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■
仕事のBLマンガを描きつつ、葵は次の同人イベントに出す薄い本のネームを切っていた。
(やっぱイルブランドと、ルーセルのカプ凄く萌るのよねぇ)
彼女は、二人がベッドでもつれ合うシーンを描いている。以前のイベントで出したルーイルの薄い本はアシスタントにも好評で、購入したファンからファンレターも届いている。続編を望む声を多く頂いたので、葵はいそいそいとネームを切っているのだ。
(やっぱり、薔薇の話しは書かないとよね)
葵はにやにやしながら、鉛筆を走らせる。その時、廊下を誰かが走る音がする。鎧のガシャガシャ鳴る音もする。扉が勢いよく開かれる。
「おい!」
入って来たのは、青い顔をしたルーセルだ。
「ど、どうしたんですかルーセル様」
ルーセルは葵を見た後に何か言おうとして、部屋の中にアシスタント達がいる事に気づく。口を閉じて、葵を睨む。
「少し良いか」
「は、はい」
葵は彼と一緒に部屋を出て、廊下を歩いて適当な客間に入る。彼は部屋に入って振り向く。
「おい、これはなんだ」
持っていた封筒から、何かを取り出して見せる。
「!」
それは、葵の描いたルーセルとイルブランドの薄い本だった。
「な、なんでルーセル様が持ってるんですか!」
「今朝、知らぬ女に突然サインをして欲しいと言われてこの本を出されたんだ」
葵は頭を抱える。
(ナマモノは特に繊細だから、絶対にご本人に迷惑をかけちゃダメって書いておいたのに!!!)
マナー本にも書いたし、葵の描いた薄い本にも注意として書いてある。しかし、理解せずに困ったファンがいたらしい。
「すいませんでした……」
「やはり、これを描いたのはおまえなのか!?」
ルーセルが狼狽する。
「はい……そうです」
「な、何故こんな物を……」
彼は理解に苦しむと言う表情をしている。
「その……腐女子のサガみたいな物です……。ルーセル様にご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありません」
葵は頭を下げる。
「おまえは、俺が嫌いなのか……?」
「え?」
頭を上げる。
「こ、このような本を描いて、他人に見せて俺を辱めて……!」
「い、いえそんな事は……!」
ルーセルの事は嫌いでは無い。
「イ、イルブランド様まで……!」
彼が葵の手を掴む。引っ張って、部屋を出る。
「ど、どこへ行くんですか!」
「イルブランド様のところだ!」
「なんで!?」
「話し合いのためだ!」
彼に手を引かれ、イルブランドの執務室前に連れて来られる。
「失礼します!」
二人、イルブランドの執務に入る。入って来た二人をイルブランドが、やや驚いた顔で見る。
「どうしたんだ」
葵とルーセルを見た後に、繋がれた手を見る。
「……駆け落ちか?」
イルブランドが怖い顔をする。
「違います! そうではなくて、コレを見てください!」
ルーセルが薄い本をイルブランドの机の上に置く。
「……これは」
イルブランドがパラパラと本をめくる。
「それは、こいつが描いた物です!」
ルーセルは眉を釣り上げて怒っている。
「あぁ、知っている」
「なっ!?」
その返答にイルブランドは驚く。
「ど、どう言う事ですか!?」
「そうか、おまえは知らなかったのだな。我が妻のアオイは、男同士の愛をマンガで描く事を好むんだ」
彼が静かに、良い声で端的に説明してくれる。
「…………は?」
ルーセルは理解できないようだった。
「おまえは『マンガ』を読んだ事はあるか?」
「『マンガ』とはなんですか……?」
「このように枠で区切った絵で話しを展開して行く物の事だ」
「初めて見ました……」
「このマンガ技術をこの世界に持ち込んだのが、アオイだ」
ルーセルが葵を見る。葵は、青い顔をして視線を彷徨わせる。
「そして彼女はマンガ家として、仕事をしているんだ。主に男同士の恋愛マンガを描いてな」
