上 下
54 / 71
ん?キノコの様子が……?

54 龍巫女

しおりを挟む
「ルド」

「うるさい!あっちへ行け」

「ルド」

「しつこい!」

「ルド…」

「テイゼル!仕事に戻れ!」

 強く出られないが、それでも諦め切れないのか。情けなくゼルは言い続ける。

「シリル様……ルドにちょっとくらい触らせてくださいよ」

「ならん!我が夫が汚れるっ!」

「そんな訳ないでしょう~!」

 龍巫女……名前をシリルと言う。シリルは長い長い髪を結え、手にホウキを持ってゼルの手をペシンと叩いた。
 きた日からシリル様はほぼ、俺の隣にいて、腹を撫でたり触ったり話しかけたりと甲斐甲斐しい。

「初代様が産まれるまで何千年待ったと思っておるのじゃ!」

 そうでなければこんな面倒な龍巫女などやる訳がなかろう!少女のように頬を膨らませて、プンプンと怒った。
 シリル様は見た目も少女のようで背も小さい。それでも迫力満点なのはやはり年季の差なんだろう。あ、これ言ったら駄目な奴ね。女性に歳の話は振ってはいけないよ、キノコとの約束だ。

「あー早く会いたいのう」

「あと29日と言ったところでしょうか?」

「楽しみじゃのう!楽しみじゃのう!」

「も、もしかしてシリル様は卵が産まれるまでずっとルドにくっついているんですか?!」

 今更ながらに絶望の表情で、ゼルは自分より遥かに小さいシリル様を見下ろした。

「当たり前じゃ」

「ルド?!良いのか?!ずっとそんなんで!」 

 ふぅとため息をつく。

「良いじゃないか……シリル様は随分待ったんだろう?30日くらいどうってことないよ」

「うわぁああ…ルドの優しさが今とても憎い……!」

 何故憎まれねばならんのだ。解せぬ。

「テイゼルはこころが狭く無能であるからなぁ?」

 ニヤニヤと笑うシリル様はとても楽しそうだ。


 卵が育つ間、俺はシリル様から色々な話を聞いた。この国の歴史や巫女について。

「龍巫女とは、力ある龍帝を好きすぎてつがいになってしまった哀れな少女のことよ。龍帝が死んで生まれ変わるまで何年でも待ち続ける、阿呆な女のこと。妾のように」

 賢者のような遠い目をしてシリル様は自虐的に呟く。

「シリル様はずっとこっちにいらっしゃいますが、良いのですか?」

「神殿には後継者がおる。エドヴァルドに呼ばれた時点で、妾はもう神殿に帰らぬつもりであったでのう」

 次の龍巫女は3代目の龍帝のつがいだと言う。3代目様が生まれ変わるまで、帝国の為に巫女として過ごすらしい。



 少しづつ育って行く卵。少しづつ膨れてゆく腹。少しづつ語りだす卵。15日も過ぎる頃には卵は既に明確な意思を持ち、シリル様と念で会話をしていた。

「ちょっと!シュリ!!老けたってどう言うことよ!!舐めんなこの駄龍!!!」

 凄く仲が良い。初代様の名前はシュリというそうだ。

 30日目の月が満ちる真夜中に、俺は苦もなくころんと薄い水色の卵を産んだ。

「安定の安産」

 でかいアレを出してスッキリ、解放感はあれど、痛いとか裂けるとかないので、俺ってば超優秀スーパーキノコ!

「シュリ……!」

 シリル様は卵にしっかりと抱きついている。卵も嬉しそうで、殻の中でも抱きしめ返せないのを残念に思っているようだ。

「シリル様、急がないと」

「そうであった!ではな!落ち着いたら連絡する。エドヴァルド、大儀であった。そなたに龍の祝福があらんことを!」

 シリル様は用意してあった卵袋にしっかりと水色の卵をしまい込む。

「卵、元気でな。後はお任せします」

 卵に別れを告げた。シリル様は窓から出て闇に溶けて行く。これから2人で愛の逃避行なのだ。



「ルド!卵は産まれたか??」

 待ちきれなかったのか、ゼルが扉を開けて入ってきた時には、既に俺の腹はぺたんこで、卵の姿もシリル様の姿もない。

「卵は……俺たちの卵は……?」

「シリル様と駆け落ちしましたよ」

 ゼルは む、と真顔になってから

「少し早くないか?せめて卵から出てから駆け落ちはして欲しかった」

 うーん、と唸り声をあげた。確かに少し早い気はするな!しかし、お披露目をしてしまうとどうしても保卵室に入れろと言う声が上がる。
 シリル様はそれを嫌がって、自らの手で卵を育てるのだ!と張り切っていた。

