上 下
3 / 6
始まり

異世界で美容師、はじめました。(2)新しい居場所

しおりを挟む

オーナーが指定した店に到着する頃には、ちょうどお昼頃になっていた。
銀座にある高級感が漂う、焼き肉屋だった。
中に入ると個室のようになっているスペースの中で、既にオーナーが肉を
焼き食べていた。
タイガーの存在に気付くと口の中にご飯が入っている状態で 、挨拶をする。
イタリア人のオーナーは年齢不詳と思わせるほど若々しいが、56歳と言っていた。
髪は腰まで伸びたシルクのような滑らかな金髪にサファイアグリーンの瞳。
名前は、エフェルディンヘン・ピスコティア・メーヴェ。
みんなからはオーナーかエフェルさんと呼ばれている。

向かいの席に大河が座ると、ウエイターが水とおしぼりを持ってきたので、
ついでにいくつか注文をした 。
銀座にある高級店なだけにどれも美味しそうではあるがそれと比例して値段も
バカ高い 。しかしオーナーは、それに気にする様子もなく美味しそうに、
バカスカと食べていた。
「…あいかわず、良く食べますね」
高級感のある白いブラウスに、三桁は軽くしそうな妖精の形をしたサファイアの
ブローチ、横の椅子にブランド物の鞄の上に淡い藍色のジャケット。
容姿端麗で引き締まった体、高級なブランド品がよく似合うパリのファッション
モデルと肩を並べても違和感ない人のはずなのに…
首には紙の前掛けて、流暢に箸を使いながら、口いっぱいに焼肉を頬張る姿が
なんともミスマッチ。

1度食事を始めるとオーナーはなかなか箸を止めないということを知っている大河は、とりあえず自分も腹を満たすことにした。
網の上に届いた、カルビやハラミ、タンなどを載せていき、ご飯と一緒に食べる。
さすが高級店なだけあって味は文句なく美味しい二人とも黙ったまま、
ただひたすら食べる。
そうしてお店から来店して 30分ほどが経って、大河は腹が満たされたので
食事を終えて、お酒を飲み始めた。
一方のオーナーは、先に来ていたはずなのにまだ食べていた。
「オーナー、その体のどこにそんな大量の肉が入るんですか?」
大河お酒を飲みながら、オーナーの腹がふくれるのを待った 。
タイガーのその言葉にオーナーは 
「日本の食べ物はどれもこれもとても美味しい。 いくら食べても飽きない! 
そして何よりも安全で安心デスね。 スミマセン! ご飯大盛りとカルビとハラミ
5皿づつ追加、お願いします」

まだ食べ続けているオーナーだったが、大河は話を始めた。
「…店長から電話でもあったんですか ?」
「いいえ、電話をくれたのはマナミさんですよ 」
ラフォーレのスタッフの一人、雨宮真美は30歳だけど、163センチの身長と
童顔のせいか中学生の間違えられることがある。
実績は店長より上だけど、俺様な店長に『女で年下だから』と副店長に追いやられている。
まっすぐで真正直、頭の回転が速く、正義感が強い。
そしていい加減な人は許せない、だから店長の傍若無人が許せなかったんだろう。
「オーナーにはお世話になってるけど、俺は考えを改めるつもりはないよ。 誰も彼もの髪を切ってたら、本当に髪を切ってもらいたい人は後回しにして結果。 
大袈裟かもしれないけど、それでその人の人生が変わってしまう可能性だって
あるんだ。 オーナー、あんただって知ってるだろう人は、特に女は髪型1つで
人生が変わることだってあるんだよ」

大河の力説にオーナーはここで初めて箸とご飯を置いた。
「ハイ、分っています。 だからあなたは引き戻すつもりはありませんよ 」
オーナーはそう言ってにっこりと笑った。