イルブランドが後ろに置かれた棚の下から、葵のマンガ本を取り出してどさっと机に置く。ルーセルはそれらを手に取って、中をパラパラと見る。
「なっ、あっ!」
彼は戸惑い、顔を赤くする。
「なんですかこれは!」
「今、説明したであろう。彼女のマンガ作品だ」
「何故、男達がもつれあっているのですか!」
「彼女がそう言うのを好きだからだ。世間にも、そのような小説が前からあったではないか」
「ですが……!」
ルーセルは魔族にしては、恐ろしく潔癖のようだった。葵のマンガを机に置く。
「では、イルブランド様はこの本の存在もご存知だったのですか!」
ルーセルが、自分とイルブランドの薄い本を再び掲げる。肌色の拍子が眩しい。
「……私が許可を出したんだ。商業ではなく、個人的に出したいと彼女が言ったのでな」
「ご迷惑をおけして、本当にすいませんでした……」
葵は再び謝る。
「私は気にしていない、ルーセルは気にしているようだがな」
ルーセルはイルブランドの態度に戸惑っている。
「イルブランド様は、こいつがこんな物を描いている事を受け入れていらっしゃるんですか?」
「あぁ。見ようによっては、立派な芸術だと思うぞ」
ルーセルが再び、薄い本を読み始める。ゆっくり、一ページ一ページめくる。
「……登場人物にいささか障りがありますが、確かに作品としては良い物だと思います」
葵は驚く。
「しかし今後は俺やイルブランド様に迷惑のかからないように、気を使うべきだろう」
「そ、それはもちろんです! 本当にすいませんでした!!」
葵は何度も頭を下げる。
「それから、おまえの描いた他の本も寄越せ」
「へ」
「イルブランド様が評価されるのなら、俺も読む」
彼は生真面目な顔をして言う。
「わ、わかりました」
「私の持っている本を貸してやろう」
イルブランドは、次々マンガを取り出して机に置く。イルブランド様、本当に全て葵の描いた漫画を持っているようだった。
「こ、こんなにあるのか……」
ルーセルは若干、顔を引きつらせる。
二週間後、葵はルーセルに直接薄い本制作の許可を得るのだった。彼は、BLマンガは理解できなかったようだが、マンガと言う文化その物には好意的な態度を取ってくれた。その事に葵はほっとして、次のイベントまでよりわかりやすい同人マナー講座のマンガを描く事にした。前回は本だったから、まずかったのだ。マンガならみんな読んでくれるだろう。そして原作に突撃するのは絶対止めて欲しい。
■
原稿が一段落つき、葵はゆったりとした気分のままベッドに横になっていた。そこに、イルブランドが入って来る。彼はベッドに体を滑り込ませて、葵の上に覆いかぶさる。
「今夜こそしたいのだが」
彼は真剣な顔をしている。
ここ一週間程、葵は彼からの誘いを断り続けている。それと言うのも、原稿が追い込みの時期に入っていたからだった。初めて雑誌連載と言うのを体験し、それを単行本にまとめるに当って加筆修正の作業が大量にあったのだ。それと平行して、他の原稿もやっていたので忙しくなるのは仕方なかった。その間イルブランドは、ずっとお預けを食らっていた。
「わ、わかりました。良いでしょう」
断る度に彼が寂しそうな顔をするので、葵としても罪悪感はあったのだ。
「本当か!」
「はい。でも、正直仕事で疲れてるので程々でお願いします」
彼が眉を寄せる。
「それは難しい相談だ」
「なら、今日は無しで……」
「待て、わかった。ほどほどにする」
「本当かなぁ?」
葵は若干疑わしい目で彼を見る。いつも、程々にすると言っては、三ラウンド目まで突入する魔王様だった。
そして二時間後、葵は悲鳴をあげていた。
「ほどほどにするって言ったでしょ~!」
「すまない、やはり我慢できそうにない」
後ろから抱え込まれて、腰を押し付けられる。
「あっ、んん」
甘い刺激がお腹に広がる。
「こらぁ~!」
怒ってはみるものの、大した抵抗はできていない。彼は、構わず葵のお腹の中を突く。
「んんっ」
枕に顔を埋めて喘ぐ。彼は熱心に葵の肩や首に痕を残している。
「もう……」
「おまえが魅力的過ぎるのがいけない」
