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魔のモノ

47 俺が勇者だ!

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「ジュリー……ジュリアス、なにしてんスか?」

 俺はヒョコヒョコと少し離れた場所から小洒落たベンチに座り、翡翠池をみているジュリアスに声をかけた。
 池の周りには人が居て祈りの場の準備を進めている。
 ジュリアスはふ、と小さく笑うと立ち上がり俺を抱っこしてベンチに戻る。膝の上に俺を乗せた。

「歩いて大丈夫なのか?」

「うん。神獣は治りが早いし、アリィさんが生尾羽をむしってくれたから」

 ぴょっ?!とか言いながら、アリィさんは抜ける予定のない尾羽をむしって、俺の首輪に刺してくれた。
 ひよひよと揺れる豪華な羽は回復力が上がる凄い力を持っている。

そうか。ジュリアスの目は遠い。

「望んではいけないんだ」

「……」

 俺には分かる。ルーフェルト、ジュリアスの死んだ兄ちゃんで俺の頭の中に住んでいる人の記憶がささやく。

「俺が望めば死んでしまう。生きてるのはレギルとダリウスくらいだ」

「死んでないし」

「……そうだな」

 あまり幸福でない人生をジュリアスは生きてきた。ジュリアスの両親は普通程度の皇帝だったと言える。しかし、一番上の兄が狂った。

「お兄様が次期皇帝です」

 そう思っていたのに、兄は祖父、両親、次兄のルーフェルトを殺し、騎士団に深傷を負わされて何処かへ姿を消した。

「ジュリアス……!必ずお前も殺すっ……!」

 血走った目が永遠に忘れなれない。それでも時が傷を慰めてくれて、偶然出会ったヨシュアがその長年の傷を癒してくれた。
 あの血走った目が闇の中で閉じた時、世界は輝き、中心にあの子がいた。

「目が、俺を見張ってたんだ。早く死ねって」

「難儀ッスね。見張る方もずーっとジュリー見てて飽きないンスかね?」

 さあ?昔は割と仲が良かったはずなんだけどな。

「結婚の約束をしていて、花嫁に逃げられた男をみるのは楽しいかもしれないなぁ」

「しかもお嫁さんはイヤイヤ嫁いでくる途中だったッスからねぇ~ジュリー、悪役みたいッスね!」

「帝国の皇帝なんて、大抵悪役だろ?」

「違いねぇッス!」

 シシシシッ!俺は笑う。ジュリアスも笑った。俺の中のじっちゃんがささやく。とーちゃんもだ。どうやら皇帝にのみ伝わる何かがあるらしい。かーちゃんとルーにーちゃんは知らない何が。

「ジュリー、「王の鍵」は持ってるッスね?」

「ああ、ここに」

 首から細い鎖でぶら下げている。金装の洒落た鍵が見えた。

「特別図書館にはまだ本が眠ってるって、じーちゃんが言ってるッス」




「「始めよう、勇者!~悪を倒して姫と結婚する108の方法~」」

「「うわぁ酷い」」


 それでも俺たちはその本を持って外に出た。

「予想以上だったッス」

「お爺さまはなんとおっしゃられた?」

「倒れてるッス。しばらくそっとしておいてあげて欲しいッス」

 代々、皇帝にのみ口伝で伝えられている伝説の兵法書がコレでは倒れて動かなくなるのはしょうがないこと。
 じーちゃんもとーちゃんも次代に伝える事が出来ずに死んじゃったから、だいぶ気にしていたようだけど、これなら忘れ去られても大丈夫じゃねーか?

「まあ読んでみよう。第一章、血脈を手に入れよう……この本書いた奴、大丈夫なのか?」

「駄目かもしれねぇッスね」

「……資格があれば、光ります。本の手形の所に右手を重ねてみましょうだって……光ったわ。俺、勇者になる」

「ジュリーも大概っすね。その本、確実にあんたのご先祖さんが書いてるッスね」

「ヨシュアと結婚出来そうなら、俺頑張る」

「死んじゃうどうした?」

「悪の皇帝だから駄目なんだよ!勇者ならイケる!」

「驚くほど前向き理論」

 ジュリアスはふんふんと言いながら本を読み始めた。何にせよジュリアスが元気になって良かった。元気がないとヨシュアが心配するから。

「おい、レン。余ってる神獣いないか?第10章に神獣を捕まえようがあるんだ」

「無理ッスねー。今の俺じゃ神獣界に繋げる力が出せないッス。ヨシュアもいないし……」

「じゃ、お前でいいや。契約の方法はー」

 げっ?!何考えてるッスか!俺はもうヨシュアと契約済みッスよ!

「二重契約は出来ねぇッスよ!無茶言うなッス!」

「出来ないって書いてねぇからやってみようぜ。このマルに手を乗せて……えーっと?」

 怪我のせいで力が出ねぇ!ジュリアス意外と力強い!

「やめろ!止めるッスーーーー!」

「「そこを何とかしてくださいよー神様お願いしまーす」すげー呪文だな?おっ?」

「嘘ッスーーー!神様!聞き届けないで欲しいッスーーーー?!」

 本!光るんじゃないー!こら!待てーーー!