そうしてジャケットの下にある鞄の中から二つ折りの1つの紙を取り出し大河に
渡した。
そこには、聞いたことないお店の名前と住所が書かれていた。
「何ですか? このお店 」
訪ねた大河に対しオーナーはまたにっこりと笑い 
「そこは私の師匠のお店デス。 腕のいい方デスが、困ったことに師匠は
もう歳で、引退を考えていると言っていました。 そこで私に誰か後を継いでくれる者はいないか、と聞かれたので、私はあなたを推薦することにしました。 
タイガー、ここがあなたの新しい職場デス」
言い終わると同時に、追加のお肉が来たのでオーナーはまたご飯と箸を持って肉を焼き始め、また食べ出した。
大河はオーナーを残し、その紙を持って席を立った。


オーナーと一緒にご飯を食べるときは、オーナーは絶対に人にお金を出させない。
金持ちで気前が良く、イケメンでセンスがあり、だけど気取っていないフレンドリーな性格。
だから引く手数多で、お近づきになりたい女たちは数えきれない程いた。
実際の交友関係は、セレブからハリウッドスター、やんごとなき方々から石油王などあれば。
日本の大食いタレントやお笑いの人まで幅広い人脈を持っている。

しかし肝心なオーナー自身の情報は、何1つとしてなかった。
どこの出身で、誰から美容師の技術を学んだのか、それは身近な人ですら分からなかった。
それなのに今、オーナーは大河に自分の『師匠』と呼べる人を紹介してきた。
店を出た大河は手に持ったその紙に書かれていた 『辛夷』こぶしというお店を検索した。
場所は池袋から東武東上線でときわ台駅から歩いて、15分程の住宅街の中にある、と言うマップ上に場所は出てくるがサイトなどはなく、特にこれと言ってめぼしい情報は得られなかった。
だけどそれをさして不思議には思わなかった。
なぜならオーナー自身の情報が何もない状態だからだ。
ならばその『師匠』もまた同じだろうと大河は思った。
1人ニヤニヤしながら、その紙を大事そうに鞄の中にしまった。

そんなことを思いながら歩いていると、ポケットの中の携帯が鳴った。
ディスプレイの名前を確認せずに、電話に出ると聞いたことあるような、無いような声が した。
『あっ! もしもし、オレオレ』
「オレオレ詐欺なら、間に合ってますよ 」
『古いって! オレオレ詐欺って何年前だよ。 専門学校が一緒だった彰人だよ、今度さ店出すことになってさ! しかも三茶で、オープニングパーティー来てくれないか?』
世界大会に優勝してから、こういう電話やLINEなんかがひっきりなしに来る様になった。
知らない知り合いが増えて、認識の無い人が友達になって、そうして俺の名前を
求めて、利用しようとする奴が多くなった。
実際この彰人と言う男も、専門学校時代に何回か一緒に授業を受けたことがあるだけで、顔すらロクに覚えてない。
何年か前に同窓会があり、その時にはもう世界大会優勝をしていたこともあってみんなからLINE交換せがまれ、無理やり交換させられた一人と言う記憶しかなかった。
 
「それで、店のホームページに俺の写真とか名前を載せてそれを宣伝したいんだろ ?」
『あ! バレた? ゴメンちょっとで良いから名前、貸してくんねぇ? 結構無茶しちゃったからさー、キッツイんだわ!』
普段だったら こういうお誘いはすべて断っている。
今までだってそうだったし、多分これからもそうだったはずなんだが、この時の俺は浮かれていたこともあり、OKの返事を出してしまった。
『マジか! ありがとう オープニングパーティーは、5日後の11時からだから、LINEで地図を送っとくわ。 あ、ドタキャンは勘弁な!』
言うだけ言って彰人は電話を切った。
それから1分も経たずにLINEに地図の情報が送られてきた。
世田谷区の三軒茶屋は、表参道や青山の激戦区からは外れているけど、場所的にはいい所だから家賃も馬鹿みたいに高い。
「本当に無茶したな…」
そんなことを思いながら鼻歌交じりに家路につく。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百花繚乱 〜国の姫から極秘任務を受けた俺のスキルの行くところ〜