「そんなに、私のおっぱいが好きですか……!」
彼はちゃっかりと、葵のおっぱいを揉んでいる。
「胸も好きだが、おまえは私に忘れていた皮膚の触れ合う楽しみを思い出させてくれた。手放せるわけがないだろう」
彼が、背中にくっついて来る。
「それとも、おまえは私とこうしていいるのが嫌いか?」
「……嫌いでは無いですけど……」
ただ、モノには限度があるだけだ。ずっと逝かされる続けるこちらの身にもなって欲しい。
「私の事を愛しているのなら、あともう少しだけ付き合ってくれ」
低い良い声でお願いされては、仕方ない。
「わかりました……」
彼が、葵にわがままを言って来る事はほとんど無い。大体の事は、葵の好きなようにさせてくれているからだ。
「ありがとう」
入れたまま葵の体を回し、片方の太ももを持ち上げる。そのまま腰を動かす。
「あっ、あっ!」
葵は背中を反って喘ぐ。限界まで快楽を与えられた体は悲鳴をあげていた。これ以上、気持ちいいのが続くのは本当無理である。彼は、深いキスをして葵の中に精を放った。
「っ」
彼の熱い精を受けて葵は、意識を失った。
気だるさに目を開ける。白い天井が見える。隣にはイルブランドが居て、彼女の髪を撫でている。
「おはようアオイ」
彼は、上機嫌だった。彼の形の良い唇を見る。切れ長な目の中にある、光り輝く虹彩を見る。
「綺麗……」
何度見ても綺麗な顔だ。
「ありがとう。おまえに容姿を褒められるのは気分が良いぞ」
イルブランドがアオイの頬にキスをする。彼は頻繁にキスをした。嫌いでは無いので、そのキスを受け入れる。
「おまえも、かわいい寝顔をしていた」
「……ずっと見てたんですか」
「あぁ、飽きずに見ていた」
葵は顔が熱くなる。何か、妙な事を言っていなければ良いのだが。
「私もイルブランド様の寝顔じっくり見てやる……」
「うむ、好きなだけ見るが良い」
彼は全く気にしていないようだった。まぁ、美形の寝顔なんて美しいに決まってますが。
「葵の髪は少し、癖があるんだな」
彼が、葵の髪の先を指でいじる。
「天然が入ってるんで、ちょっとだけ下の方がハネます……だからいつもアイロンでセットしてました」
この世界でも、メイドさんがアイロンぽい道具でハネを直してくれる。
「ふふっ、かわいらしい」
彼が笑みを浮かべる。
「そうですかね……」
「そう言えば、耳の後ろにほくろがあるのを見つけたぞ」
彼は指先で、今度は葵の耳をつつく。
「え、うそ。そんなとこに、ほくろあったんです?」
耳の後ろなんて自分では見れない。
「あぁ、この辺りだ」
彼が触れて教えてくれる。
「知らなかったー」
「ふふっ、ほくろと言えば腰辺りに、三つ並んだほくろがあるのを知っているか?」
「えっ」
彼がシーツをめくって、葵の腰に触れる。
「ここに三つ、トン、トン、トンとある」
葵は体をひねったが、見えない。
「星座のようで、かわいらしいぞ」
彼はニコニコして教えてくれる。
「イルブランド様、私の体じっくり観察しすぎですよ」
「おまえも私をよく見ているではないか」
彼が葵の頬を両手でむぎゅっと挟む。
「むっ、そうですけど」
作画資料の為に、じっくり丁寧に彼の体を観察していた。
「それに、おまえの事をしっかり記憶にとどめておきたいのだ」
彼は葵の頬から手を離して、抱きしめる。
「イルブランド様……」
少し、しんみりした空気が流れる。葵は彼の背中を抱いて、撫でる。しばらく、そうして二人抱き合っていた。
「すまない、ありがとう」
彼がそっと離れる。
「最近、仕事の調子はどうだ?」
彼が横になったまま、葵と視線を合わせて尋ねる。
「え、そりゃもう良好ですよ。たっぷり原稿はできてますし、趣味の原稿の方も順調です…! 最近、マンガ雑誌も刊行されましたので、これからのマンガ文化は明るいですよ!!」
葵は目を輝かせる。
「それは良かった」
イルブランドは我が事のように、嬉しそうな顔をする。
「でも、ですね……」
「どうしたアオイ、暗い顔をして」
