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動物に異様に好かれる手

56 産まれる闇

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 冗談じゃない!

 それがゼリアの答えだ。獣人の国へ行けだと!?そんなの死んでもごめんだ!その上、あのミシェルとレオニーの国へあいつらと一緒にいけだと!?

「ごほっごほっ……うっ!ぐはっ」

 ゼリアはせき込み、真っ赤な血を吐いたが誰も来ない。ゼリアが人払いをしているからだし、移ると陰で言われ続けるのも嫌だった。

「私は死ぬ……なら、このままここで死にたい。獣の国になど行きたくない!どうして父上は分かってくださらないんだ」

 ぜえぜえと荒い息をついていると扉がノックされる。

「誰だ、来るなと言ってるだろう!」

「そうしたいのはやまやまなんだけどね」

 扉を開けたのはミシェル妃だった。

「ご命令だから一応連れてく。それだけ。荷物は自分で用意しろ。出発日は追って伝える」

「わ、私は行かない!」

「陛下の命令だ。文句は陛下に言え」

 ミシェルはそれだけ吐き捨てるように言うと、行ってしまう。

「嫌だ、嫌だ、絶対に嫌だ!」

 父王に会いたいと連絡しても会わせてはもらえなかった。病が移ると危惧されたのだ。

「嫌だ」

 一日、また一日とゼリアの心は荒んでいく。

「嫌だ」

 どうしてこんなことになった?

「嫌だ」

 ゼリアの守ってくれる大人たちはみんな死んでしまった。

「嫌だ」

 誰のせい?全部あの汚らしい獣のせいだ!

「嫌だ」

 唯一残った父親も話すら聞いてくれない。

「嫌だ」

 メイドが扉を開けた。

「明日、ミシェル様をお迎えの者が参ります。その馬車でゼリア殿下も移動されるとのことです」

 何という厄介払いか!

「……嫌だ……」

「そう申されましても、そのように決まっております」

「嫌だいやだいやだいやだいやだ」

 悪意が集まる。闇が煮凝るようにねばりつく。歪み、腐りそして瘴気が渦巻く。

「明日にならなければ……いい……そうだ、明日にならなければ、私はずっとここに……ここに居られる……」

 宿った闇が、渦を巻き産声を上げた。


危ない!逃げて!!

 ミシェル達にそんな声が響き、ミシェルはレオニーを抱き抱え、侍女の二人はミシェルの後ろについて走った。

 何かまずいものが現れた!全身の毛が逆立って、震え上がる。獣の本能が危険を告げる。とにかくこの場から、この王宮から逃げなければならない。

「リッテ!シロウが連れてかれた道を行こう!外に出れる!」

「分かりました!」

 人間の足で駆け出したが、リッテは走りながら前転をする。次に着地した時は銀色の狼だった。

「フロー!私に捕まって!」

「リッテ!」

 フローは何の躊躇いもなくリッテの背に跨り、身を低くしてしがみついた。フローはアライグマなのでリッテより早く走れないのだ。

「レオニー!」

 ぽーんと前方にミシェルはレオニーを放り出す。レオニーもぐるりと回って着地した時には子供のライオンの姿で、ミシェルもすぐに獣化して本気で走り始めた。

「何か良くない物が私たちを追ってる!ジェストから迎えが来てるはず!合流するわよ!」

「分かりました!」

 途中までは一本道の通路をミシェル達は力一杯走り抜けた。



「な、なにこれ!きゃーーー!」

 まずはゼリアの部屋を訪れた侍女からだった。叫んだゼリアから真っ黒な物が溢れ出し、侍女の足に絡みつく。

「お前がそんな話をするから、悪い」

「ひっ!わ、私は言われた通りお伝えしただけ、ぎゃっ!」

 真っ赤な血を吐いて、侍女は黒い闇の中に沈んだ。

「一人……足りない……次だ……」

 立てないはずのゼリアはベッドから起き出した。ずるり、ずるり、歩いているがどこかからおかしな音がする。

「誰か……誰か、いるか……」

 声をかけると、衛兵が目を剥いてゼリアを見る。

「ゼリア殿下?!動けないのでは!」

「残念だな……私は、こうして動いているぞ」

「さ、さようでございますね、ひっ?!」

 ゼリアから黒い物が溢れて、衛兵の足に絡みつく。

「お前も、思ったよな……私が早く死ねば良いと……」

「めっ!滅相も……ぎゃあああ!」

 縄のように伸び、黒は衛兵を引きずり込んだ。

「二人目……なるほど、これは良い……次……」

 ずる、ずるり。ゼリアは足で歩いているはずなのに、その歩みはなにかを引きずり、呪詛を撒き散らしていた。





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