聖女と奴隷

綾里 ハスミ

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 残念ながら昨晩は、携帯が繋がる場所を見つける事はできなかった。途中で疲れた私は、森の中で丸まって一晩を明かした。徹夜続きだったせいで、意識を失うように眠る事ができた。
 目を覚ますとすっかり日が上がっていて、森の中に小鳥達の軽やかな声が聞こえた。
「んーーーー……!!!」
 伸びをして、体を伸ばす。野宿だったので寝心地はよくなかったが、沢山寝たので気分が良い。このところ六時間も寝れていなかったので、頭がスッキリしている。
「よし、行こう」
 立ち上がって、森の中を歩く。携帯は相変わらず圏外で、着信も入っていない。
「気づいたら森の中にいたなんて怪奇現象よね……。もしくは、連日の残業で追い詰められた私が無意識に世を儚んでこんな場所に来てしまったのかしら……ははっ」
 無くもない予想に、私は力なく笑った。
「ん……?」
 木々の生い茂った場所から出ると、視界が開けた。そして遠くに、人の集落のようなモノが見えた。
「あっ! 建造物!!!」
 私は小躍りして、その集落に向けて歩いた。

 そして二時間かけて来た集落の近くで、私は立ち止まっていた。
「ん、んーーー?????」
 小さい集落だとは思ったが、それにしも牧歌的過ぎた。集落の周囲には畑が広がっていて、その中心にある集落には、レンガで詰まれた家があった。集落の外から中を伺うと、人が歩いている。歩いている人は背が高く、みんな顔の凹凸がハッキリした西洋風の顔立ちだった。ただ恰好は、どこかみすぼらしかった。なんと言うか、中世の農村のような雰囲気を感じる。
「こ、ここどこだ?」
 私はてっきり、世を儚んで、無意識に〇〇の樹海にでもやって来たのだと思っていたのだが、それにしてはこの村の雰囲気がおかしい。〇〇の樹海の傍に、こんな西洋風の村の観光地ないよね?
「あんた、旅の人かい」
 外人男性に声をかけられた。
「は、はい!!! そうです!!!」
「へー、変わった格好をしてるね。都市の方じゃ、そういう恰好が流行りなのかい?」
「え、えっと。そ、そうですね。最先端のおしゃれですよ!!」
 私は自分のオフィスカジュアルな恰好を指さした。
「はー、都市から来たんじゃ、こんな何も無い村、見るものが無いだろうねぇ」
「そ、そんな事、ないですよ。面白いです」
「ははっ、そうかい、そうかい。ウチの村は、シュヌが名産なんだ。食べていっておくれよ」
「は、はい……是非……」
 男は肩に桑を抱えて、去って行った。
「は、話し……できちゃった……」
 私は英語は出来ない。それなのに、あの外人さんと話が通じたのであった。しかし、明らかに相手が日本を話していないのがわかった。それなのに、私にはその【意味】がわかった。しかも、私の言葉も相手伝わった。今、明らかにおかしな事が起きていた。互いに言語を異なる者同士が、普通に問題無く会話出来ていた。
 村の入口辺りに刺さっている看板を私は見る。
「よ、読める……」
 不可解な記号にしか見えない文字の羅列を、私は読む事ができた。
『レネク村へようこそ!』
「は、ははっ……」
 私の身におよそ現実的で無い事がおきている。
(こ、これ、異世界転移って奴……)
 最近、アニメの新着配信に表示される事が増えた、異世界モノを私は思い浮かべた。
(い、いや、そんなバカな事あるわけないよね……!)
 しかし、そう思うしかない状況だった。
「う、うぅ……」
 携帯は相変わらず圏外である。私は情報を得る為に、村の中に入った。
 村の中に入ると、村人達の視線を感じたが、特に呼び止められる事も無かった。それもそのはずで、村の中にいる他の旅人達も、なかなか個性的な恰好をしていた。むしろ、私の恰好は地味なぐらいである。
 村の中を歩いていたら、大きな馬車が村の広場に停まっているのが目に入った。
(あ……)
 商人が、鎖に繋がれた人間を引っ張って客に見せている。
(奴隷だ……)
 直感的にそう思った。
 若い人もいれば、随分な年寄りもいる。彼らは一様に下を向いて、顔を伏せていた。
 私はその場所から逃げるようにして立ち去った。
(ごめんなさい……)
 今の自分に彼らをどうしてやる事もできなかった。