「いや、この世界のマンガ文化が完全に花開くまで私は生きていられるのかなぁと思って」
確か葵の世界ではマンガの神様がマンガ文化を広げ始めたのが、五十年前くらいだったと思う。更に、コミケの始まりは三十年前くらいだろうか。
「うー、時間が足りない」
この世界でのマンガ文化が成熟した頃、葵はおばあちゃんになっているだろう。
「……アオイ」
唸るアオイをイルブランドは真剣な顔で見つめている。
「おまえが望むのなら、一つ方法がある」
「へ?」
「おまえが長生きをしたいと言うのなら、長寿の薬を飲むと良い」
「そんなのあるんですか?」
「私は魔王だからな。貴重なマジックアイテムも持っている。しかし……飲めば、元の寿命には戻れない。よく考えて飲んで欲しい」
「飲みます」
即答する。
「アオイ……」
イルブランドがじっとりとした目で見て来る。
「な、なんですか!」
「よく悩めと言っただろ」
「悩みましたよ! 一瞬ですけど!」
しかし、この世界のマンガ文化を見守る為には長い命が必要だ。
「ふぅーー」
イルブランドが長いため息をつく。
「本当に良いのだな」
彼は葵を睨む。
「はい!」
彼は空中を指先でかきまぜて、黒いモヤを出した後に何かを取り出す。手にしたのは、青い瓶だった。
「コレが長寿の薬だ」
青いは瓶を受け取って、しげしげと眺める。瓶の中には、液体が入っている。
「今、飲んでも良いんですか?」
「あぁ、おまえが望むのなら」
葵はキャップを外して呑んだ。甘くて、美味しいお薬だった。
「美味しい」
一滴残らず全て飲み干す。瓶の蓋を閉めて、イルブランドを見る。彼は、眉を寄せて大変複雑な表情をしている。
「本当にこれで良かったのだろうか」
「何がですか?」
「私は、どうやっておまえに、この薬を飲ませるかずっと悩んでいた……それなのに……それなのに、こんなに簡単に飲むとは」
「ダメでしたか?」
「いや、良い。結果、おまえは私とともに生きる時間が伸びたのだから」
彼はうんうんと頷く。
「私、これでどれくらい生きられるんですか?」
「まぁ、あと五百年は長生きするだろう」
「五〇〇年!」
そんなに長生きしてしまったら、どれ程マンガ文化は発展するのだろうか。
「ほあ~」
未来では自動漫画描き機とかもできているかもしれない。
「凄い、わくわくして来ました」
「長く生きる事を不安に思う者も多いのに……おまえは、前向きだな」
イルブランドは、葵は抱きしめる。
「今日は良き日だ」
彼は朗らかな声で、心底嬉しそうにそう言う。イルブランドが葵にキスをする。それは、熱烈なキスだった。
つづく
仕事のBLマンガを描きつつ、葵は次の同人イベントに出す薄い本のネームを切っていた。
(やっぱイルブランドと、ルーセルのカプ凄く萌るのよねぇ)
彼女は、二人がベッドでもつれ合うシーンを描いている。以前のイベントで出したルーイルの薄い本はアシスタントにも好評で、購入したファンからファンレターも届いている。続編を望む声を多く頂いたので、葵はいそいそいとネームを切っているのだ。
(やっぱり、薔薇の話しは書かないとよね)
葵はにやにやしながら、鉛筆を走らせる。その時、廊下を誰かが走る音がする。鎧のガシャガシャ鳴る音もする。扉が勢いよく開かれる。
「おい!」
入って来たのは、青い顔をしたルーセルだ。
「ど、どうしたんですかルーセル様」
ルーセルは葵を見た後に何か言おうとして、部屋の中にアシスタント達がいる事に気づく。口を閉じて、葵を睨む。
「少し良いか」
「は、はい」
葵は彼と一緒に部屋を出て、廊下を歩いて適当な客間に入る。彼は部屋に入って振り向く。
「おい、これはなんだ」
持っていた封筒から、何かを取り出して見せる。
「!」
それは、葵の描いたルーセルとイルブランドの薄い本だった。
「な、なんでルーセル様が持ってるんですか!」
「今朝、知らぬ女に突然サインをして欲しいと言われてこの本を出されたんだ」
葵は頭を抱える。
(ナマモノは特に繊細だから、絶対にご本人に迷惑をかけちゃダメって書いておいたのに!!!)
