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 ヤスパースが出版してくれた本は、庶民達の間でじわじわと売れたらしい。
「アオイ様! 読者はアオイ様の新作を求めています!!」
 彼女は頬を赤く染めて、興奮している。
「新作かぁ。実は、ヤスパースさんが前に持って来てくれたBL小説の『ワイルズスター』って本をマンガにしてみたんだ。でもこれ、原作者さんに許可とらないと出版は難しいよね」
 葵は原稿を渡す。
「アオイ様!!!!」
 彼女はその原稿に飛びついて読む。
「はぁ、はぁ、これは! 素晴らしい! 素晴らしいですよ!!」
 興奮気味に原稿を読む。本当に、彼女は良い読者だと思う。常に新鮮な驚き方をしてくれる。
「必ず! 必ず原作の方に許可をとります!! お任せください!!」
 葵は静かに頷く。
「ダメ元だと思いますけど、お願いします」
 その後もヤスパースは原稿を見ながら、何度も呻いていた。

 後日、ヤスパースがやって来て叫ぶ。
「許可とれました!!!」
「本当ですか! 良かった」
 葵は驚く。
「早速、出版準備をしています。見本誌を持って来ました」
 本を手渡される。
「ほあー、凄い。自分のマンガが本になるって、嬉しいですね」
 ハードカバーのマンガ本である。新品の本の匂いは好きだ。
「なんだか、ドキドキします。本当にありがとうございます、ヤスパースさん」
「いえいえ! 私の方こそ、アオイ様がこの世界にいらっしゃって良かったと思っています! これ程の芸術を目にする事ができたのですから!」
 芸術かなぁ? と首を傾げながら葵は静かに微笑んだ。
「それから、こちらはこの間の本の売上です。今回の本の印刷代にかなり使ってしまったので、少ないですが、お納めください」 
 売上の詰まった布袋を手渡される。中を見ると、金貨が沢山入っている。大金である。
「あ、ありがとうございます」
 ひとまず貰って、トランクに入れておいた。

***

 ルーセルは、大陸中から集めて来た資料を持ってイルブランドの執務室に入る。
「ひとまず、これで全部です」
 どさりと本を床に置く。執務室には、大量の本が山のように積まれている。
「そちらの山はもう読んだ、片付けておいてくれ」
「イルブランド様、本当にアオイを帰してしまうおつもりですか?」
「そうだ。それが彼女の望みだ」
「好いた女を手放すなんて、俺には理解できません」
「私が彼女を好きだとしても、彼女は私の事をそう思っていないのだ」
「それでも、帰す事は無いと思います。特にイルブランド様にとって、最後の女性になるかもしれない人なのに」
 イルブランドが眉を寄せる。
「『娼婦』だと思えていれば、私も手放さずに側に置いたさ。しかし、彼女への愛を自覚してしまったのだから、そうもいくまい」
 イルブランドは本のページをパラパラ捲る。
「愛するものが望むのならば、その望みを叶えてやるのが真の愛と言うものだろう。この先永遠に、彼女に会えなくても私の心はそれで満足する」
 ルーセルは、胸の痛みを覚える。
「なら、俺は諦めません。絶対に、あの娘にはイルブランド様を好きになって貰います」
 イルブランドが、笑う。
「ふっ。アオイは、おまえの事も気に入っているようだぞ」
「なっ」
「以前、晩餐の席でおまえの事を気にしていただろう」
「そうだったでしょうか……」
「おまえの容姿も綺麗だから、好きなのだそうだ」
「容姿が……」
「あぁ」
 ルーセルはため息をつく。
「とにかく、俺の方からも彼女に言って聞かせますので。イルブランド様も諦めないでください」
「善処はするさ」
 イルブランドは読み終わった本を置いて、別の本を手に取った。