 私は心を決めて、道具屋の女主人に声をかけた。
「あの……」
「おぁ、なんだい」
 恰幅の良い女性が、笑顔を見せる。
「聞きたい事があるんですけど、良いですか?」
「いいよ?」
「ここ、どこですか?」
「はぁ? ここは、レネク村だよ。あんた、迷子かい?」
「あの、それじゃ、ここの国はどこですか?」
「ヘンリク国だよ。あんたどうしたんだい、頭でも打ったのかい?」
「いえ、頭は打ってないんですけど……あの、私、気づいたらココにいて……」
 すると女主人は、笑顔を消して突然、私の右手を握って袖を上げた。
「あぁ、なんだ。奴隷じゃなかったのか。あたしゃてっきり、奴隷が逃げて来たのかと思ったよ」
 彼女は手を離して、再び笑みを浮かべた。私は、自分の背中に嫌な汗がダラダラと流れるのを感じた。
「あんた出身は?」
「日本です……」
「聞いた事無い国だね……。うーん、私じゃ力になれそうにないね」
「そうですか……」
「けど、都市の大賢者様なら何か知ってるかもしれないよ」
「大賢者様……」
「この世のあらゆる事をご存じらしいよ。あんたの国の事も知っているかもしれないね」
(確かに、その人に会えたら、何かわかるかもしれない……)
「ところであんた、珍しい物を付けてるね?」
 彼女が指さしたのは、私の髪留めだった。珍しいと言っても、雑貨屋でセールの時に買った、プラスチックの髪留めである。
「綺麗な色だ。あんたの国の特産品かい?」
 女主人は物欲しそうな目をしている。
(そうか、ココじゃ、この安物の髪留めも珍しいんだ……)
 私は薄桃色の髪留めを外す。
「あの、コレ。買い取ってくれませんか」
「良いのかい……!」
「いくらで買い取りますか……?」
「うーん、本当に珍しい材質だね。何製だい?」
「プラスチックです」
「聞いた事ないね!」
「あまり丈夫ではないので、大事に扱ってくださいね」
 女主人は貴重品を触るように、髪留めを手に取る。
「思ったより軽いね! それになんて綺麗な模様だろう!!」
 女主人は髪留めが気に入ったらしい。
「金貨三枚でどうだい?」
 この世界の相場が、私にはわからない。
「そのぐらいですか……」
 私は髪留めを彼女の手から取ろうとする。
「金貨五枚!」
「それなら」
 安物の髪留めが、金貨五枚になった。

 金貨を財布に入れて、私は酒場に向かった。都市に行くなら、道中の安全の為に護衛を雇った方が良いと道具屋の女主人に言われたのだ。
 酒場の中には、柄の悪そうな男達が沢山いた。
(いや、人を見かけで判断するのはよくない。話したら、気の良い人達かもしれない)
 酒場の店主に声をかける。
「護衛を探しています」
「護衛依頼か。どこまでだい」
「都市までです」
「そんなら、金貨二十枚だね」
「えっ」
 思ったより高くて、私は固まった。
「お嬢ちゃん、ウチは相場より安いぐらいだよ。この程度も払えないなら、家出なんて止めてお家に帰りな」
(家出じゃありませんけどー!!!!)
 マスターはやれやれと言う顔で私を見て、後からやって来た客の相手をした。
 