幻月日
ファンタジー
ーー時は魔物時代。 魔王を頂点とする闇の群勢が世界中に蔓延る中、勇者という職業は人々にとって希望の光だった。 そんな勇者の一人であるシンは、逃れ行き着いた村で村人たちに魔物を差し向けた勇者だと勘違いされてしまい、滞在中の兵団によってシーラ王国へ送られてしまった。 「勇者、シン。あなたには魔王の城に眠る秘宝、それを盗み出して来て欲しいのです」 唐突にアリス王女に突きつけられたのは、自分のようなランクの勇者に与えられる任務ではなかった。レベル50台の魔物をようやく倒せる勇者にとって、レベル100台がいる魔王の城は未知の領域。 「ーー王女が頼む、その任務。俺が引き受ける」 シンの持つスキルが頼りだと言うアリス王女。快く引き受けたわけではなかったが、シンはアリス王女の頼みを引き受けることになり、魔王の城へ旅立つ。 これは魔物が世界に溢れる時代、シーラ王国の姫に頼まれたのをきっかけに魔王の城を目指す勇者の物語。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

終焉の謳い手~破壊の騎士と旋律の戦姫~

柚月 ひなた
ファンタジー
理想郷≪アルカディア≫と名付けられた世界。 世界は紛争や魔獣の出現など、多くの問題を抱え混沌としていた。 そんな世界で、破壊の力を宿す騎士ルーカスは、旋律の戦姫イリアと出会う。 彼女は歌で魔術の奇跡を体現する詠唱士≪コラール≫。過去にルーカスを絶望から救った恩人だ。 だが、再会したイリアは記憶喪失でルーカスを覚えていなかった。 原因は呪詛。記憶がない不安と呪詛に苦しむ彼女にルーカスは「この名に懸けて誓おう。君を助け、君の力になると——」と、騎士の誓いを贈り奮い立つ。 かくして、ルーカスとイリアは仲間達と共に様々な問題と陰謀に立ち向かって行くが、やがて逃れ得ぬ宿命を知り、選択を迫られる。 何を救う為、何を犠牲にするのか——。 これは剣と魔法、歌と愛で紡ぐ、終焉と救済の物語。 ダークでスイートなバトルロマンスファンタジー、開幕。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

何者でもない僕は異世界で冒険者をはじめる

月風レイ
ファンタジー
 あらゆることを人より器用にこなす事ができても、何の長所にもなくただ日々を過ごす自分。  周りの友人は世界を羽ばたくスターになるのにも関わらず、自分はただのサラリーマン。  そんな平凡で退屈な日々に、革命が起こる。  それは突如現れた一枚の手紙だった。  その手紙の内容には、『異世界に行きますか?』と書かれていた。  どうせ、誰かの悪ふざけだろうと思い、適当に異世界にでもいけたら良いもんだよと、考えたところ。  突如、異世界の大草原に召喚される。  元の世界にも戻れ、無限の魔力と絶対不死身な体を手に入れた冒険が今始まる。

Fragment-memory of future-Ⅱ

黒乃
ファンタジー
小説内容の無断転載・無断使用・自作発言厳禁 Repost is prohibited. 무단 전하 금지 禁止擅自转载 W主人公で繰り広げられる冒険譚のような、一昔前のRPGを彷彿させるようなストーリーになります。 バトル要素あり。BL要素あります。苦手な方はご注意を。 今作は前作『Fragment-memory of future-』の二部作目になります。 カクヨム・ノベルアップ+でも投稿しています Copyright 2019 黒乃 ****** 主人公のレイが女神の巫女として覚醒してから2年の月日が経った。 主人公のエイリークが仲間を取り戻してから2年の月日が経った。 平和かと思われていた世界。 しかし裏では確実に不穏な影が蠢いていた。 彼らに訪れる新たな脅威とは──? ──それは過去から未来へ紡ぐ物語

処理中です...