上 下
50 / 71
魔のモノ

50 サーたんとヨっちゃん

しおりを挟む
「ヨっちゃん、サーたんとこに行こう?」

「……はい」

 俺はサーたんに手を引かれて、元マロードの王宮を後にした。無価値な俺はいつ殺されてもおかしくない。
 もう色々と諦めた。

 サーたんの家は王都から南にかなり行った所のお屋敷だ。ここの領主は誰だったか分からないけれども、マロードの貴族の誰かだったはずだ。 
 かなり大きな屋敷なので、えらい人だったかもしれない。

「ヨっちゃん、ご飯食べた?人間はご飯食べないと死んじゃうんだよ?」

 俺は首を振る。

「お腹が空いてないんです。だから食べられないの」

「もう3日も食べてないって聞いてるよ?ヨっちゃん」

「でも、本当にお腹が空いてないの」

 サーたんは可愛いお顔を心配そうに歪めた。

「ヨっちゃん、先に言っておくけど、ヨっちゃんのお腹にはサーたんが描いた紋章があるよ。ヨっちゃんが倒れたらサーたんはそれを使って強制的にエサを取らすからね?分かる?ヨっちゃん。サキュバス族のエサは人間の精気だからね?変な物お腹に入れられたーって言わないでね!」

「……はい、分かりました。サーたん」

 サーたんはもっと泣きそうな顔になってしまった。ごめんなさい、サーたんを悲しくさせたい訳じゃないの……。

「……ごめんね、ヨっちゃん。お家には帰して上げられない。魔王様が駄目って、私達はどうしても魔王様に勝てないから、魔王様に従わないとならないの……ごめんね、連れてきてごめんね」

 俺は首を振る。サーたんはサーたんの思う事をしたんだから、しょうがない。

「大丈夫、謝らせてごめんなさい。あと玉が出なくてごめんなさい……サーたんのお役に立てなくてごめんなさい」

「ヨっちゃん……」

 サーたんは部屋を出て行った。きれいな部屋だと思う。広くて壁紙もきれい。元々は客間だったのか?俺には居心地が悪いが。

「ヨっちゃん、人間はあったかいミルクを飲むんでしょ?持って来させたの……ヨっちゃん?ヨっちゃん?……ここに居たの?」

 クローゼットの扉が動いてサーたんがクローゼットの隅にいる俺を見つける。

「サーたん、ここに居ていい?」

 クローゼットの中は空っぽだったが、これくらい狭い方が落ち着く気がする。

「良いよ、ヨっちゃん。ミルクは飲める?」

「ありがとうサーたん。頑張るね」





「玉は出ないか?」

「無理でしょうね。人間の8歳は子供です。まだ母親と手を繋いで歩いている、そう言う所です。しかもあの子はかなり大切にされて来ているみたいですから」

「年齢の少し成長させたせいか?」

「心理的なものでしょう。何か言いました?」

 サーたんことサリシュエルは深々と頭を下げながら、魔王にひざまづいていた。

「……言ったかもしれん」

「自分が一生親元に帰ることが出来ない事を自覚してしまったんでしょうね」

 そうか。つまらなさそうに、魔王はため息をついた。ヨシュアの玉はデタラメだ。味方に居れば心強いが、敵に居れば厄介過ぎる。
 そんなものを作り出す存在をみすみす逃す訳がない。

