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私がママよ

52 口の悪い店主

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「っかーーーーー……だりぃ」

 俺はカウンターで悪態をつきながら、だらりとした。今日も体が怠くてやる気が出ない。魔力過多だ、くそトカゲどもめ!ちょうど視界に入る右腕の上を赤い手のひらくらいの大きさのトカゲが、ちらりとこちらを見てから肩の方に向かって走り去った。
 なかなか逃げ足もすばしっこくなったものだ。

「ったく、お前らはいつまでそうしてるつもりだ!」

 視界には入らない2匹に向かって文句を言い、ため息をついたがどうすることもできない。ああ!ほんとにくそトカゲどもめ!
 背中から尻の方まで逃げて行ったトカゲどもにぶつぶつ言っていると、扉にぶら下げたベルがカランとなって来客を告げた。

「シュガー、いますか?」

「!フェルマー!久しぶり」

 俺はぱあっと明るい笑顔を旧知に向ける。

「はは、相変わらずの美青年ぶりですね」

「フェルマーは……なんていうかしぶくなったよ、うん」

 カウンターの前の椅子をすすめて、俺も元の椅子に腰を下ろす。

「ディと、レイは相変わらずですか?」

「ああ、この通りさ。魔力の食い残しも酷い」

 腕をめくれば、こちらも手のひらくらいの大きさになった汚い沼色のディが、びっくりした顔で俺を見上げている。

「ディ、フェルマーが来たぞ。挨拶くらいしろよ」

 俺の方をじっと見てから、向かいに座るフェルマーの方を向き、パカっと口を開く。多分これが笑顔。そのあとレイの尻尾を咥えて連れて戻って来て、2匹で並んでフェルマーの方を向いて口を開けている。

「お元気そうでなりよりですよ。その口に魔石でも入れて差し上げたいが……シュガー、無理そうですね」

「勘弁してくれ」

 俺はカウンターに突っ伏す。あいつら魔石を食っては魔力を吸収せず、俺の方に流すもんだから、俺は常に魔力過多で気分が悪い。つわりか!このやろう。

「……もう10年になりますか……」

「……おう。ホントに勘弁して欲しいんだが」

 俺たちがこの大陸に渡ってからもう10年経とうとしていた。最初は2人で躍起になって魔石を集めた。
 俺も厳しいフェルマー教官の元、剣をにぎり魔物を狩った。おかげで普通の冒険者並みにはなったが……ある日からトカゲ共は魔力を残すようになる。

 そこからトカゲの成長は止まった。せっかく小指から手のひらくらいになったのに。
 余った魔力は俺に溜まり、気持ちが悪い。

「なんだ、一体何が悪いんだ?」

「こんな事例聞いたこともありません」

 フェルマーと2人で大きな図書館に出かけたり、テイマー仲間から話しを聞いたりした結果。

「このクソトカゲ共は、俺の体から出たくないからわざと魔力を残していると?」

 こういう結論に至った。その時の2匹の顔を言葉で言い表すとこうだった。

「やべっ!バレた!!にげろーーー!」

 一目散に背中に逃げたトカゲどもを見て、俺とフェルマーはがっくり肩を落としたものだった。
 魔力過多で具合が悪い俺は小さな店を開き、冒険はフェルマーが1人で出かけることになった。
 そのうちフェルマーはパーティに入り、なかなか顔を出さなくなったが、月に何度かこうして様子を見に来てくれるし、魔石も持ってきてくれる。

「シュガーも一緒に行けたら良いのですけれどもね」

「そうだけど、無理だなぁ」

 怠くて怠くて一日中寝ていたいのだ。残すなら食うなよ!と言いたいが、食わないと大きくならないし、困ったものだ。

「シュガー、薬の材料です」

 フェルマーが冒険のかたわら、集めてくれた物をカウンターの上に置いてくれる。外に行くのも億劫な俺には大助かりだ。

「サンキュー、色々作れそうだ。支払いはポーションで良いのか?」

 フェルマーはお願いします、と言って回復ポーションのほかに解毒やらなにやらと色々注文を出してきた。
 ことりことりと確認しながら瓶を取り出して行く。

「それにしても、シュガー。初めて会った頃と見た目が変わりませんね。」

 私はこんなにおじさんになったのに、と10年分きっちり積み重なったフェルマーは笑って言った。俺も曖昧に笑って返すしかない。

「俺はなーんにもしてないんだけど、こいつらなんかやってる気がするんだよ……その為に魔力食い残してるんじゃないかって最近思い始めてる」

 まだフェルマーの方を向いて口を開けていたディと目が合う。また「やべっ!」と言いたそうな顔をして走って逃げる。
 その前にレイの姿は消えている。俺は気がついているぞ、ディ……お前、要領悪いだろ、可愛い。
 しかし、トカゲどもは絶対何か企んでる……。そのせいで俺は老化をしていない、もしくはかなりゆっくりだ。だから10年経っても見た目があまり変わらない。
 
「勝手に宿って、勝手に変化させられているんでしょうね。相手が龍では私では手の出しようもありません……力になれなくてすみません」

「フェルマーは真面目だな。大丈夫だよ、こいつらは意外と俺に気を遣っているみたいだから、酷い事にはならないさ……でもこの魔力過多は気持ち悪いんだよなぁ~」 

 胃の辺りがムカムカして、常にお腹がいっぱいな感じがする。そして怠くて寝ていたい!