マナー本にも書いたし、葵の描いた薄い本にも注意として書いてある。しかし、理解せずに困ったファンがいたらしい。
「すいませんでした……」
「やはり、これを描いたのはおまえなのか!?」
ルーセルが狼狽する。
「はい……そうです」
「な、何故こんな物を……」
彼は理解に苦しむと言う表情をしている。
「その……腐女子のサガみたいな物です……。ルーセル様にご迷惑をかけてしまって本当に申し訳ありません」
葵は頭を下げる。
「おまえは、俺が嫌いなのか……?」
「え?」
頭を上げる。
「こ、このような本を描いて、他人に見せて俺を辱めて……!」
「い、いえそんな事は……!」
ルーセルの事は嫌いでは無い。
「イ、イルブランド様まで……!」
彼が葵の手を掴む。引っ張って、部屋を出る。
「ど、どこへ行くんですか!」
「イルブランド様のところだ!」
「なんで!?」
「話し合いのためだ!」
彼に手を引かれ、イルブランドの執務室前に連れて来られる。
「失礼します!」
二人、イルブランドの執務に入る。入って来た二人をイルブランドが、やや驚いた顔で見る。
「どうしたんだ」
葵とルーセルを見た後に、繋がれた手を見る。
「……駆け落ちか?」
イルブランドが怖い顔をする。
「違います! そうではなくて、コレを見てください!」
ルーセルが薄い本をイルブランドの机の上に置く。
「……これは」
イルブランドがパラパラと本をめくる。
「それは、こいつが描いた物です!」
ルーセルは眉を釣り上げて怒っている。
「あぁ、知っている」
「なっ!?」
その返答にイルブランドは驚く。
「ど、どう言う事ですか!?」
「そうか、おまえは知らなかったのだな。我が妻のアオイは、男同士の愛をマンガで描く事を好むんだ」
彼が静かに、良い声で端的に説明してくれる。
「…………は?」
ルーセルは理解できないようだった。
「おまえは『マンガ』を読んだ事はあるか?」
「『マンガ』とはなんですか……?」
「このように枠で区切った絵で話しを展開して行く物の事だ」
「初めて見ました……」
「このマンガ技術をこの世界に持ち込んだのが、アオイだ」
ルーセルが葵を見る。葵は、青い顔をして視線を彷徨わせる。
「そして彼女はマンガ家として、仕事をしているんだ。主に男同士の恋愛マンガを描いてな」
イルブランドが後ろに置かれた棚の下から、葵のマンガ本を取り出してどさっと机に置く。ルーセルはそれらを手に取って、中をパラパラと見る。
「なっ、あっ!」
彼は戸惑い、顔を赤くする。
「なんですかこれは!」
「今、説明したであろう。彼女のマンガ作品だ」
「何故、男達がもつれあっているのですか!」
「彼女がそう言うのを好きだからだ。世間にも、そのような小説が前からあったではないか」
「ですが……!」
ルーセルは魔族にしては、恐ろしく潔癖のようだった。葵のマンガを机に置く。
「では、イルブランド様はこの本の存在もご存知だったのですか!」
ルーセルが、自分とイルブランドの薄い本を再び掲げる。肌色の拍子が眩しい。
「……私が許可を出したんだ。商業ではなく、個人的に出したいと彼女が言ったのでな」
「ご迷惑をおけして、本当にすいませんでした……」
葵は再び謝る。
「私は気にしていない、ルーセルは気にしているようだがな」
ルーセルはイルブランドの態度に戸惑っている。
「イルブランド様は、こいつがこんな物を描いている事を受け入れていらっしゃるんですか?」
「あぁ。見ようによっては、立派な芸術だと思うぞ」
ルーセルが再び、薄い本を読み始める。ゆっくり、一ページ一ページめくる。
「……登場人物にいささか障りがありますが、確かに作品としては良い物だと思います」
葵は驚く。
「しかし今後は俺やイルブランド様に迷惑のかからないように、気を使うべきだろう」
「そ、それはもちろんです! 本当にすいませんでした!!」
葵は何度も頭を下げる。
「それから、おまえの描いた他の本も寄越せ」
「へ」
「イルブランド様が評価されるのなら、俺も読む」
彼は生真面目な顔をして言う。
「わ、わかりました」
「私の持っている本を貸してやろう」
イルブランドは、次々マンガを取り出して机に置く。イルブランド様、本当に全て葵の描いた漫画を持っているようだった。
「こ、こんなにあるのか……」
ルーセルは若干、顔を引きつらせる。