 私は肩を落として酒場を出た。
(しまった……護衛料がこんなに高いなんて)
 しかし、命をかけて守って貰うのだから、相応の金額なのだろうか。それに、道具屋の女主人の話では、都市はけっこう遠いらしい。
「はぁ……いきなり、前途多難だよ……」
「お嬢さん」
「ひっ!」
 フードを被った小男が、私を見上げて来る。
「護衛をお探しですかな?」
 彼は見るからに怪しかった。
「良い護衛を紹介しますよ」
 私は後ずさる。
「あぁ、そう警戒なさらず。大丈夫ですよ、怪しいものではありませんから。ほら、広場の方に行きましょう。あそこなら、人の目も多いので安心でしょう?」
 男は歯の欠けた口でにんまりと笑う。    
(まぁ、広場なら……良いか……) 
 私は恐る恐る男の後を付いて行った。
「旦那様、お客様をお連れしました」
 男が連れて来たのは、広場に置かれたあの巨大な馬車の前だった。
(あ、ここは……!)
「あぁ、いらっしゃいませお客様!」
 恰幅の良い商人の男が両手を広げて、大げさに歓迎をする。
「奴隷をお探しですか? それなら是非、我が商会をご利用ください!」
「あの私……」
「どのような奴隷をご所望ですか?」
「お嬢様は、護衛を所望しておいでです」
「あぁ! でしたら! 特別向いた奴隷がおります!!」
 男が馬車の中に手を突っ込んで鎖を引っ張る。
「こちらの奴隷は、オルガ族の男でして、身体の頑丈さは折り紙付きでございます!」
 馬車の中から、大男がのっそりと現れて、私の前に膝まづいた。黒く焼けた肌、長く太い手足。しかし顔は、無造作に長く伸びた紫の髪によって隠されている。
「恐ろしい見た目でしょう。ですが、ご安心を!! この血の誓約書による、奴隷契約を結べば、けして奴隷は貴方に危害を加える事はございません!! 貴方を襲おうとした瞬間に、奴隷の首がねじれ飛ぶ事になります!」
 商人が恐ろしい事を言っている。
「あの、私、お金無いんで……」
「この奴隷が今ならなんと、金貨三枚でございますよ!!」
(うっ……)
 金貨三枚なら買える。さっきの護衛料を考えれば、人一人の値段として破格とすら思えた。
(けど奴隷を買うなんて……)
 私は奴隷の男を見た。
 本当に立派な体躯をしている。立ち上がって背筋を伸ばせば、百九十はあるだろか。彼は静かに……いや、いっそ無関心に商談を聞いていた。彼にとって、自分の売り買いの結果などどうでも良いのだろう。彼の太い腕には、手枷が付けられている。首にも鉄の首輪が付いている。短い服は破れ汚れている。肌の焼けた腕や足には、古傷となった傷跡がいくつも見える。
 私はそれらを見て、吐き気を覚えた。現代人として、生理的に受けつけない人権侵害を見てしまったからだ。
「さぁ! どうなさいますか!」
 商人が身動きする度に、鎖が鳴る。耳障りな音だ。
 私は無意識にバックから財布を取り出して、金貨を三枚手にしていた。それを小男の手の上に落とした。
「お買い上げ、まことにありがとうございます」
 商人の男は、にんまりと嫌な笑みを浮かべた。

 奴隷を買い取った後、すぐに誓約書を書かされた。自分の名前を書いて、血印を押した瞬間、誓約書が青い炎に包まれて燃えてしまった。
 すぐに持ち帰って良いという事だったので、私は彼を連れて歩いている。ちなみに、彼の腕と首の枷は外させている。奴隷に鎖を付けずに歩くのは非常識らしいが、私が嫌だったのだ。
 私は立ち止まり、振り返る。
 男は、私の三歩後ろを黙って付いて来ている。
「私は細野 彩と言います。貴方の名前は」
 彼は私の前で膝を付き、頭を下げた。
「………ヴィ、ヴィクトール……と申します……」
 それは酷く乾いた声だった。話し方を忘れたのか、もしくは叫び過ぎて声が枯れたのか。どちらにしろ、胸が締め付けられるような痛みを感じる声だった。
「ヴィクトール、これからよろしくお願いします」
「はい……主様」
 彼と共に、食堂に入った。共に食事をとろうとしたら、彼は食堂の端に行ってしまった。よく見れば、同じような見た目の者達がそこで食事をしている。端で、地面に置かれた皿から食事を手ですくって食べている。
「ご注文どうぞ!」
 にこやかに、ウエイターの娘が声をかけて来る。
「……あれは普通の事なのですか」
「え? あれって?」
 私は端を指さす。
「あぁ! ごめんなさいね。不快に思われましたか? ウチの食堂は狭いので、奴隷用の個室を準備できないんです! すいません!」
 彼女は見当違いの事に、申し訳なさそうに謝った。
「……」
 私は眩暈がするような気持ちで、食事を頼み、ヴィクトールにも同じモノを頼んだ。するとウエイターの娘が笑う。
「あぁ、大丈夫ですよ! 奴隷用の残飯をちゃんと用意しているので!」
 私は味のしない食事を食べた。
 遠目に見たヴィクトールは、淡々と食事を口に運んでるようだった。

 宿屋に行くと、ヴィクトールが立ち止まる。
「どうしたんです?」
「私は、あちらへ……」
 彼は丁寧に頭を下げて、宿屋の奥に入って行った。私は一間遅れて、彼の後を追いかけて付いて行くと、馬小屋の隣に小さなボロボロの小屋が建てられていた。そこに、奴隷達が横になっている。ヴィクトールも、藁の中に体を横たわらせた。私は、その光景を見ながら、頭がガンガンとした。
 宿屋に入って、奴隷を一緒に部屋に呼べないか聞いてみたが、断られてしまった。私は固いベッドに横になって、眠れない一夜を過ごした。


つづく

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