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 朝鍛錬を終えて執務室に向かう。ルーク団長は用事があって今日は鍛錬にいなかった。すると、部屋の中から何やら声がする。
 ルーク団長と、女性の声である。

(あ、これは決闘イベント!)

 乙女ゲーム『白百合の騎士』にアレックス = レインウォーターと言う攻略対象キャラがいる。彼は序盤から何かとヒロインのイルビアに突っかかって来る男である。女性が、騎士になるのがとにかく嫌らしい。結果、何度かの衝突の後、ついにイルビアに決闘を挑み、イルビアもそれを受けてしまうのだ。ちなみにこの決闘の後、アレックスはイルビアの事を多少は認めるようになって行くのである。

 イルビアはこの決闘の件を、ルーク団長に報告しに行ったのだろう。騎士同士の決闘は、厳粛な戦いである。ただの喧嘩とは違う。互いの誇りをかけて、正々堂々と戦う物なのだ。 
(決闘イベントが起きてるって事は、イルビアはアレックスルートに行くのかな?)
 そうであれば良いなと思った。一応ルーク団長と付き合う事にはなったが、まだ気は抜けない。

(ヒロインのイルビアに本気を出されたら、オレは勝てる気がしない……)

 オレは自分の平たい胸を見てオレは重くため息をついた。

(うぅ、強くなろう。そんで、ルーク団長がよそ見しないように全力で愛そう)

 オレに出来るのはそれだけだった。





 夕方の鍛錬をしていると、オレの目の前に赤い髪の騎士が立つ。『白百合の騎士』の攻略キャラの一人、アレックス = レインウォーターである。

「なぁ、俺と手合わせしてくれないか」

 彼は二つ上で、中級騎士だった。しかし、もうそろそろ上級騎士に上がりそうな実力である。

「オ、オレとか!?」

 とてもではないが、ジオでは相手にならない。

「そう、おまえさんだよ。強いんだろ」
「いやいや!! アレックスさんには、敵わないですよ!!
「そんなはずはねぇよ。なんて言ったって、団長のお気に入りだもんな?」

(うわっ、喧嘩売られてる!)

 アレックスは作中でも頻繁にいろんなキャラに喧嘩を吹っかけていた、血の気の多い奴である。

「……」

 オレはアレックスと睨み合う。現在、団長は外に仕事に出ている。

(やるしかないか)

 売られた喧嘩は買う。それが、騎士団で舐められない為の基本である。

「わかった。受けて立つよ」
「そう来なくちゃな」

 刃を潰した剣が投げられる。オレはそれを受け取って、防具と兜を付けた。しかし、アレックスは防具を付けない。完全に舐められている。アレックスは、石を手に持つ。

「この石が地面に付いたら、勝負開始だ」

 アレックスが剣を構えて石を上空に投げる。オレも剣を構える。地面に石が付いた瞬間、アレックスが切りかかって来た。

「くっ!!!」

 剣を受ける。  

(重い!!!!)

 アレックスの方が、一回り体格が良い。おまけにこの男は、ゴリゴリに鍛えているので、一撃一撃が重かった。それでいて、素早い。

「っ……」
「はっ、大した事ねぇな」

 アレックスにどんどん後ろに追い詰められる。ルーク団長に鍛えて貰う前のジオでは、きっと一撃で兜を打たれて終わっていただろう。けれど、今はどうにかその剣を受ける事が出来た。

「つまんねぇな、おまえも仕掛けて来いよ」

 アレックスがわざと、隙を作る。しかし、ジオはそこを狙わなかった。一旦、離れて仕切り直す。

「はぁ、はぁ……」

 息を整える。アレックスがつまらなそうに、頭を掻く。

「なんでおまえが、団長に贔屓されてるのかわかんねぇ」

 『贔屓』

 ジオは早朝鍛錬や、夕方の鍛錬で、ルーク団長に特別に訓練を付けて貰っている。それは間違いなく贔屓である。その事を同僚達に面と向かって言われた事はない。けれど、彼らが同様の不満を抱いている可能性はあった。ジオとアレックスの戦いを、騎士達は誰も止めない。ジオの行動を見ているのだ。

 ジオは走り出して、アレックスに切りつけた。

「たぁ!」

 アレックスはその剣を避けて、ジオの背中を打って地面に倒した。

「勝負ついたな。弱すぎだろ」

 アレックスがつまらなそうに言って、去って行こうとする。しかし、ジオはすぐに立ち上がる。

「もう一回、勝負だ!」

 アレックスが振り返る。

「もう、勝負はついただろ」
「オレの心は折れてない!」

 剣を構える。

「…………良いぜ。やってやる」

 再び、アレックスと剣を交えて戦う。彼はやはり強く、すぐに決着がつく。

「もう、一回!」

 するとアレックスが、すぐに剣を構えた。

 何度もアレックスと戦った。絶望的な程の彼との実力の差を感じながら、俺は剣をふるい続けた。手加減無く頭を打たれ、胴を切られ、背中を踏まれ、体のあちこちに擦り傷が出来た。防具越しとは言え、打たれた場所はズキズキ痛んだ。