二週間後、葵はルーセルに直接薄い本制作の許可を得るのだった。彼は、BLマンガは理解できなかったようだが、マンガと言う文化その物には好意的な態度を取ってくれた。その事に葵はほっとして、次のイベントまでよりわかりやすい同人マナー講座のマンガを描く事にした。前回は本だったから、まずかったのだ。マンガならみんな読んでくれるだろう。そして原作に突撃するのは絶対止めて欲しい。
■
原稿が一段落つき、葵はゆったりとした気分のままベッドに横になっていた。そこに、イルブランドが入って来る。彼はベッドに体を滑り込ませて、葵の上に覆いかぶさる。
「今夜こそしたいのだが」
彼は真剣な顔をしている。
ここ一週間程、葵は彼からの誘いを断り続けている。それと言うのも、原稿が追い込みの時期に入っていたからだった。初めて雑誌連載と言うのを体験し、それを単行本にまとめるに当って加筆修正の作業が大量にあったのだ。それと平行して、他の原稿もやっていたので忙しくなるのは仕方なかった。その間イルブランドは、ずっとお預けを食らっていた。
「わ、わかりました。良いでしょう」
断る度に彼が寂しそうな顔をするので、葵としても罪悪感はあったのだ。
「本当か!」
「はい。でも、正直仕事で疲れてるので程々でお願いします」
彼が眉を寄せる。
「それは難しい相談だ」
「なら、今日は無しで……」
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「本当かなぁ?」
葵は若干疑わしい目で彼を見る。いつも、程々にすると言っては、三ラウンド目まで突入する魔王様だった。
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「ほどほどにするって言ったでしょ~!」
「すまない、やはり我慢できそうにない」
後ろから抱え込まれて、腰を押し付けられる。
「あっ、んん」
甘い刺激がお腹に広がる。
「こらぁ~!」
怒ってはみるものの、大した抵抗はできていない。彼は、構わず葵のお腹の中を突く。
「んんっ」
枕に顔を埋めて喘ぐ。彼は熱心に葵の肩や首に痕を残している。
「もう……」
「おまえが魅力的過ぎるのがいけない」
「そんなに、私のおっぱいが好きですか……!」
彼はちゃっかりと、葵のおっぱいを揉んでいる。
「胸も好きだが、おまえは私に忘れていた皮膚の触れ合う楽しみを思い出させてくれた。手放せるわけがないだろう」
彼が、背中にくっついて来る。
「それとも、おまえは私とこうしていいるのが嫌いか?」
「……嫌いでは無いですけど……」
ただ、モノには限度があるだけだ。ずっと逝かされる続けるこちらの身にもなって欲しい。
「私の事を愛しているのなら、あともう少しだけ付き合ってくれ」
低い良い声でお願いされては、仕方ない。
「わかりました……」
彼が、葵にわがままを言って来る事はほとんど無い。大体の事は、葵の好きなようにさせてくれているからだ。
「ありがとう」
入れたまま葵の体を回し、片方の太ももを持ち上げる。そのまま腰を動かす。
「あっ、あっ!」
葵は背中を反って喘ぐ。限界まで快楽を与えられた体は悲鳴をあげていた。これ以上、気持ちいいのが続くのは本当無理である。彼は、深いキスをして葵の中に精を放った。
「っ」
彼の熱い精を受けて葵は、意識を失った。
気だるさに目を開ける。白い天井が見える。隣にはイルブランドが居て、彼女の髪を撫でている。
「おはようアオイ」
彼は、上機嫌だった。彼の形の良い唇を見る。切れ長な目の中にある、光り輝く虹彩を見る。
「綺麗……」
何度見ても綺麗な顔だ。
「ありがとう。おまえに容姿を褒められるのは気分が良いぞ」
イルブランドがアオイの頬にキスをする。彼は頻繁にキスをした。嫌いでは無いので、そのキスを受け入れる。
「おまえも、かわいい寝顔をしていた」
「……ずっと見てたんですか」
「あぁ、飽きずに見ていた」
葵は顔が熱くなる。何か、妙な事を言っていなければ良いのだが。
「私もイルブランド様の寝顔じっくり見てやる……」
「うむ、好きなだけ見るが良い」
彼は全く気にしていないようだった。まぁ、美形の寝顔なんて美しいに決まってますが。
「葵の髪は少し、癖があるんだな」
彼が、葵の髪の先を指でいじる。
「天然が入ってるんで、ちょっとだけ下の方がハネます……だからいつもアイロンでセットしてました」
この世界でも、メイドさんがアイロンぽい道具でハネを直してくれる。
「ふふっ、かわいらしい」