「シュガーを見込んだディやレンの目は確かですね。普通そんな状態は耐え切れませんよ」

「んー…褒めたってなんも出ないぜー」

 1人ならもう嫌だ!とトカゲどもを放り投げていたかもしれないが、フェルマーも助けてくれたしな。フェルマーには幸せになってもらいたい。嫁はまだか?

「あと魔石です。大きなものは後から持ってきます。冒険者ギルドにもいくつも入荷してましたよ」

「お、ありがとう。だるいがギルドにそろそろ行かねえとな」

「シュガーの無限魔石買取でこの国は本当に大きくなりましたね」

「国がでかくなったのは俺のせいじゃねーって!」

 フェルマーは全く何を言ってるんだか。確かに大きな物から小さな物まで、全て買い取っているのは俺だ、俺たちだ!
 今でも買っている、何せトカゲどもが本気を出したらどれくらい食うか分からないし、俺はほぼ無限に入るアイテムボックスを持っているから、いくらでも貯めておける。

「この国の冒険者はどんな小さな魔石も割高で買い取ってくれるシュガーがいるから、儲かるんですよ。儲かるから、人が集まる。人が集まるから街が大きくなる。街が大きくなるから、国が潤う……ここにさえいれば、冒険者が食いっぱぐれることがないんですから」


 ちょっと街の外の草原でホーンラビットの2.3匹も狩れば夕食付きの宿屋に泊まれる金が手に入るなんて破格もいい所だ。
 ついでに言うと各種薬草の買取額も他の国に比べて高値だ。貧民街の汚い子供がちぎってきた低品質の草でも何でも買い取ってしまうので、ここ数年で貧民街はほぼ無くなってしまっている。

 それをシュガーは知らない。


「フェルマーは冒険に出て街にいねーから、分かんないだけだよ、んな訳ない。どこにでも貧乏人はいるし、きたねーガキは溢れてるもんさ。この辺だって貧民街の端っこだけど、壊れかけのきたねー街並みだろ」

「……そう、ですかね……?シュガー、前に外に出たのはいつですか?」

「え?えーと……この前、フェルマーが来た時より前の……2か月くらい前?」

 はて?俺は首を傾げる。だるいし眠いしで外に出たくないんだよなー。ちなみに風呂は毎日入ってる!この店兼住宅を手に入れた時、風呂はつけたんだ。高かったが、風呂なしは考えられない。

「シュガー……食事はどうしているんですか?」

「ん……前にも言ったけど、食いたくねぇんだよ……食うと吐きそうになる。気持ち悪い。ちょっとなら食えるけどなぁ」

「……そ、そうですか」

 

 フェルマーは口には出さずに、そっと目を閉じた。シュガーは悪い事は今は何もしていない。
 ただ、色々なものを少し高値で買い取って加工して売っているだけだ。

 カランとドアベルがなり、子供が3人駆け込んできた。

「おーい、サボりシュガー。これ買え!」

「うるせーガキどもめ!そろそろ薬草じゃなくて、ウサギやらカエルやら狩ってこいや、根性ナシ」

「う、うるせぇやい!い、今から行くんだよ!」

「そ、そうだぞ!俺たちは今日で動かねえ薬草なんか止めるんだ!」

「そうだぞ!薬草なんて俺らよりチビか女の仕事だからな!」

 雄ガキ3人セットは、言葉尻を濁しながら食ってかかる。それでも大量に取ってきた薬草をカウンターの上においた。

「ふむ、悪くないな。買い取ってやるから感謝しろよ」

 ことさら偉そうに言えば、子供の頭で考えうる限りの文句を垂れるがそこら辺はまだまだ子供だ。
 俺はフェルマーの方を向いて、目配せをする。フェルマーも笑って頷いてくれた。何も無理にガキどもに怪我をさせたい訳じゃねーし。

