上 下
12 / 43

12

しおりを挟む
■ 


 仕事が終わった後、夕方の鍛錬をし、シャワーで念入りに体を洗った後、ルーク団長の部屋に行った。執務室をノックすると、ルーク団長が出迎えてくれる。

「来たか」

 奥の部屋に通される。ルーク団長の私室に入るのはコレが二回目である。以前は無かった、小さなテーブルと椅子が部屋に置かれていた。おそらく、二人で酒を飲む為にどこかから調達して来たのだろう。机の上には、つまみのチーズやナッツが置かれている。

(ふへへへ、ルーク団長と二人きりでお酒……)

 思わず顔がにやける。
 ルーク団長の匂いがたっぷりする部屋で肺いっぱいに呼吸をしながら、オレは椅子に座った。

「ワインは飲めるか」
「飲めます!」
「ウイスキーもあるぞ」
「大好物です!」
「それなら良かった」

 ルーク団長は棚から、ワイン瓶三本とウイスキー一本を持って来る。

「誰かと酒を飲むのは久しぶりだな」
「そうなんですか?」

 ワイン瓶を受け取って、コルクを開ける。小気味よい、キュポッと言う音がする。

「あぁ俺は、あまり酒を飲まないからな」
「あ、もしかしてお酒に弱い……?」
「いや、ザルなんだ。飲んでもちっとも酔わない。酒は酔うのが楽しいんだろ? 飲んでも特に気持ち良い気分にならないから、飲む必要もなくてな」

 酒豪でいらっしゃった。

「なるほど……」
「だが、酒の席が嫌いなわけじゃない。こういう場で話をするのは好きだ」

 その言葉にオレはほっとした。

「それじゃあ、楽しみましょう!」

 ルーク団長のワイングラスに赤ワインをそそぐ。

「ありがとう」

 ルーク団長がそれを手にとって、香りを楽しんだあと一口飲んだ。

(ほああぁああ、大人の色気!!! ワインをまわす仕草一つで全ての乙女の心を打ち抜ける!!! それになんて綺麗な手なんだろうか!)

 ルーク団長の大きな手をチラチラと観察しながら、オレはワインを飲んだ。大きな手、長い指。あの指のフシに好きなだけ触れられたなら、どんなに幸せだろうか。どんな角度から見ても芸術品のような手が、チーズを手に取って口に運ぶ。

 唇! ほんのり赤く色ずく唇。あぁ、あの唇にキスがしたい。思うぞんぶん、はむはむしたい!!!

 今日のルーク団長は詰襟の騎士服を脱いで、白いシャツだけ上に着ていた。おまけにボタンを鎖骨の下が見える位置まで外している。太い首、綺麗な白い鎖骨。撫でて、キスしたい。いや、足下に跪いて黒のズボンに包まれた太ももに頭をのせたい……。

 次々わいて来る煩悩を押さえこみながら、オレはワインを飲んだ。

「ウイスキーも飲むか」
「飲みます!」

 ルーク団長が、グラスに琥珀色の液体を注ぐ。差し出されたグラスを受け取って、オレは一口飲んだ。度数の高い酒が舌に広がり、喉を焼きながら胃に落ちていく。ルーク団長にいただいた酒だと思うと、興奮で更に体が熱くなる。

(オレ、もう死んでもいい……)

 口の中に広がる苦味と甘みを味わいながら、ゆっくりとウイスキーを飲んだ。

「ジオ、大丈夫か」

 ルーク団長に声をかけられて慌てる。

「だ、大丈夫ですよ!」

 まだオレのアルコール限界量は遠い。 

「だが、顔が赤いぞ」

 ルーク団長がオレに顔を近づける。

(ふぐえぇえええ!!!!!)

「やはり赤い」

(それは! ルーク団長の顔が近いせいです!!!!!)