 日が落ちて暗くなる。夜と言える時間になっても、オレはアレックスとの勝負を止めなかった。

 塀に背中からぶつかった後、ぜーぜー言いながらオレは立ち上がる。全身が痛い。過剰な運動で、心臓はずっとバクバク鳴っている。目の上を切ったせいで、視界が不明瞭だった。それを腕で拭う。

「はぁ、はぁ……もう一回!」

 するとアレックスが両手を上げた。

「おまえの根性はわかった、今日は終わりだ」

 彼が傍にやって来て、ジオの手から剣を取る。

「ほら、医務室に行くぞ。肩を貸してやる」

 アレックスに連れられて、オレは医務室に行った。そこで、治療を受ける。顔にガーゼを張り、アザの出来た場所に塗り薬を塗って貰う。治療が終わるまで、アレックスは待っていた。彼は頬に、切り傷が出来ただけだった。あれだけやって、それだけの攻撃しか食らわせられなかったのが、悔しかった。

「飯食いに行くぞ」

 何故か一緒に夕食に行く事になる。遅い時間だったので食堂は閉まっていたので、外の酒場に行った。そこで、料理を頼んで食べる。

「おまえは、弱い」

 アレックスがシチューを食べながら言う。コクのあるシチューは、ここの定番料理である。

「だが、根性はある。オレは根性のある奴は好きだ」

 アレックスがにやっと笑った。

(同僚として認められたって事かな、嬉しいな)

 オレは疲労し過ぎて震える右手でシチューを食べた。



 その日を契機に、アレックスがやたらと声をかけて来るようになった。

「よっす! 一緒に鍛錬しようぜ!」
「お、飯か? なに、食べるんだ?」
「酒場行こうぜー!」
「休日なにしてるんだ? 暇なら、買い物に行かないか」

 と、そんな具合である。アレックスは、最初はビシビシに喧嘩を売って来るキャラなのだが、一度打ち解けると今度は大型犬のように懐いて来るタイプの男だった。

 ジオは基本的にルーク団長と行動を共にしているのだが、ルーク団長も偉い人なので、常に一緒と言うわけにもいかない。急な仕事で鍛錬に出られない時もあるし、時に他の騎士からの相談を聞くた為に食事を別にとる事もあった。そんな空いた時間にアレックスは、滑り込んで来た。ジオは余程、気に入られてしまったようだ。

(いや、まぁ、嬉しいけどね!) 





 ルークは少々、機嫌が悪かった。機嫌の悪い理由はわかっている。アレックス = レインウォーターが、最近やたらとジオの周囲をウロウロしているのである。同じ中級騎士だが、二人は以前は親しくなかったはずである。しかし気づけば、仲良くなっていた。どうやら、ルークが知らぬ間に熱い手合わせしてから絆を結んだらしい。アレックスは、ルークとジオの姿を見ると挨拶をする。

『おはようございますルーク団長! ジオもおはようさん!』

 ジオに砕けた挨拶をするのを見る度に、胸に嫌な感情がわいた。

 鍛錬場を見下ろすと、アレックスとジオが鍛錬をしていた。仲の良い友人同士と言う感じで、じゃれ合う二人を見て、ルークは目を閉じてため息をついた。

(いや、わかっている。ジオが好きなのは俺なのだと言う事は)

 彼の一途な好意は、毎日強く感じている。そんな彼が、他の男を好きになる等、考えるだけで失礼だろう。

(俺のこれは、身勝手な嫉妬だ……)

 嫉妬の心はたまに試練のようにルークの前に立ちふさがった。

 ルークとジオは恋人同士だが、同時に上司と部下でもあった。そのせいかジオは、常に畏まった態度をとっていた。年の近い同僚達に対するような、気楽な態度をとってくれなかった。ジオとアレックスは、まさに気楽な同僚と言う関係で、それが自分は羨ましいのだろう。

 この嫉妬心は、アレックスへ対してだけではない。ジオと仲の良い、他の騎士達へも向けられる事もあった。彼が騎士達と上手くやっているのは素晴らしい事だ、だが同時にジオと話す彼らを妬ましく思った。

(恋愛とは面倒だな……)

 この年まで恋愛事を避けて来たルークは自分の中にわいた感情に、戸惑った。

『嫉妬ね、人間らしくて良い事じゃないか!』

 相談したブルックには笑い飛ばされた。
 朝鍛錬が終わり、騎士達が鍛錬場を離れて行く。
 部屋にノックの音が響く。

「失礼します、ルーク団長! 今日もよろしくお願いします!」

 満面の笑顔を見せるジオは今日もかわいかった。

 いつか、この子供じみた嫉妬心が無くなり、穏やかな彼への愛情だけが残る事を願いながら、ひとまず抱きしめて他の男の匂いを消した。 
 

つづく


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