「どうします?殺しますか?」

 玉が出ないヨシュアに価値は無い。

「もう少し研究したい。なんとか玉が出るようにならないか?」

「頭をいじって従順にしても、玉は出ない気がするのです。あの子が自分から何とかしたいと思わぬ限り、永遠に失われたままかもしれません」

「ふむ……人間は面倒くさいな。やはり殺すか」 

「要らないなら下賜して下さいませ。あの子、見た目も可愛いので、隣に置いておきます。もう少し大きくしたら、もっと好みになりそうです」

 魔族らしく婉然と笑うサリシュエルに、ふむと魔王は顎を撫でた。

「お前の好みとは違うだろう?」

「嫌ですわ、陛下。私だって宝飾品は食べませんよ?」
 
 そうか、飾りだったな。

「隣に置いておくだけでも、まあ良いかもしれんな」




 クローゼットにサーたんが入って来て隣に座った。

「魔王様にヨっちゃんをサーたんに下さいって言ってみたけど駄目だった。でもしばらくはサーたんがヨっちゃんの側にいるね。ミルクは飲んだ?」

「うん、ありがとうございます。飲んだよサーたん」

「そう」

 嘘だ。ほとんど手付かずを下げたと使用人から聞いている。
 小さく小さく丸まっているヨシュアはとても小さい。せめてもとクローゼットの中に運び込んだ毛布に包まって、必死で自分の存在を消そうとしている。

 そろそろ限界のはず

 そっと伺い見れば、目に生気はなく、肌はカサカサ。唇はひび割れている。子供らしくぷっくりとしたほっぺたはこけて色も白い。

「駄目ね、ヨっちゃん。限界だわ」 

 サリシュエルがヨシュアの目の前で少し指を振ると、かくんとヨシュアは眠ってしまう。

「いくら子供でももう少し抵抗できるのよ、ヨっちゃん。……軽いわ……」

 そっと抱き上げると、10歳にしても8歳にしても軽すぎる体。壊さないようにそっとベッドの上に横たえる。

「ぺったんこでガリガリじゃない。こんなの可愛くないわよ、ヨっちゃん!可愛い私好みのヨっちゃんに戻して上げるから、少し我慢してね」

 服をめくって下腹部を出すと、サキュバス族が使う紋章がふんわり光を放っている。

「コレがあれば人間でも魅了のスキルが自動的につくはずなんだけどなぁ。ヨっちゃん、つるっつるなんだっけ。不思議」

 サリシュエルは両手を紋に添える。

「サリシュエルさん自ら精気を注いじゃうなんて、すごい事なのよ?ヨっちゃん!早く元気になってね。そしておでこのニキビ跡、消してちょうだいね!」

 前髪に隠れているが、かなり大きな跡がくっきり残っている。

「ヨっちゃんに治して貰おうと油断しすぎたのよねー悲しいわ!くすん!頼むわよーーー!ヨっちゃん!」

 人間が壊れない程度に調整しながら、サリシュエルは力を注ぐ。

「んー、んんんーー?うーん?もう少し……おお!いい感じ!ヨっちゃん!可愛いわ!……あら?何か??あれれれれ……うん!コレでよし!明日の朝には目を覚ますかな!」

 一仕事終えたサリシュエルは

「あーー頑張った!頑張ったら小腹が空いたわね。ちょっと何か摘んでこよーっと」

 るんるんと鼻歌を歌いながら、飼っている美形男子の元に向かって行った。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

ヒロインだと言われましたが、人違いです!

みおな
恋愛
 目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。  って、ベタすぎなので勘弁してください。  しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。  私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。

【完結】何度時(とき)が戻っても、私を殺し続けた家族へ贈る言葉「みんな死んでください」

リオール
恋愛
「リリア、お前は要らない子だ」 「リリア、可愛いミリスの為に死んでくれ」 「リリア、お前が死んでも誰も悲しまないさ」  リリア  リリア  リリア  何度も名前を呼ばれた。  何度呼ばれても、けして目が合うことは無かった。  何度話しかけられても、彼らが見つめる視線の先はただ一人。  血の繋がらない、義理の妹ミリス。  父も母も兄も弟も。  誰も彼もが彼女を愛した。  実の娘である、妹である私ではなく。  真っ赤な他人のミリスを。  そして私は彼女の身代わりに死ぬのだ。  何度も何度も何度だって。苦しめられて殺されて。  そして、何度死んでも過去に戻る。繰り返される苦しみ、死の恐怖。私はけしてそこから逃れられない。  だけど、もういい、と思うの。  どうせ繰り返すならば、同じように生きなくて良いと思うの。  どうして貴方達だけ好き勝手生きてるの? どうして幸せになることが許されるの?  そんなこと、許さない。私が許さない。  もう何度目か数える事もしなかった時間の戻りを経て──私はようやく家族に告げる事が出来た。  最初で最後の贈り物。私から贈る、大切な言葉。 「お父様、お母様、兄弟にミリス」  みんなみんな 「死んでください」  どうぞ受け取ってくださいませ。 ※ダークシリアス基本に途中明るかったりもします ※他サイトにも掲載してます

