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56 こだわりの場所から

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「尻……」

『しり!』

「尻……」

『もう何処でも良いわ!はよう、ひり出せ!』

 俺はなんとも複雑な気持ちになる。ディの望みは叶えてやりたい!だが、そのアホ可愛い最愛をケツからアレの如く出して良いものか……?
 その際に俺の尻は生き残れるのか?ご臨終を迎えてしまうのではないか?!

 それは困る!これから迎えるラブラブやり直し新婚ライフで尻が死んでいるのは非常によろしくない。
 そうでなくても体をトカゲが這い回ったここ10年、そっち方面はすべて断っていたのだ!この俺が!

『大丈夫だ。我らがトカゲの姿でいたのはこの時のためぞ?これ以上大きくなったら、腹を裂いて出てくるしかないわ』

 俺は少しほっとした。

「レイ…お前に感謝するのは初めてかもしれない」

『……色々分からんでもないが、酷いではないか?母上殿よ』


 
 その夜、フェルマーも泊まり込みディとレイの顕現に向けて準備を始めた。

「と、言えば聞こえは良いが、やる事は……」

「シュガー……やめましょう。考えると負けです」

 土壇場になって

『やっぱりおれ、しゅがーのなかにいたい。あったかくてきもちいいのすきー』

「ディ……ありがとう!」

『良いから早よう、出ろ。後ろがつかえておる!』

「ははは……」


 意外と苦もなく、俺は2匹のトカゲをぷりっとこの世界にひねり出した。

「しゅがーーさむいーだっこしてー」

「ディ!可愛い可愛い!たとえクソまみれだとしても、いくらでも抱っこするよ!おいで!!」

「クソなどついておらんわ!シュガーお主、何年まともな飯を食うてないか忘れておるじゃろ!フェルマー!我を抱っこじゃ、寒くて冬眠しそうじゃ!」

 手のひらサイズのトカゲ達は出てくるなり喋る喋る。

「お湯で体を洗った方が良いんじゃないか?」

「何せ尻だしねぇ」

「しゅがーのおしりのなかはーあったくてぴ「流石にやめろーー!」」

 俺の内部について、公表する必要はない!慌ててディをぬるま湯に浸けて優しく洗ってやる。
 きたねぇ色は取れる訳もないが、目を細めて気持ちよさそうに俺の腕にしがみついているトカゲは本当に可愛い。

「フェルマー、レイを任せて良いのか?」

「ええ、大丈夫ですよ。レイも喋る事が出来ますし、どうして欲しいかして欲しくないか、聞くことができますから。

 シュガー、ごゆっくり」

「あ、うん……」

 少し熱めの湯にするのじゃとレイが注文をつけている。はいはいとフェルマーは野菜を洗う桶にレイを入れて別の部屋に行ってしまった。
 この部屋にはおれとトカゲのディしかいなくなる。

「しゅがーー」

 間延びした声。俺の知っているディの声と似ているような似ていないような。初めて会った頃のディの声は……もう霞んで分からなくなっていた。もう20年近く前の事だもの。
 絶対に忘れないと強く誓ったのに、やはり忘れていた自分に腹が立つ。

「しゅがーーー」

 少し長めにディが俺の名前を呼ぶ。もう体の中には入ることが出来ないが、ここ最近そうしていたように左腕にくっついて目を閉じている。

 絵だったものが立体になったようだ。

「しゅーがーーー」

「なぁに?ディ」

 きゅるり、目が開いて俺を見つめる。

「だあーいすきー。こんどは、ずーーーっといっしょ、だよぉ」

「本当に?」

「ほんとだよー。おれねぇしゅがーのなかでねーしゅがーのたましいはんぶんかじっちゃったのーとってもおいしかったよー」

「え?魂食べたの?」

 食べられるんだ…知らなかった。

「そーなのーでね?たましいはんぶんだとしんじゃうでしょー?だからねーおれのたましいはんぶんこにしてがったい!」

 えっへん!トカゲは胸を逸らして誇らしげにぱかり、と口をあけた。

「そ、そうなの……か?それで、どうなったの?ディ」

「でねー、おれもがったい!でしょーだからねーおれとしゅがーのたましいは、はんぶんはんぶんなのーいいでしょーいっしょなんだー」

 ディの話は要領を得ない。確信する、我が夫はアホの子であると。最高かよ!

「一緒だね、一緒だとずっと一緒なの?」

「そうだよーだってはんぶんこだもん。かたっぽがしんだらりょうほうしぬよーもうひとりぽっちにしないから、なかないでね、しゅがー」

「…っ!」

 なかないで、ディが言う。

 しゅがーのなみだはしょっぱいなぁ

 薄汚いトカゲの頭の上にぽとんと落ちて水の冠が出来た。

はなみず、すすってあげよか?
汚いからやめて?

しゅがー、ぎゅーってして

ひんやりした体だが、とくとくと生きている鼓動が伝わる。

 もうちょっとおおきくなったらなでなでしてあげるね!
 ありがとう、とても楽しみだよ。

 こんどはでるんじゃなくてはいるねー
このクソトカゲ!もう少し感動させろや!おい!

 しゅがーおなかすいたーおっぱいちょーだーい
 マジかよ?!出るの?!

 でるよっていえばいいよってれいがいってたー。
 ははは!赤トカゲのアルコール漬けでも明日作ろうかな!

 用意してあった魔石をばくばくと飲み込んで、ディは俺の胸の上で丸くなった。

「あしたにはもーっとおおきくなるからねーきょうはねてもいい?」

「そうだな、俺も眠いよディ。おやすみなさい」

「おやすみ、しゅがー」

 ディは頭をスリスリとすり寄せてから静かになった。俺はこの可愛い旦那様を潰さないように、飽きることなく見続けていた。




  
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