったのは父の影響なんです。僕の父は流しの理容師をしていたんです」
「流しの理容師?そんなもんあるのかい」
秋山は湯気の立つマグカップの熱を移すように両手で包みながら、昔を思い出すように話し始めた。
「僕は父子家庭でした。父は自分の店を持っていたんですが、色々あって手放してしまったんです。その頃離婚した父は僕を引き取って、水商売の人達相手に出張で髪を切ったり整えたりして僕を育ててくれたんです。オカマバーの楽屋とかクラブの控え室とか化粧室なんかで。
僕は父にくっついて小さいながらに助手の真似事なんかしたり。
水商売の人達は皆んな悲しい分、優しくて。僕はそんな人達が好きでした。だから僕も店を出すなら、そんな人達を相手にしたいと思ったんです。
そして、その父が扱うハサミの手捌きに僕は憧れて理容師になりました。父の使っていたハサミは、彼の唯一最後に残った財産で、ナルトシザーと言う逸品でした。僕もいつかそのハサミに相応しい理容師になれた時には、そのハサミが欲しいです」
「親父さんのそのハサミは譲られなかったのか?」
「僕が棺桶に入れてしまいました。焼け残りましたが父と一緒に骨壺に入れてしまった」
珍しく八神は神妙な顔で秋山の話を聞いていた。物好きでこんな場末の繁華街に店を出したのでは無い事も分かった。そして彼の父親がもういないのだと言う事も。
「それより八神さん、このお花、お客様から八神さんへの頂き物なんじゃ無いですか?私になんかくれても良かったんですか?」
秋山は傍らに置かれた豪華なバラの花束を眺めて少し心配そうな顔をした。八神は気まずそうに頭をかいていた。
「いやっ、まあ確かに貰いもんなんだが、後輩の誕生日で客がわんさか花束持って来たもんでよ、ちょろっと失敬しても分からねえかと…」
「…八神さん、それ、窃盗です」
秋山は頬杖をつきながら、そんな八神を困ったものだと眺めながらも、綺麗なバラに心は少しだけ絆《ほだ》されていた。
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