 ルーク団長はクール系なのだが、何故か人との距離感がバグってる時があって、やけに近くに来たり、触れて来る時があった。

 いや、そもそも体育会系の騎士団の男共がみんな距離感がバグっているのだ! 肩組んだり、試合に勝ったらハグしたり、テンション上がると尻や股間を揉んで来る時もあった。ルーク団長のこの距離の近さも、きっとその延長線上にあるのだろう。

「すまん、酒に弱かったんだな」
「いや! そんな事ないです!! ちょっと、顔に出やすいだけです!! ワイン三本開けても平気なタイプですから!!!」

 オレは必死に弁明した。こんなすぐにお開きになるのは困る。もっと、ルーク団長の傍でお酒を飲んでいたい!

「そうか……だが、今日はほどほどにセーブして飲もう」

 ルーク団長に釘を刺されてしまった。

「はい……」

 二杯目のウイスキーをちびちび飲みながら、他愛ない話をする。

「ジオは、レーヴェの出身だったか……あの辺りはのどかで良い場所だな」
「はい、作物が豊かに実る良い村です」
「……何故、騎士になろうと思ったんだ」

 オレは少し黙ってから、口を開いた。

「子供の頃から憧れていたんです……将来はこの仕事に就こうって」

 するとルーク団長は少し悲しそうに目を細める。

「そうか……」

 ルーク団長は深く味わうように、ウイスキーを一口飲む。

「騎士になってみてどうだ」
「大変ですけど、遣り甲斐はあります!」

 ルーク団長が俯いて少し黙り込む。そして、顔を上げた。

「いつか戦場に立つのが恐ろしくはないか」

 とても強い瞳だった。オレは生唾を飲む。

「……怖い……と思う時もあります……けど…………オレには大事な家族がいます。故郷に一緒に育った友達がいます。それから……この騎士団で出会った多くの仲間がいます。オレは彼らを守りたいんです」

 オレは心からの言葉を言った。オレは、この世界に生まれて自分を育ててくれた両親が好きだった。兄妹も好きだ。故郷の友人達も好きだし、騎士団の仲間達も好きだ。そして、国民を大事に思うこの国が好きだった。だから、騎士になった。みんなを守る為に。

「そうか……」

 ルーク団長は静かに頷いた。

「頑張るんだぞ」

 ルーク団長がオレの手を強く握る。信頼と励ましを感じて、オレはなんだか感動してしまった。自分がルーク団長に、騎士として認められた気がしたのだ。 

 その後、しばらく黙って酒を飲む。ルーク団長は、遠くを見て何かを思い出しているようだった。

「あの……ルーク団長は、どうして騎士になったんですか……?」

 オレは、その沈黙を破りたくて声をかけた。

「……俺の父は騎士団長だったんだ」

 オレは頷く。

「……父は俺の誇りだった。忙しくて家に帰って来る事は殆どなかったが……それでも、国を守る騎士である父を心の底から尊敬していた」
「それじゃ、ルーク団長はお父さんに憧れて騎士になったんですね」
「あぁ、そうだ」
「夢が叶って良かったですね」

 しかしルーク団長は少し寂しそうな笑みを浮かべた。

「ジオ。おまえに聞いて欲しい事がある」

 



 部屋で誰かと酒を飲む事が無かったので、倉庫から机と椅子を持って来た。つまみにチーズとナッツを用意して、彼の来訪を待った。人が来るのを待つ時、こんな風に緊張するのは久しぶりだった。彼は酒の席でどんな話をするのだろうか。内密な、いろいろな話が聞けたら嬉しかった。年下の騎士相手にそんな事を思っている自分がおかしかった。

 ふと、酒を飲んで朱色に染まったジオの顔を思い浮かべる。想像するだけで、妙な胸の高鳴りを覚える。その気持ちを慌てて振り払った。

 シャワーを浴びて来たのか、ジオからはほんのりと石鹸の匂いがした。これは騎士団の共有石鹸の香りではない。おそらく個人で用意した物だろう。ほんのりと花の香りがして、良い匂いだった。身だしなみに対する細やかさに、胸がときめく。ジオを見ていると、自分の心が美しいモノに飢えていたのだと感じる。ジオに会う度に、彼から感じるに『美』に新鮮な喜びを感じた。

