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三章 二年生 特級魔法使い

60 回想

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 今日の薬草学の授業では、主に『毒草』について習った。森で普通に目にする草の中に、『毒草』は普通にひそんでいるのだ。

「テンタロスと、ウルチは見た目はよく似ているがテンタロスの方には毒があり、ウルチには食用の草だ。山歩きした時に、腹が減っても間違って食べないように。国に報告が上がってるだけでも、年間数十人はこの薬草を誤って食べて死んでいる。良いか、見分ける方法は根の先端が紫になっている事だ」

 私は薄ら寒い気持ちになりながら、先生の持ってる見本の薬草二本をしっかりと見てノートに描いた。紫! と大きめの字で書いておいた。

「次にリリスだ」

 先生が瓶に入った青色の花を教壇に置いた。

「これは、猛毒の花だ。この花の毒を受けたものは百%死ぬ」

「ち、治癒魔術は効かないんですか……?」

 前の方の生徒が手を上げて聞く。

「そうだ、それがこの花が猛毒と言われるゆえんだ。けして『魔術』が効かない毒を持っているのが、この花なのだ。まぁしかし、滅多に咲いている花ではない。一生の内、一度見るかどうかと言われているからな」

 先生が瓶を眺める。

「そもそも、猛毒なのでコノート国の近くでは見つけ次第すぐに燃やすように指示されているんだ」

 先生は残念そうにため息をついた。

「まぁ、君達はこの薬草が毒だと言う事はよく覚えておきたまえ」

 私は先生の話を聞きながら、瓶の中に入った青い花を以前どこかで見た事があるような気がしていた。それも、沢山の花畑を。







 ルルス村に居た時、私はオリバー・ローガンと三人で村の外にピクニックに行った事がある。特別授業に出るようになって、二人と仲良くなり、北の洞窟の猪を倒した辺りの時期だったと思う。

 特別授業が始まる前に、ピクニックに行こうと突然言い出しのはローガンだった。彼はこのところ、家での勉強時間が増えた事に不満をもらしていた。

「もちろん勉強は大事だと思うよ。でも、息抜きだってしないとたまったもんじゃないよ」

 貴族のご子息は、幅広い知識を身につける必要があった。朝から晩まできっちり、スケジュールが詰まっているのだろう。

「でも君、ピクニックに行く休みなんてあるのかい?」

 オリバーが尋ねる。

「もちろん休日はちゃんと貰ってるからね。でも、家でゆっくり読書なんて気分じゃないんだ。だから、ピクニックに行こう!」

 相当ストレスが溜まっているようだ。

「わかった、良いよ。ピクニック行こう」

「僕も良いよ」

「それじゃ、明後日ルルス村の前に朝から集合な」 

 私達は頷いた。

「はいはい、それじゃ授業を始めますよー」

 始業時間きっちりにユーリス先生が教室に入って来たので、私達は話を切り上げた。



 二日後の朝、私はサンドイッチの入った籠を持ってルルス村の前で待っていた。しばらくすると、遠くにオリバー見えた。

「やぁ!」

 横かけ鞄をかけて、キャスケット帽を被ったオリバーが私に手を振って駆け寄って来た。

「おはようオリバー」

「おはようスカーレット」

 頬ぞ上気させて、彼が急いでやって来たのがわかった。

「もしかしてオリバーも、ピクニック楽しみだった?」

「あっ、えっと、えへへっ。僕、家の仕事の手伝いをする事が多いから。あんまり友達とちゃんと遊んでなくてね。ピクニックなんて家族と、仕事先でついでにやるようなもんだったし。いや、もちろんそれはそれで好きなんだけどさ…! なんて言うか、友達とピクニックって凄くわくわくする響きじゃないか」