燦燦さんぽ日和

加藤泰幸
ファンタジー
最終話/卵の中身 < さて、今日はどんな『良い事』があるんだろう? > 強面だけど気の利く板前のヒロ、愛嬌はあるけどドジな仲居の狐亜人センダン。 異世界の古民宿で働く二人の日常は、とっても穏やか。 古民宿の閑古鳥っぷりを嘆いたり、皆で精霊の歌を歌い踊ったり。 友達の書店を手伝いに行ったり、居酒屋で大騒ぎしたり。 たまには剣術の試合を観に行くなんてのも、どうだろう? 大事件はなくとも、良き人々と共に過ごす燦燦とした日々なら、大盛り山盛りてんこ盛り。 あなたも、異世界の日常を散歩してみませんか?  ◇ 一話(前後編込み)辺り一万文字前後で、20分程で読めると思います。 基本一話で一区切りですので、腰を据えずとも、興味の湧いた所からサクッとどうぞ! 作品は完結済です。最後までお付き合い下さりありがとうございました! せっかく作ったお話ですので、今後も、何か別の形で生かせないかと模索してまいります。 ※本作は小説家になろう!様、アルカディア様、ハーメルン様でも投稿しています。 ※改行を多用していますので「妙な所で途切れる」と思った時には、文字サイズを小にすると読みやすいかと思います。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

あらゆる属性の精霊と契約できない無能だからと追放された精霊術師、実は最高の無の精霊と契約できたので無双します

名無し
ファンタジー
 レオンは自分が精霊術師であるにもかかわらず、どんな精霊とも仮契約すらできないことに負い目を感じていた。その代わりとして、所属しているS級パーティーに対して奴隷のように尽くしてきたが、ある日リーダーから無能は雑用係でも必要ないと追放を言い渡されてしまう。  彼は仕事を探すべく訪れたギルドで、冒険者同士の喧嘩を仲裁しようとして暴行されるも、全然痛みがなかったことに違和感を覚える。

本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~

日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。 そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。 ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。 身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。 様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。 何があっても関係ありません! 私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます! 『本物の恋、見つけました』の続編です。 二章から読んでも楽しめるようになっています。

義妹ばかりを溺愛して何もかも奪ったので縁を切らせていただきます。今さら寄生なんて許しません!

ユウ
恋愛
10歳の頃から伯爵家の嫁になるべく厳しい花嫁修業を受け。 貴族院を卒業して伯爵夫人になるべく努力をしていたアリアだったが事あるごと実娘と比べられて来た。 実の娘に勝る者はないと、嫌味を言われ。 嫁でありながら使用人のような扱いに苦しみながらも嫁として口答えをすることなく耐えて来たが限界を感じていた最中、義妹が出戻って来た。 そして告げられたのは。 「娘が帰って来るからでていってくれないかしら」 理不尽な言葉を告げられ精神的なショックを受けながらも泣く泣く家を出ることになった。 …はずだったが。 「やった!自由だ!」 夫や舅は申し訳ない顔をしていたけど、正直我儘放題の姑に我儘で自分を見下してくる義妹と縁を切りたかったので同居解消を喜んでいた。 これで解放されると心の中で両手を上げて喜んだのだが… これまで尽くして来た嫁を放り出した姑を世間は良しとせず。 生活費の負担をしていたのは息子夫婦で使用人を雇う事もできず生活が困窮するのだった。 縁を切ったはずが… 「生活費を負担してちょうだい」 「可愛い妹の為でしょ?」 手のひらを返すのだった。

処理中です...