彼が笑みを浮かべる。
「そうですかね……」
「そう言えば、耳の後ろにほくろがあるのを見つけたぞ」
彼は指先で、今度は葵の耳をつつく。
「え、うそ。そんなとこに、ほくろあったんです?」
耳の後ろなんて自分では見れない。
「あぁ、この辺りだ」
彼が触れて教えてくれる。
「知らなかったー」
「ふふっ、ほくろと言えば腰辺りに、三つ並んだほくろがあるのを知っているか?」
「えっ」
彼がシーツをめくって、葵の腰に触れる。
「ここに三つ、トン、トン、トンとある」
葵は体をひねったが、見えない。
「星座のようで、かわいらしいぞ」
彼はニコニコして教えてくれる。
「イルブランド様、私の体じっくり観察しすぎですよ」
「おまえも私をよく見ているではないか」
彼が葵の頬を両手でむぎゅっと挟む。
「むっ、そうですけど」
作画資料の為に、じっくり丁寧に彼の体を観察していた。
「それに、おまえの事をしっかり記憶にとどめておきたいのだ」
彼は葵の頬から手を離して、抱きしめる。
「イルブランド様……」
少し、しんみりした空気が流れる。葵は彼の背中を抱いて、撫でる。しばらく、そうして二人抱き合っていた。
「すまない、ありがとう」
彼がそっと離れる。
「最近、仕事の調子はどうだ?」
彼が横になったまま、葵と視線を合わせて尋ねる。
「え、そりゃもう良好ですよ。たっぷり原稿はできてますし、趣味の原稿の方も順調です…! 最近、マンガ雑誌も刊行されましたので、これからのマンガ文化は明るいですよ!!」
葵は目を輝かせる。
「それは良かった」
イルブランドは我が事のように、嬉しそうな顔をする。
「でも、ですね……」
「どうしたアオイ、暗い顔をして」
「いや、この世界のマンガ文化が完全に花開くまで私は生きていられるのかなぁと思って」
確か葵の世界ではマンガの神様がマンガ文化を広げ始めたのが、五十年前くらいだったと思う。更に、コミケの始まりは三十年前くらいだろうか。
「うー、時間が足りない」
この世界でのマンガ文化が成熟した頃、葵はおばあちゃんになっているだろう。
「……アオイ」
唸るアオイをイルブランドは真剣な顔で見つめている。
「おまえが望むのなら、一つ方法がある」
「へ?」
「おまえが長生きをしたいと言うのなら、長寿の薬を飲むと良い」
「そんなのあるんですか?」
「私は魔王だからな。貴重なマジックアイテムも持っている。しかし……飲めば、元の寿命には戻れない。よく考えて飲んで欲しい」
「飲みます」
即答する。
「アオイ……」
イルブランドがじっとりとした目で見て来る。
「な、なんですか!」
「よく悩めと言っただろ」
「悩みましたよ! 一瞬ですけど!」
しかし、この世界のマンガ文化を見守る為には長い命が必要だ。
「ふぅーー」
イルブランドが長いため息をつく。
「本当に良いのだな」
彼は葵を睨む。
「はい!」
彼は空中を指先でかきまぜて、黒いモヤを出した後に何かを取り出す。手にしたのは、青い瓶だった。
「コレが長寿の薬だ」
青いは瓶を受け取って、しげしげと眺める。瓶の中には、液体が入っている。
「今、飲んでも良いんですか?」
「あぁ、おまえが望むのなら」
葵はキャップを外して呑んだ。甘くて、美味しいお薬だった。
「美味しい」
一滴残らず全て飲み干す。瓶の蓋を閉めて、イルブランドを見る。彼は、眉を寄せて大変複雑な表情をしている。
「本当にこれで良かったのだろうか」
「何がですか?」
「私は、どうやっておまえに、この薬を飲ませるかずっと悩んでいた……それなのに……それなのに、こんなに簡単に飲むとは」
「ダメでしたか?」
「いや、良い。結果、おまえは私とともに生きる時間が伸びたのだから」
彼はうんうんと頷く。
「私、これでどれくらい生きられるんですか?」
「まぁ、あと五百年は長生きするだろう」
「五〇〇年!」
そんなに長生きしてしまったら、どれ程マンガ文化は発展するのだろうか。
「ほあ~」
未来では自動漫画描き機とかもできているかもしれない。
「凄い、わくわくして来ました」
「長く生きる事を不安に思う者も多いのに……おまえは、前向きだな」
イルブランドは、葵は抱きしめる。
「今日は良き日だ」
彼は朗らかな声で、心底嬉しそうにそう言う。イルブランドが葵にキスをする。それは、熱烈なキスだった。
つづく
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