 オリバーが照れながら、にっと笑う。

「そうだね!」

 楽しそうな彼を見てると私も楽しくなる。

「ところでローガンはまだかな?」

「うん、まだみたい」

 私とオリバーは他愛無い話をしたり、指遊びをしたりして時間を潰した。だいぶ経ったが、ローガンはやって来ない。

「ローガン来ないね」

「うん……」

「急用かな?」

「かもね、貴族って急な用事多いしさ」

 オリバーが、頬を掻く。

「仕方ないから、二人でピクニックに行く?」

「二人か、そうだね。ローガンには悪いけど……うん、そうしよう」

「じゃあ、行こう!」

 私はオリバーと二人連れ立って歩いて村の外に出た。歩く程に村は小さくなって行く。草原の道を二人で歩く。

「えへへっ」

「どうしたの?」

「うんうん、なんだか楽しいなぁって!」

「そうか、僕もだよ」

 チビの私と、ノッポのオリバー。兄妹みたいに、じゃれながら私達は青い草原を歩いた。

「おーーーーい!!!!!」

 そこに、遠くから声がする。振り向くと、ローガンがこちらに向かって走って来ていた。

「あ、ローガンだ」

 だいぶ離れたところから走って来ている。途中で息切れしたのか、立ち止まって息をしている。

「ローガン! 早くおいでよ!!」

 オリバーが叫ぶと、ローガンが顔を上げて再び走って来た。全力で手足を振りながら。そして私達は、再会した。

「うあっ!!! はぁ、はぁ、はぁ!!」

 ローガンが、私達に飛びつくようにぶつかった後に私達はそのまま草原に倒れ込んだ。

「やっ、やっとおいついた……」

ローガンが激しく息をしている。

「ふ、ふたりとも、ひどいぞ、さきに、いくなんて」

「ごめん、君はもう来ないのかと思ってさ」

「オリバーと二人でピクニック行こうと思ってた。ごめんねー」

「むー、確かに俺も遅れてわるかったよ……ちょっと、用事が入ってさ……お客さんが来たから挨拶しにゃ行けなかったんだ」

 確かに貴族は急な用事が多いようだ。オリバーを見ると、ほらねと言う顔をしていた。

「そっか、なら仕方ないね」

 私は立ち上がる。

「それじゃ、あらため。三人でピクニックに行こう!」

「「「おー!」」」

 立ち上がり、三人で声を合わせた。   



 草原を歩きながら他愛もない話をする。

「スカーレットは、コノートに進学するのかい?」

 ローガンの言葉に私は首を傾げる。

「あー、先生からもチラっとその話は出てたよ」

「うんうん、スカーレットなら僕達と一緒に進学してコノートに行けるかもね」

「まぁ、確かにルルス村ではあまりやる事が無いから、都会に出る方が良いのかなぁとは思ってる」

「ならやっぱり、僕らと進学しようよ。同郷の人間がいる方が絶対学校も楽しいよ」

「それも……そうだね。うん、頑張ってみる!」

 未来の学校生活を考えて、私は楽しくなった。

「そういえばオリバーは、仕事の手伝いで村を離れる事多いの?」

「そうだよ。いろんなところに行けて楽しいよ」

 オリバーが細い目でにこっと笑う。

「俺の村にもよく来てるよね」

「うん、ミュル村にも荷物を運びに行くよ。日用品とか、薬とか、あと高級品を少々ね」

「そうそう、珍しいお菓子とかよく仕入れてるよな」

「そりゃまぁ、いつも同じ商品ばかりじゃつまらないしね。たまに、目新しいのを入れるようにしてるよ」

「へー、オリバーも商品選びに参加したりするの?」

「うん、みんなに混ざって新しい商品を見たりしてるよ」

 そんな風に、にこにこと私達は笑い合って草原を歩いた。



 しばらくして、私達はランチをとった。私はサンドイッチを食べる。オリバーも、ローガンもサンドイッチだった。

「僕、リンゴ持って来たよ」

 オリバーが三つのリンゴを鞄から取り出してくれる。

「俺はクッキー持って来た」

 紙袋に入ったクッキーをローガンが取り出す。

「私は、栗を持って来たよ」

 森で取った栗を二人に渡す。

「うん、美味しい」

 見上げれば青空が広がっている。

「なんか、良い気持ちだな」

 ローガンが穏やかな顔でそう言った。

「君の憂さが少しは晴れたんなら良かったよ」

「頑張ってばかりじゃ、嫌になっちゃうもんね」

「うん、今日は付き合ってくれてありがとう」

