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 五日後にルーク団長が目を覚ましてくれた。右手を握って、俯いていたオレは、その手が動くのを感じて驚いた。顔を上げると、銀灰色の瞳がオレを見ていた。

「ルーク……団長……」

 信じられなかった。目を覚ましてくれるなんて。

「ジオ……」

 ルーク団長は、小さく笑みを浮かべる。

「き、気分はどうですか」
「……腹が減っている」

 食欲があるのはとても良い事だ。

「気持ち悪くとかないですか」

 ルーク団長は、首を横に振る。

「すぐに食事を持って来ますね、皆にも報せて来ます!」

 立ち上がろうとしたら、手を引かれる。
 ルーク団長は、目を細めてオレを見ている。やつれた顔に、胸が痛んだ。

「……夢で懐かしい仲間達を見た」
「お仲間ですか……?」
「あぁ……皆、戦場で死んで行った男達だ」

 オレは俯く。

「だがオレは、おまえに名を呼ばれたので帰って来た」
「そ、そうなんですか!」

 オレは、ルーク団長の手をぎゅっと握って身を乗り出す。

「あの、ルーク団長……あの……帰って来てくれて嬉しいです……」

 オレは泣いてしまった。もうみっともないぐらい、ボロボロ涙が出る。だって、ルーク団長とまたこうして話せているのだ! 嘘みたいだ。『二日前、今日が峠ですね』と医者に言われていたと言うのに!

「……俺も、おまえに会えて嬉しい」

 震える手が、オレの頬を撫でる。

「オレも……オレも本当に嬉しいです……」

 涙で顔がぐちゃぐちゃになってしまう。

 優しく頭を撫でられて、オレは涙を止められなかった。

 落ち着いた後、見張りの騎士に頼んで台所でスープを持って来て貰った。ルーク団長はゆっくりと、スープを飲んで完食してくれた。体を起こしたルーク団長は、顔色はあまりよくないが、受け答えはしっかりしていた。

「お薬を飲みましょう」
「あぁ」

 手渡した薬をルーク団長が飲む。

(本当に良かった……)

 喋って、食事をして、起きていてくれるだけで嬉しかった。

(神様ありがとう、本当にありがとう。オレ、これから一生信心深く生きるよ!!)

「よく覚えていなのだが、俺はどれくらい寝ていたんだ」
「五日間です」
「そんなにか……」

 ノックをして、医者が入って来る。

「目が覚めるとは驚きました。さすが団長殿ですね、鍛え方が違う」

 医者は、ルーク団長の体を隅々まで看て診察をする。

「意識が戻ったとは言え、体は酷く弱っています。しっかりと静養して、体力を戻しましょう」

 医者が出て行ったあと、ルーク団長と見つめあう。

「あの……」

 オレはルーク団長の手を握る。

「すいません、ルーク団長……」

 ルーク団長が驚いた顔をする。

「なぜ、謝るんだ」
「だって、オレが……もっと早く駆けつけていれば……」
「……ジオ、おまえは、自主的に毎日見回りをしていただんろ。ブルックからそう聞いている。『おまえの恋人が、心配している』とな」

 ジオは顔が熱くなるのを感じながら、頷く。

「あの場に来られたのだけ、奇跡なんだ。その奇跡はおまえ自身が、努力によって引き寄せたモノだ。ジオがあの男を追い立てたおかげで、あの男は焦っていた。あの男は、俺を必ず殺せる瞬間を逃したんだよ。それだけでも十分な働きだ」
「けど……」

 ルーク団長がオレの手を握り返す。

「毒にやられたのを気づいた後も、指揮を続けたのは俺の判断だ。俺は……この騎士団の、騎士団長だからな。戦争が終わるまで、止まるわけにはいかなかった」

 ルーク団長が俯く。

「……だが、おまえを残して行く事がとても気がかりだった……こうして、もう一度話す事が出来て、本当に俺は嬉しいんだ」

 ルーク団長の手が俺の頬に触れる。

「っ……」

 涙が滲む。

「……オレ………もっと強くなります。今度は、必ず守れるように……!」

 引き寄せられて、ぎゅっと抱きしめられる。

「俺も同じだ。もっと強くなる。おまえに、心配をかけないように」

 オレは団長と強く抱きしめ合った。

(ルーク団長が生きてて本当に良かった……)