 父親に自らの姿を見せないまま居なくなった、水色卵の息子はきっと幸せにやっていくだろう。

 ゼルはいつものように俺の手を握り、頑張ったな、ありがとうと労ってくれた。久しぶりに触ったゼルの手は少し冷たかった。でもそれも…まぁ良いものだと不覚にも思ってしまった。

 それから俺の卵量産体制は休止になった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛などもう求めない

白兪
BL
とある国の皇子、ヴェリテは長い長い夢を見た。夢ではヴェリテは偽物の皇子だと罪にかけられてしまう。情を交わした婚約者は真の皇子であるファクティスの側につき、兄は睨みつけてくる。そして、とうとう父親である皇帝は処刑を命じた。 「僕のことを1度でも愛してくれたことはありましたか?」 「お前のことを一度も息子だと思ったことはない。」 目が覚め、現実に戻ったヴェリテは安心するが、本当にただの夢だったのだろうか?もし予知夢だとしたら、今すぐここから逃げなくては。 本当に自分を愛してくれる人と生きたい。 ヴェリテの切実な願いが周りを変えていく。  ハッピーエンド大好きなので、絶対に主人公は幸せに終わらせたいです。 最後まで読んでいただけると嬉しいです。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

俺は北国の王子の失脚を狙う悪の側近に転生したらしいが、寒いのは苦手なのでトンズラします

椿谷あずる
BL
ここはとある北の国。綺麗な金髪碧眼のイケメン王子様の側近に転生した俺は、どうやら彼を失脚させようと陰謀を張り巡らせていたらしい……。いやいや一切興味がないし!寒いところ嫌いだし!よし、やめよう! こうして俺は逃亡することに決めた。

子悪党令息の息子として生まれました

菟圃(うさぎはたけ)
BL
悪役に好かれていますがどうやって逃げられますか!? ネヴィレントとラグザンドの間に生まれたホロとイディのお話。 「お父様とお母様本当に仲がいいね」 「良すぎて目の毒だ」 ーーーーーーーーーーー 「僕達の子ども達本当に可愛い!!」 「ゆっくりと見守って上げよう」 偶にネヴィレントとラグザンドも出てきます。

隷属神官の快楽記録

彩月野生
BL
魔族の集団に捕まり性奴隷にされた神官。 神に仕える者を憎悪する魔族クロヴィスに捕まった神官リアムは、陵辱され快楽漬けの日々を余儀なくされてしまうが、やがてクロヴィスを愛してしまう。敬愛する神官リュカまでも毒牙にかかり、リアムは身も心も蹂躙された。 ※流血、残酷描写、男性妊娠、出産描写含まれますので注意。 後味の良いラストを心がけて書いていますので、安心してお読みください。

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

僕の調教監禁生活。

まぐろ
BL
ごく普通の中学生、鈴谷悠佳(すずやはるか)。 ある日、見ず知らずのお兄さんに誘拐されてしまう! ※♡喘ぎ注意です 若干気持ち悪い描写(痛々しい?)あるかもです。

第十王子は天然侍従には敵わない。

きっせつ
BL
「婚約破棄させて頂きます。」 学園の卒業パーティーで始まった九人の令嬢による兄王子達の断罪を頭が痛くなる思いで第十王子ツェーンは見ていた。突如、その断罪により九人の王子が失脚し、ツェーンは王太子へと位が引き上げになったが……。どうしても王になりたくない王子とそんな王子を慕うド天然ワンコな侍従の偽装婚約から始まる勘違いとすれ違い(考え方の)のボーイズラブコメディ…の予定。※R 15。本番なし。

処理中です...