 ランチを食べた後は、ローガンの持って来たカードゲームをしたり、三人で鬼ごっこをしたりして遊んだ。

「なぁ、あの森に行ってみないか?」

 ローガンが指差す、草原の近くには森があった。

「え、森に入るのは危なくない?」

「大丈夫だよ。僕、探索魔術の礼装持って来てるし」

 オリバーがピケットから緑の石を取り出す。この石があれば、迷うわないらしい。

「そっか。じゃあ、冒険しよう!」

 私達は三人で森の中に入る。

「なんか面白い物でもあると良いんだけどな」

 ずんずん奥へ進む。見たこと無いキノコを見つけたり、遠くで聞いた事のない鳥の声を聞いたりした。

「水の音がする!」

 オリバーが走る。彼の後を着いて行くと、小川を見つけた。とても綺麗な水が流れている。水面に手をつけると、冷たくて気持ちが良い。

「ふふっ」

 私はその水をローガンにかけた。

「わっ、やったな」

 ローガンも私に水をかける。そしてオリバーもそれに混ざるのだった。

 上着を濡らした私達は、たきぎをして火に当たった。

「なぁ、そう言えばあの話、聞いた事があるか?」

「あぁ、アレか」

「なんの話?」

 私は首を傾げる。

「ルルス村付近の森で、魔物に化かされた人がいたらしい」

「化かされる?」

「なんでも、旅人が森に入ってしばらくしたら道がわからなくなって同じ道をぐるぐると行ったり来たりしたらしい。探索魔術も効かないし、着けた印も効果が無い。それで、旅人がもうダメだと思ったら突然身体が引っ張られて森の外に放り出されたらしい」

「へ、へー」

「まぁ、どこにでもあるよく怪談さ」

「そうなの?」

 オリバーは頷く。

「どこの村でも同じような話をよく聞くよ。まぁ、それだけ初めての森は迷いやすいって話さ」

「ふーん」

 薪が無くなり、たきぎの火が小さくなる。 

「さて、そろそろ帰ろうか」

 ローガンの言葉の後に、オリバーと私も立ち上がる。

「あれ」

 オリバーがポケットから石を取り出して、すっときょんな声を出した。

「どうしたの?」

「石が、反応しない」

 オリバーが手に持った石を見たが、確かにそれは反応していなかった。

「な、なんで?」

「おかしいな、こうすれば光はずなのに」

 オリバーが石を睨む。

「なぁ、さっきの噂の森ってココの事だったりしないよな?」

 ローガンが周囲を見渡しながらそう言った。

「こ、怖い事言わないでよローガン!!」

「そうだよ!! あんなの、ただの噂話だよ!!」

「でも、火の無いところに噂はたたないって言うだろ」

 彼はさも当然のように言った。

「確かにその通りだけど……」

 なんだか私は怖くなって来た。日の出てる時間帯で良かった。

「とりあえず、気をつけて帰ろう。道は俺がなんとなく覚えてるから」

 上着を羽織ったローガンが先に歩きはじめる。私はとオリバーは顔を見合わせて、慌てて彼の後を追った。



 森の中を歩き、小川を通り過ぎて、そして私達は森の中を歩いていた。

「……なぁ、言いたくないんだが。俺達迷ってるよな?」

 先を行くローガンがそう言った。

「ま、まよってるのかな?」

 私は道をはっきり覚えていなかった。

「……迷ってるね」

 オリバーは頷いた。ローガンが立ち止まって振り返る。

「どうする?」

「うーん、どうもさっきから同じ場所をぐるぐる回ってる気がするんだよね。試しに逆方向に戻ってみないかい?」

「なるほど。それもアリだな」

「一応、印を付けておこう」

 オリバーが木にばってん印を付ける。そして私は二人の後に着いて行った。再び森の中を歩く。

「……だめだな」

「同じ場所に戻ってるね」

 オリバーは木に付けたばってん印を見る。

「困ったな、どうしようか」

 オリバーが眉を下げる。

「うーん、旅人は気づいたら森から放り出されてたんだろ。ならやっぱ、放り出されるまで歩き回るしかないんじゃないか?」

「それもそうだね……」

 私は二人の意見に頷き、着いて行った。

 長い時間森の中を私達は歩いた。年の離れた彼らより歩幅の狭い私はだんだん疲労がたまり、ふらふらして来た。それでも頑張って二人に着いて行っていたのだが、ついに私の足は止まってしまった。二人が遠くに見える。