「邪魔するぜー!」

 そこにブルック副団長が入って来る。

「ぴゃっ!!!」
「お、感動のシーンだったか。すまん」

 抱き合っているところを、思いっきり見られてしまった。

「ルーク、おまえ本当にコイツに愛されてるんだな。ジオの奴、おまえが倒れてから付きっきりで看病してたんだぞ。他におまえを殺す奴がいるんじゃないかって警戒してな」
「そうなのか」

 ジオは恥ずかしくなって、視線を反らす。

「つー、わけでルークも目覚めた事だし、おまえは飯を食って仮眠をとって来い!」

 服の襟をつままれる。

「えぇー!」
「えーじゃない。五日間、まともに飲み食いしてないだろ。寝てもいないし」
「ちょっとは寝てましたよ……」

 一日、一時間くらいは。

「そんなんじゃ、今度はおまえがぶっ倒れるぞ」
「ジオ、俺は大丈夫だから休んでくれ」

 ルーク団長に言われたら従うしかない。

「はい……」
「おまえ、団長には素直なのな」
「それじゃ、ごはん食べて、仮眠とって来ますね。ルーク団長も、しっかり休んでてください!」
「あぁ」

 オレは名残惜しい気持ちで外に出た。



 久しぶりの食事を食べて、丸一日泥のように眠った後、オレは廊下でアレックスに呼び止められた。

「え……?」

 アレックスに言われた意味がわからなかった。

「おまえは団長の世話をしてたから、動揺させない方が良いと判断して、知らせるのを後にしたんだ」

 腕組みをしたアレックスが言う。赤の前髪の下に、切り傷が出来ている。おそらく、戦闘中にケガをしたのだろう。

「ハイドが……死んだ?」

 七日前、彼は確かに生きていた。焚火を囲んで、干し肉を一緒に食べたのだ。

『そろそろ、柔らかい肉が恋しくなって来た』

 そう笑った顔を覚えている。ハイドは精神的に強い男で、初めて人を殺した日でも普通に食事を食べていた。どんなに日数が経っても、精神が擦り切れなかった。戦場では、ハイドの咄嗟の判断で幾度も命を助けられた。

「なんで……?」

 ハイドは下級騎士だったが、実力は中級騎士相当だったはずだ。そう簡単に死ぬはずがない。

「流れ矢に当たったんだ」

(それだけで?)

「当たった場所が悪かった。首の太い血管を貫かれて、もう誰にも助けられなかった」

 戦場で、人があっけない程簡単に死ぬのを何度も見て来た。

(そうだ、人は死ぬんだ……本当に、あっさりと……)

 ハイドの体が収められた棺を見に行った。簡素な木の棺をオレは撫でる。

 ハイド = シャープは、半年違いの同期だった。彼の方が先に、騎士団に入団していて、先輩風をふかせつつも、陽気にルークを導いてくれた。年も近く、下級騎士の頃はよく一緒に行動していた。町に彼女が居て休日はよくデートしていた。一緒に酒場で酒を飲んで、寄宿舎まで引きずって帰って貰った事もある。

 涙がボタボタと落ちる。

(嘘だろおまえが死ぬなんて……)

 現実が受け入れられない。今回の戦争で、四十一人の騎士が死んだ。その内の一人にハイドが入っているのが、信じられなかった。


     
 死んだ騎士達が集められて、簡易の葬式が行われた。棺に入ったハイドの青白い顔を見て、ようやくオレはハイドが死んだのだと理解した。薔薇の花を棺に入れる。

(彼女はどう思うだろうか……)

 ハイドの恋人の事を思い出す。

(……きっと悲しむだろうな)

 騎士を恋人に選ぶと言う事は、いずれ失う覚悟をすると言う事だった。

(それでも……早すぎる……)

 隊列に戻り、ブルック副団長の号令に合わせて敬礼する。ルーク団長は病み上がりながらも、葬式に顔を出していた。首に包帯を巻き、辛そうな顔で死んでいった騎士達の棺を見つめていた。痛みを胸に刻み込むように。


つづく


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