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21 ママとパパとグレーの絵画

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 本邸のあるリンドルと言う町は大きな町だった。
 オルバイス家はここの領主らしい。
 町の高台にあるオルバイス家の屋敷が見えると、俺は緊張で震える。
「大丈夫だよ」
 アデーレが俺の手を握る。
「あぁ……」
 俺は彼の手を握り返す。
 屋敷前の門がゆっくり開き、馬車は門の中に入って行った。
 大きな屋敷だからか、武装した立派な衛兵が左右に立っているのが印象的だった。 

 俺は本邸に着いて早々、アデーレと一緒に彼の両親の元に行った。
 執事が扉を開ける。
 ちなみに、こちらの屋敷の使用人達も皆犬耳を着けている。
 アデーレが先に入る。
「あぁ、よく帰って来たねアデーレ!」
「さぁ、私にお顔を見せて」
「ただいま、パパ、ママ」
 両親が息子の帰省を喜んでいる。
 部屋の中では、彼らの犬達二匹がわんわんと吠えてアデーレを歓迎している。
 その声を聞きながら、俺は大きな体を屈めて部屋の中に入る。
「おや」
「まぁ!」
 二人が後ろに立った俺を見て、目を見開く。
 犬達も驚いている。
「紹介するよ。友人の、ミツアキだ!」
 アデーレが俺を紹介してくれる。
 俺はぺこりと行儀よく頭を下げる。
「ミツアキです。よろしくお願いします」
 しばらく部屋の中に沈黙が落ちる。
 俺は不安に思って、視線を彼らに向ける。
 すると彼らは顔を真っ赤にしていた。
(おっと、この表情見た事あるぞ)
「まぁ!!! 本当に喋れるのね!!♡」
「想像したよりずっと大きくて、モフモフしてるじゃないか!♡」
 両親二人が俺の側に近づいて来る。
「ミツアキはニホンから来たのでしょう? 知らない世界に来て苦労も多かったのでしょうね。我が家は貴方を歓迎するわ! ところで握手をして貰えるかしら?」
 俺ははっとして、彼女の差し出した手を取り、鼻先でツンとキスをする。
 貴族の女性に対する挨拶らしい。
「まぁ♡ 紳士なのね♡♡♡」
「ミツアキ君は、運動能力に優れていると聞いたぞ。今度、私の犬達と一緒にサッカーをやらないかい?♡ きっと、楽しいぞ♡」
「そうですね、是非」
 俺は笑顔を浮かべる。
「あぁ♡」
「はあぁ♡」
 両親二人の心をしっかり摑む事が出来たようだ。

***

 俺はアデーレの部屋にやって来ていた。
「ね? 心配無かっただろ」
「本当だな」
 俺は話しながら窮屈な首元を指で引っ張る。
 やっぱり人間の格好は苦手だ。
「あはは、苦しいならボタンを取っちゃおう」
 アデーレが俺の首に付けたスカーフを取り、首元のボタンを緩める。
「すまん」
 アデーレがにこっと笑う。
「両親が晩餐に呼んでるから、それまでゆっくりしよう」
 彼はキングサイズのベッドの上に乗り、枕を背にして座る。
「おいで♡」
 両手を広げられて歓迎される。
 俺は顔が熱くなるのを感じながら、ベッドの上に乗って彼の膝に頭を乗せる。
「よしよし、お疲れ様」
 俺は、久々の撫でテクに目を細める。
 そんな俺の鼻先には、犬のぬいぐるみがある。 
 それはハスキーを模したぬいぐるみだった。
 そもそもこの部屋に入った瞬間、俺の目には巨大なハスキー犬の絵画が目に入っていた。
 キリっとした顔で絵に描かれた犬は、おそらくグレーだろう。
 彼はアデーレのベッドの目の前に絵を飾られていた。
 他にも、ハスキーグッズは沢山部屋に飾られている。
 置物もハスキーだし、花瓶の絵もよく見ればハスキーが走ってるし、絨毯もハスキーを彷彿とさせる色味だ、ベッド下に置かれたスリッパもハスキーだった。
(グレー、おまえ、めちゃくちゃ愛されてたんだな)
 俺はそっと、枕の横のハスキー犬ぬいぐるみを手に取る。
「ん? あぁ、それかい」
 彼がそのぬいぐるみの頭を撫でる。
「昔ね、『グレー』って言うワンコを飼っていたんだ」
 彼は懐かしそうに言う。
「とても面白い子で、親友だったんだ」
 ぬいぐるみを手に取って彼は笑みを浮かべる。
「私は沢山の犬達を飼っている。もちろんみんな大事だよ。けど、彼は特別だったんだ。だって、生まれた頃からずっーと一緒に居たからね」
 アデーレはそのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめる。
「私は彼と出会えて本当に幸せだったよ」
 俺は口を開いて、グレーの事を言いそうになって慌てて口をつぐむ。
『私の事は、アデーレ様に言わないでくださいね。アデーレ様はとっても泣き虫だから、私が死んでから毎日のように泣いてたんです。最近ようやく泣かなくなったんですよ。でも、私が幽霊になって側にいる事を知ったら、また泣いてしまいます。だから、言わないでください。私はアデーレ様に泣かれると悲しいんです。だって、慰めて差し上げる事が出来ないから』
 以前俺は、グレーにそう言われた。
 思い出に浸るアデーレの目元には涙が浮いている。
 俺はそれがこぼれる前に、ペロリと舌で舐める。
「!」
 彼が驚いて俺を見る。
「ふふっ、ありががとう」
 ぬいぐるみを大事そうに抱えたまま、アデーレは俺の頭を優しく撫でた。

***

 アデーレの両親、そして犬達との、にぎやかな晩餐を終えて俺はあてがわれた部屋に戻る。
 広い部屋は、まだ慣れない匂いがする。
 くんくんと匂いを嗅いでいると、ベッド上に前の屋敷で使っていた毛布が置かれている。
 俺は親しみのあるその匂いを嗅ぎながら、毛布をくしゃくしゃにして抱えベッドの上に横になる。
「はぁ」
 天蓋ベッドの天井を見上げると、犬達が楽しそうに跳ねている絵が描かれている。
 他には誰もおらず、部屋の中は静かだった。
「グレー!」
 名前を呼んでも彼は返事をしない。
「……グレー!」
 もう一度呼んでも、出て来ない。
「グレー……どこに行っちまったんだ……」
 幽霊犬グレーは、俺が姿を変えたあの日から俺の前に出て来なくなった。
 最初はアデーレを守れなかった俺を不甲斐なく思って怒っているのかと思った。
 けれど何度、宙に向かって謝っても彼は出て来なかった。
「俺の獣化が進んだせいなのかな……」
 俺は自分の突き出た鼻と口を撫でる。
 ココはマズルと言う名称らしい。
 これがあるだけで、随分、獣らしくなってしまう。
「グレー……おまえと話したいよ」
 愉快な幽霊犬グレーとの毎夜の会話は、知らぬ異世界での俺の心をいつも癒やしてくれていた。
 小さくため息をついて、部屋の明かりを消した。


つづく

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