 小さなテーブルに座って、ジオと対面で見つめあう。まだ少し濡れた髪の向こうで、大きな瞳がうるんでいる。

(かわいい)

 男相手に『かわいい』と思った事は一度も無かった。けれど、ジオに対してだけは、何度も思う。

 ジオに悟られないように、彼の事を観察した。切り揃えたグレーの髪、コロコロと表情の変わる顔、大きな瞳、ほんのり色づいた丸い頬、潤った小さな唇。手の指は長く、ちょこんとのった爪もかわいらしかった。

 ワインやウイスキーを飲んでいると、ジオの頬が次第に赤くなっていく。彼がどのくらい酒を飲めるのか知らなかったが、赤くなるのが思ったより早かったので、少し焦った。
 無理をさせていないかと思って、彼の顔を覗き込む。

『ジオ、大丈夫か』
『だ、大丈夫ですよ!』

 大きな声で返事をするジオは、まだ意識はしっかりとあるようだった。それにしても彼の頬はなんと柔らかそうなのだろうか。触れてみたい衝動に駆られてしまい、それをぐっと抑えこんだ。今日の自分は、彼に妙な感想ばかり抱く。いつも酔わない酒に酔っているのだろうか。もしくは、酒を飲んだジオのとろけた様子にあてられてしまったのかもしれない。

 ジオに『いつか戦場に立つのが恐ろしくはないか』と尋ねた。戦場で、心の弱い人間は生き残れない。騎士は精神が強くなければ勤まらなかった。その心を支えるのは、胸に抱く『信念』の強さである。ジオは、悩みながらもその言葉を口にした。恐れを抱きながらも、恐れに立ち向かおうとする強い目だった。

(この男は強い……)

 戦場に立つジオの姿は容易く想像出来る。血にまみれた彼の姿は胸に痛かった。願う事ならば、彼をココに置いて行きたかった。もしくは、隣に置いて片時も離したく無かった。ルークは命を賭しても彼を守るだろう。

『ルーク団長は、どうして騎士になったんですか?』

 同じ質問をジオに尋ねられる。答えながら、ルークは父の姿を懐かしく思った。憧れた父。今、自分は父と同じ立場にいる。

『夢が叶って良かったですね』

 その言葉に、ルークは素直に頷けなかった。騎士になった事に後悔は無い。国を守る事に誇りを持っている。ただ、同じ騎士である目の前の男が死ぬのは恐ろしかった。


つづく

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

騎士団長に恋する僕は副団長に淫らな身体を弄ばれる【団長ルート 完結】【副団長ルート 完結】【団長&副団長ルート 完結】

紗綺
BL
騎士団の見習いとして働くアミルは超人のような強さの団長に憧れ混じりの恋をしている。 けれどある日の討伐任務後に副団長と関係を持ってしまい、その強引さからずるずると関係を続けていた。 そんなとき団長に副団長との行為を見られてしまって――……。 強引な手管で身体から陥落させられた主人公。 愛はないけど主人公をかまう副団長。 部下たちの関係を見てしまってから主人公が気になって仕方ない団長。 そんな三人の恋だったり恋未満だったりな恋愛模様です。 R18の話にはタイトルに★、それほどではないけれどそれらしい描写がある話には☆が付いています。 物語の開始時点で主人公は団長に恋をしていますが、結末は3つに分かれます。 1.団長と結ばれる 2.副団長と結ばれる 3.団長・副団長の両方と結ばれる ※共通ルートでの★マークは副団長との絡みのみです(団長に見られる描写はあり)。 ※副団長⇒主人公の関係は無理矢理から始まります。苦手な方はご注意ください。 ※※注意事項は増える可能性があります 【団長ルート完結】 【副団長ルート完結】 【団長&副団長ルート完結】 第10回BL小説大賞に参加してました。 応援してくださった方や読んでくださった方々ありがとうございます! 最後のルート完結しました! 副団長ルートでまだ書きたいところもあったんですがキリがいいので一度完結とさせていただきます。 いずれ番外編などでお届けできたらいいなと思っています。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