「おら、薬草の代金だ。これからもしっかり俺のために稼げよ」

 短剣を3つ並べてやる。子供でも使いやすい大きさだし、丈夫だし、トマポの皮もきれいに切れる。

「「「やったー!卒業の短剣だ!」」」

「は?なにそれ」



 シュガーは知らない。シュガーは貧民街の子供達に薬草摘みを依頼している。小さい子供、力の弱い子供、女の子、病気の子、誰でもだ。
 そして体力と経験がつき、モンスターを狩れるようになったと判断した時、必ず1人に1つ短剣を渡している。
 
「丸腰でどーやって戦うんだよ、馬鹿じゃねーの?」
 
 これはシュガーの言い分だがこの世界、そこらへんに落ちている木の棒で命をかけてホーンラビットを狩り、大怪我をして死んでしまう駆け出しの冒険者や無謀な人間はごまんといる。
 自分の目の届かない、知らないやつらのことは知ったことではないが、何年も顔を合わせたガキ共が下らない事で死んで行くのは、気分の良い事ではない。

「せっかく、薬草摘みが一人前になったのに、他のチビ共に教える前に死んだら勿体ないだろーがよぉー!」

 がなりつけるが、薬草より魔石を狩った方が金になるのは誰もが知っているし、魔物を狩れない、狩りたくない奴もいる。
 そう言う奴に任せるのも悪くない。何でも良いんだよ!モノさえ持ってこればな!
 シュガーはそう言うだろう。あれは一種の照れ隠しなのかもしれない。


「おら、クソガキども!喜べ!あの有名なS級冒険者のフェルマー様がお前たちにウサギ狩りを教えてくださるとよ!」

「えっ!あの【ドラゴンマスター】フェルマー?!」

「【救国の竜使い】?!」

 子供達の目にやっとフェルマーが映ったようだ。
 すぐ近くに腰を下ろしていたフェルマーに子供達はキラキラとした目を向けた。

「本物なのか?!【毒竜王ヴェノの逆鱗盾】見せてよ!」

「俺は【赤竜王マガートの舌鞭】が見たい!」

 フェルマーは苦笑し、シュガーはニヤニヤ笑う。ディとレイは蛇が自分の抜け殻にあまり興味がないのと一緒で、昔の自分の体の一部がどう加工されようとあまり気にしていないようだ。

「おらおら!さっさと狩りに行け!フェルマー頼んだぞ。俺は疲れた、寝る!」

「シュガーのなまけものー」

「尻から根っこが生えちまえ!」

「やーいやーい」

「黙れ!クソガキ!短剣忘れてんぞ!ウサギだからって馬鹿にしてると死ぬんだからな!怪我したらクソ不味くて高い薬飲ませてやるから覚悟しとけ!」

 本当にシュガーは優しい。フェルマーは子供3人を連れて店を出た。武器から、ポーションまで用意して送り出してくれる他人がどこにいると言うのだろう。
 店を出ると、かなり整備された街並みが目に入る。元は貧民街だったこの場所は今はもう吐き溜めみたいな場所では無くなっている。
 物乞いをする子供もほとんどいない。そんな事をするより、街の外で薬草を摘んだ方がよっぽど金が手に入る。
 仕事もなく、ウロウロする大人も居ない。ウサギだろうが、カエルだろうが狩って魔石を売れば飯も、酒も寝床も手に入る。
 日向ぼっこをする老人も庭の鉢植えに薬草を植えて、時たま口汚いいつまでも美青年の店に持っていけば買い取ってくれるし

「これでも貼っとけ!クソばばぁ!あとしわくちゃの顔をみせんじゃねーよ!」

 と、腰に貼る湿布薬やら、顔のシワ取りクリームやらを投げつけてくる。

「効いたかどうか、ちゃんとたまに見せにこねーと殺すぞ!ばばぁ!」

 なんて可愛い事を言ってくる。

 そして

 フェルマー達と入れ替わりに、無理矢理中流風の服装に身を包んだ上流階級の男が店に駆け込んで行った。
 シュガーは気付いていなかったが、フェルマー達が出てくるのを今か今かと外で待ち構えていたのだ。

「シュガー!まだ寝ないでくれー!毛生え薬と……」
 
「ぶはーーーっだっせぇ!おっさん!何、毒盛られてんだよ!しかも月光月夜茸の単品毒!何であんな苦いもの食えるんだよ!ばっかじゃねーの?!」

「しょうがないじゃろ……気づかんかったんじゃもん」

「あと、ハゲ進んでるじゃん!ダセーだせーー!もうこの国で取れたもん以外食うなよ?全方向からハゲ化が押し寄せてるわ!」

「ぎゃーーーー!」

 フェルマーは何も見なかった、何も聞かなかった事にした。今、シュガーから散々ダセーとかハゲとか言われている紳士は、救国の士としてパーティーで王城に呼ばれた時に一度だけ、その玉座に座っていた男と同じ顔形だったとしても。
 何も、なーーんにも見なかったとこにした。




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