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そんなこと聞いてない

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「ユーファミア、ステファニーが亡くなって淋しくなったわね。私ではステファニーの代わりにはならないかもしれないけど、いずれはあなたの義母になるのだし、頼ってくれていいのよ」

 母が亡くなって初めての登城の日、王妃様は私の頭を撫でながらそう言ってくれた。

「ありがとうございます。まさかこんなに早く母が亡くなってしまうなんて思いもよりませんでした。王太子妃教育では、感情を出してはいけない、涙を見せてはいけないと教えられておりますが、いまだに涙が止まりません。殿下の婚約者失格ですね」

 涙が止まらない私を王妃様は抱きしめてくれた。

「いいのよ。ここは私達だけですもの。誰も咎めないわ。何があっても私はあなたの味方よ」

 母と王妃様は幼い頃からの親友だった。私が王太子殿下の婚約者に決まったのは王妃様の強い希望だった。

 王妃様は私のことをとても可愛がってくれていた。

「ユーファ、大丈夫?」

 婚約者のフランシス殿下は私の肩に優しく手を置いた。

「私もいるからね。母ばかりではなく私にも頼ってほしい」

「ありがとうございます」

「義姉上、私も微力ですが力になりますよ」

 フランシス殿下の弟のヒューバート殿下もそう言ってなぐさめてくれた。

 私は涙を拭いてふたりにお礼を言った。


 お兄様は友好国に留学していた。母が亡くなったとの知らせで戻ってきていたが、勉強が忙しく戻らなければならないそうだ。
 お兄様がいなくなるのは淋しいが仕方ない。

「ユーファの側にいたいが、戻らなければならない。手紙を書く。元気を出すんだよ」

「私は大丈夫です。お兄様もお身体に気をつけてくださいませ」

 お兄様は朝早く旅立った。


 お父様は仕事が忙しく同じ屋敷に住んでいながらなかなか顔を合わすことも無くなった。

「ユーファすまないな。ステファニーが亡くなったばかりで、もっとお前の側にいてやりたいが、なかなか時間がとれない。淋しい思いをさせてしまっているな」

「大丈夫ですわ、お父様。メアリーもロバートも側にいてくれます。セバスやイレーヌやみんなもいますもの」

お母様がいた頃もお父様はお仕事が忙しく、夕飯を共にできない日があったが、今はお母様が亡くなった淋しさを仕事で埋めようとしているかのようだ。

「お父様、でも、お身体には気をつけてくださいませね」

「ありがとう」

 お母様がいなくなったこの家はバラバラになってしまった。

「お嬢様、いつもお一人でお可哀想に思います。スタンレー坊ちゃまもそんなに急いで留学先に戻らなくてもよろしかったし、旦那様ももう少しお嬢様との時間をお持ちになってくださってもよろしいのに」

 侍女のメアリーは小さい頃からずっと私の側にいてくれている。

「私なら大丈夫よ。みんなそれぞれに忙しいのだから仕方ないわ。メアリーとロバートがいつも側にいてくれるから寂しくなんかないわ」

 ロバートは私の護衛騎士だ。
 本当にメアリーとロバートが側にいてくれるから淋しくはない。

 でもやっぱりちょっと、ちょっとだけ淋しい。

 それからも、毎日登城し、王太子妃教育を受け、王妃様やフランシス殿下とお茶をする日が続いていた。


 15歳になったある日、お父様が見知らぬ女性と女の子を連れてきた。

「ユーファ、今日からうちに来てもらうことになった。新しい母と妹だ。私が仕事ばかりでずっと淋しい思いをさせていたが、これでもう淋しくないだろう。年の近い妹もいるので話し相手になると思うぞ」

 新しい母と妹?

 私は驚きで思考が止まってしまった。

「ユーファ、挨拶をしなさい」

 お父様は私の肩に手を置いた。

「ユーファミア・リプルでございます」

「ユーファミア様、お初にお目にかかります。ライラと申します。こちらは娘のリネットです。よろしくお願いします」

「リネットはお前よりひとつ年下だ。年も近いからよい話し相手になるだろう。仲良くするようにな」

 お父様はそう言うと執務室に消えてしまった。

 ライラ様とリネット様はセバスに案内され与えられたらしい部屋に入った。

 新しい母と妹なんて聞いてない。お父様はまるで私のために再婚したように言った。私の為と言うならなぜ相談してくれなかったのか。

 私の母は亡くなったお母様だけだ。お兄様はこのことを知っているのだろうか?

 王妃様やフランシス殿下は?

 私だけが知らなかったのだろうか。

 王太子妃教育で感情を出さないことが身についた私の心の動きがわかったのはメアリーとロバートだけだったようだ。

 その日から継母のライラ様と義妹のリネットがこの屋敷に住むことになった。

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