転生したらいつの間にかフェンリルになってた〜しかも美醜逆転だったみたいだけど俺には全く関係ない〜

春色悠
BL
 俺、人間だった筈だけなんだけどなぁ………。ルイスは自分の腹に顔を埋めて眠る主を見ながら考える。ルイスの種族は今、フェンリルであった。  人間として転生したはずが、いつの間にかフェンリルになってしまったルイス。  その後なんやかんやで、ラインハルトと呼ばれる人間に拾われ、暮らしていくうちにフェンリルも悪くないなと思い始めた。  そんな時、この世界の価値観と自分の価値観がズレている事に気づく。  最終的に人間に戻ります。同性婚や男性妊娠も出来る世界ですが、基本的にR展開は無い予定です。  美醜逆転+髪の毛と瞳の色で美醜が決まる世界です。

悪役令嬢の兄です、ヒロインはそちらです!こっちに来ないで下さい

たなぱ
BL
生前、社畜だったおれの部屋に入り浸り、男のおれに乙女ゲームの素晴らしさを延々と語り、仮眠をしたいおれに見せ続けてきた妹がいた 人間、毎日毎日見せられたら嫌でも内容もキャラクターも覚えるんだよ そう、例えば…今、おれの目の前にいる赤い髪の美少女…この子がこのゲームの悪役令嬢となる存在…その幼少期の姿だ そしておれは…文字としてチラッと出た悪役令嬢の行いの果に一家諸共断罪された兄 ナレーションに 『悪役令嬢の兄もまた死に絶えました』 その一言で説明を片付けられ、それしか登場しない存在…そんな悪役令嬢の兄に転生してしまったのだ 社畜に優しくない転生先でおれはどう生きていくのだろう 腹黒?攻略対象×悪役令嬢の兄 暫くはほのぼのします 最終的には固定カプになります

【完結】悪役に転生した俺、推しに愛を伝えたら(体を)溺愛されるようになりました。

桜野夢花
BL
主人公の青山朶(あおやまえだ)は就活に失敗しニート生活を送っていた。そんな中唯一の娯楽は3ヵ月前に購入したBL異世界ゲームをすること。何回プレイしても物語序盤に推しキャラ・レイが敵の悪役キャラソウルに殺される。なので、レイが生きている場面を何度も何度も腐るようにプレイしていた。突然の事故で死に至った俺は大好きなレイがいる異世界にソウルとして転生してしまう。ソウルになり決意したことは、レイが幸せになってほしいということだったが、物語が進むにつれ、優しい、天使みたいなレイが人の性器を足で弄ぶ高慢無垢な国王だということを知る。次第に、ソウルがレイを殺すように何者かに仕向けられていたことを知り、許せない朶はとある行動を起こしていく。 ※表紙絵はミカスケ様よりお借りしました。

【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺

福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。 目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。 でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい… ……あれ…? …やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ… 前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。 1万2000字前後です。 攻めのキャラがブレるし若干変態です。 無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形) おまけ完結済み

異世界転移したら何故か獣化してたし、俺を拾った貴族はめちゃくちゃ犬好きだった

綾里 ハスミ
BL
高校生の室谷 光彰(むろやみつあき)は、登校中に異世界転移されてしまった。転移した先で何故か光彰は獣化していた。化物扱いされ、死にかけていたところを貴族の男に拾われる。しかし、その男は重度の犬好きだった。(貴族×獣化主人公)モフモフ要素多め。 ☆……エッチ警報。背後注意。

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

処理中です...