「いけるもんだな!」

「ど、どうなってるんだぁ……?」

 確かに契約している。うーん、ヨシュアとの方が契約と言うより服従とかそんなんだから、そこで使わなかった分をこっちにまわした?
 しかもこの勇者契約ってずいぶんユルいし、適当だし……あ、期間限定契約だ。だからいけたのか??

「次はー神獣と仲良くなろう。もう仲良しだから大丈夫だな!剣聖に弟子入りしよう?もうジュールの弟子みたいなもんだろ。次々!仲間を見つけよう。剣聖、聖女、賢者……うんセーブル家の子供達連れてきゃ良いな。順調順調」

 ジュリアスは藁にもすがる勢いなんだろうが、そんな怪しい本にすがらなくても良いんじゃないか…?

「ん?待つッスよ。俺とジュリーが契約したって事は俺もジュリーから力を引っ張れるッスね?」

 契約は意外と一方通行じゃない。神獣から力を貸す事もあるが、逆に借りる事も出来る。だから、今回の「神聖水」を作る祈りでは神獣が契約者から力を吸い取って神獣自身が祈ることで、力を底上げするのだ。

「ジュリー、ちょっと貰うッスよー」

「ん?うおっ!」

 30章の勇者の必殺技の練習をしていたジュリアスに一応声をかける。かくん、膝が折れてジュリアスが転びかけた。うん、悪くねーッス。

「これで怪我が治ったッス!ヨシュアがいなくて力が足りなかったンスよねー助かった助かった」

「お、おう!なんか力が抜けたぞ?」 

「だから貰うって言ったッスよー!さ、ジュリーも祈りに行くッスよ」



「ひぇ…」

 ぱたり、カレル兄ちゃんが倒れた。

「う、うーん」

 ぱたり、アナベル兄ちゃんもダウン。

「ぐっ……!ヨ、ヨシュアぁ!」

 ばたん、ジュリアスも寝た。

「な、なんと言う……!」

がくり、ジュールが膝をつき

「い、祈りとはこんなに大変な事なのか……女性とは……なんと言う胆力の持ち主なのか……!」

 ばたり、倒れて運ばれて行く。

 その中のほぼ中心でデイジーとルルカ、そしてマリーはずっと祈り続けている。3人を囲んで6匹の神獣が祈っている。

「その4人、目が覚めたらまた連れてきて欲しいッス。絞り取るんで」

 レンは容赦無い。

「し、絞り取るんですか……?猫殿」

 帝国の医者が恐る恐る聞いてくる。

「当たり前ッスよーー!あの真ん中、聖女2人とおかーちゃんがいる所なんてこんなもんじゃねーンスよ!皆んなが頑張ってるのにとーちゃんやジュリーが休んでたらカッコつかねーッス。死なねーから安心するッス!」



『ーーーマグノリア、私の愛しい子ーーー』

「主よ」

 すっかり廃れた小さな教会で、マグノリアはひざまづいていた。アマリスに連れられ旅をするうちに、すっかり健康になったマグノリアは呼ばれた。

「アマリス様、1日で良いので私に時間を下さい」

「マグノリア?」

「あの神殿を逃げ出す時に、助けてくれた人がいます。そのご恩を返す時が来たのです」

 ぎゅっと手を握り、あまり自己主張しないマグノリアの立っての願い。アマリスは許した。

「では一日休憩日にしましょう。その間に済みそうですか?」

「はい!ありがとうございます!」

 実際、予定外のマグノリアが付いてきた事はアマリスには大きな利点になった。
 マグノリアは本物の聖女であり、「結界の聖女」であった。襲って来る魔物の全てを彼女の力は防いでしまう。
 おかげでアマリスの部隊はほぼ無傷で進んでいる。そんな彼女の願いを無碍にはできない。

 マグノリアは導かれた教会で祈った。

「あの方達の力になれますように」


 祈り続けた9日目

「マリー?!」

「おかーちゃん!早く休ませて欲しいッス!聖女でもないのに、無理しすぎッスよ!」

「ヨシュア…ヨシュアの力に……」

 少しづつ休憩を挟んでいるものの、マリーはとうに限界を超えている。

「アリィさん、おかーちゃんが……」

「駄目よ!アリィ!!アリィは祈りを……」

「……我はマリーの願いを叶える」

「ありがとう……」

 マリーは医師団に運ばれて行く。

「マリー……!マリーの抜けた穴は我々で埋めるぞ!シュレイ!」

「ほう!良い覚悟だ!ジュール」

「耐えろよ!アナベル」

「カレル、寝るなよ?」

「ジュリー、根性見せろよーー!」

 男性陣が、切れ切れになる意識を必死でかき集めているその空に

「おばあちゃま!何か来ます!」

「ルルカちゃん!凄い力だわ」

 ドッ!音がするようだった。一瞬の重さのような強い祈りの力。その後に労わる優しい波動。3人目の聖女の力が降り注ぐ。

「元気になったのだな」

「良かったなぁ」

「大切にされておるようだな」

 アリィとシュレイとフィオは知っている気配に無駄な力が抜けた。

「大きな加勢だな」

 
『私の愛しい子を助けてくれてありがとう。星の子に祝福を』



 祈りは神に届いた。


 

 
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