***

 葵は机に向かって、ガリガリと原稿を描いている。二冊目の本の評判が良く、更に新作を求められたのだ。今度は、別のBL小説の作者から直接依頼が来たのである。『自分の本もマンガにしてくれ!』と。葵はその原作も大変気に入り、机にかじりつくようにして、原稿を描いている。原稿が楽しすぎて、時間を忘れてしまう。お腹がぐーっと鳴ったので、そろそろ三時のおやつの時間なのだとわかった。
「んーーー! 頑張ったなー!」
 朝から今の時間まで、五Pの原稿が進んだ。トーンは無いので、全て手描きである。しかし、元からアナログ原稿派の葵には大したハンデではなかった。満足気に原稿を眺めていると、部屋の前で物音がする。メイドさんが、おやつと紅茶を持って来てくれたのだろう。ドアが開く音がして、葵は振り向く。
「!」
 しかし、そこに立っていたのはイルブランドだった。日中は、この部屋に絶対に来ないイルブランドがそこに立っている。一方の葵は寝間着姿で、手をインクで汚して机の上にエッチな原稿を広げている。立ち上がり、慌てて後ろ手に原稿をまとめて隠す。イルブランドが、ゆっくりと近づいて来て立ち止まる。彼は神妙な顔をしている。
「アオイ」
「は、はい」
「残念な報せだ。おまえが、元の世界に帰る方法は無い」
 葵は目を見開く。
「大陸中の、あらゆる文献を探し、異世界の者と接触した者達の記録を辿ったが、彼らがこの世界から帰ったと証言する者は一人もいなかった」
「そんな……」
「おまえが連れて来られたと言う黒いモヤについては、残念ながら不明だ。また、異世界に繋がる門の仕組みも私なりに分析してみたが、私にも到底不可能な技術だった」
 彼は頭を下げる。
「力になれず、すまない」
 葵は驚く。
「あの、頭なんて下げないでください。調べてくださってありがとうございます」
 彼が、毎日のようにルーセルと文献を当っているのは知っていた。魔王の彼が不可能だと言うのだから、葵が元の世界に帰る方法は本当に無いのだろう。
「わかりました。今後の事を改めて考えます」
「あぁ」
 イルブランドは頷く。
「ところで、先程は何を隠したのだ?」
 どうやら、気づかれていたらしい。
「え、えっと、ちょっと字の練習をしていて」
「なぜ、その紙を隠すのだ」
「へ、下手だからです! 下手な字を見られるのが恥ずかしいからです!」
「……練習過程など、誰しもが下手だと思うがな。まぁ良い、要件はそれだけだ。勉強の邪魔をしたな」
 彼が踵を返して部屋を出て行く。扉が閉じて葵はほっとする。葵が背で隠した机の上には、一番上に男二人が喘ぐ原稿がある。
「あっぶねー!!!!」
 葵はドキドキしながら原稿をトランクの中に隠す。今後はもっと、注意して原稿をやった方が良いだろう。原稿を全てトランクに入れた後、椅子に座る。
「そっかー、元の世界には帰れないかぁ」
 帰れる可能性と帰れない可能性を半々の気持ちで持っていた葵は、改めてその事実を受け止める。
「異世界に永住、決定かぁ」
 机の上に頬杖をついて、ぼんやりとする。
「注文してた『エスキベルガンナー』の同人誌読みたかったなぁ。ツイッターのフォロワーさん達、私が突然呟かなくなって驚いているかな。やばい、家に薄い本大量に置いてるや。PCは開かずに処分して欲しいなぁ。せっかくコミケ受かってたのにな。来期のアニメ観れないのか……」
 目に涙が浮かんで落ちる。いつか帰れるかもしれないと思っていた期待はついえて、本当に帰れないのだとわかった瞬間に沢山の未練が葵の胸の中にわく。日々、ささやかな希望を胸に生きていた。それらが全て無くなってしまったのだ。二度と、目にする事はできない。
「うぅ……」
 十年以上、慣れ親しんだフォロワーさん達ともお別れである。家にも帰れない。葵はぐずぐず泣いて、机に突っ伏す。

 その日の夜、彼は特に手を出して来ず葵をそっと抱いて眠った。葵は彼の腕の中で、元の世界への未練をじんわりと感じながら涙を流した。


つづく
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