「ま、まって……」

 目眩がして、木に手を置いて私は荒い呼吸を整えた。そして、身体が何故か後ろに引っ張られるのを感じた。



 次に目が覚めた時、私は見知らぬ屋内に居た。けれど、何故だか親しみがある。かわいい小物が飾られたこの部屋を私は知っている気がする。カラフルな編み物や、かわいい人形の小物、本棚に詰められた魔術書。それから壁に、綺麗な女性の似顔絵が飾られていた。

「おや、目を覚ましましたか」

 現れたのはユーリス先生だった。

「具合はどうですか?」

 ユーリス先生が私の額に触れる。

「うん、だいぶ熱は下がってますね」

 私の首や脇には、ひんやり冷たい氷袋が置いてあった。

「歩き過ぎて、日の熱にやられてしまったんですよ。ダメですよ、無理しちゃ」

 ユーリス先生はにこにこ笑っている。

「こ、ココは」

「ココは私の二つ目の工房ですよ。はい、お水」

 手渡された水を私を飲み干す。

「人払いの結界を張っているので、普通の人は入って来れません」

「そ、そうなんですか……!」

 コップに水が注がれる。

「ですが、あなたの具合が悪そうだったので……流石に教師として、無視出来ませんからね」

 私は二杯目の水を飲む。

「あ、ありがとうございます」

 ユーリス先生は、元々大学で研究職に就いていたらしい。それなら、いろいろ秘密の研究とかもあるんだろう。

「いえいえい。調子も良くなったようですね」

「はい! おかげさまで!」

「ローガンと、オリバーが森で探してますよ」

「あっ!」

 私はソファから下りる。

「お、お世話になりました!」

「スカーレット。ここの事は、みなさんには内緒ですよ?」

 ユーリス先生が唇の前に指を立てて微笑む。

「はい! も、もちろんです!!」

「それでは、お気をつけて」

 私は扉を開けて外に出た。

「!」

 外に広がる青い花畑に私は驚いた。

「このまま真っ直ぐ進んで結界の外に出てください。そうしたら、彼らと合流出来ますよ」

「は、はい!」

 私は走って綺麗な青い花畑の中心の道を突っ切った。



 結界の外に出てすぐに振り向く。後ろには、ユーリス先生の工房は無かった。あの青の花畑も無い。

「スカーレット!!」

 オリバーとローガンが前方からやって来る。

「どこ行ってたんだ!」

「心配したよ!」

 二人が安心して息を吐く。

「ごめんね、ちょっとはぐれちゃった」

「いや、僕達も君を置いて行ってごめん」

「ほら、俺が背負うよ」

「え、いいよ!」

「君、顔色がよくないぞ。良いからほら」

 私はしぶしぶローガンの背に乗った。

「さて、それじゃ行くか。まぁ、まだ出る為の手がかりも得られてないんだけどね」

「だ、大丈夫だよ。出られるって」

 私達は再び三人で森の中を歩いた。そして、あっさり森の外に出た。

「あれ?」

「やったー!」

「出られたね?」

 拍子抜けする二人。

「良かったじゃん出られて! ほら、日が暮れる前に村に帰ろう!」

「そ、そうだね」

 釈然としない二人に交互にに背負われながら、私は二人の背の上で落ちて行く夕日を見ていた。







 今日の授業のレポートをまとめながら、過去の記憶を思い出していた。 

『リリス』

 授業で習ったあの青い花はやっぱり、ユーリス先生の二つ目の工房の前で見た花畑の花だ。人を殺す猛毒の花。あの花を、どうしてユーリス先生は工房であんなに沢山育てていたのだろうか。

 青い綺麗な花。秘密の工房。

 優しい先生の、知らない側面を私は見てしまったのかもしれない。

 人は多面的な生き物だ、けして持っているのは一つの顔だけでは無い。

 いつか、その理由を私は知る事が出来るのだろうか。









つづく

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