上 下
19 / 42

19 シチューは温かい方が美味しい

しおりを挟む
「パパぁ!」

「お帰り、キーチェ」

 ヘンリーの家からキーチェが戻ってきた。そしてすぐさまリオウに飛びつく。

「パパ、ママを泣かしてない?ママを泣かしたら僕が許さないんだからね?僕のパンチは痛いんだよ!パパ泣いちゃうかもよ?」

「そうか、キーチェのパンチは痛いのか。でもパパだって負けないよ?」

「本当?パパって僕より強い?」

「どうかなぁ?キーチェより背が高い分、強いかもしれないよ」

「えーっ!本当??」

 俺の、俺とキーチェの住むボロ家で俺達以外の人間がいて、そいつが笑っている。そしてキーチェが楽しそうにそいつにじゃれついている。

「パパすごい!」

「本気を出したらもっとすごいぞ?」

「いつ本気出すの?」

「……カイリ……ママとキーチェを守る時、かな?」

「僕も一緒に戦うよ!二人でママを守るんだ」

「そうだな、キーチェも虎の子だから本気を出したらとても強いに違いないね」

 笑っている、とても楽しそうに笑っている。それが答えなのか、俺はどうしたらいいか分からない。

「ヘンリーさんがね、お夕飯にどうぞってシチューをくれたの。ヘンリーさんの家のシチューはとっても美味しいんだよ。あーパンにつけて食べたいなあ~」

「角のパン屋か?キーチェが大好きなパン屋さんの?」

 目を丸くしてリオウに聞き返す。

「うわーーーどうして知ってるの?パパ!」

「パパは何でもお見通しって言いたいところだが、実は町長さんが教えてくれたんだ」

「そっかー!」

 何も手に付かない俺に変わってリオウはキーチェと一緒に夕食の支度を始めている。支度といってもヘンリーの家から貰って来た鍋に入ったシチューを皿に盛り付け、買って来たパンを添えているだけだ。

「ミルクも買って来たからキーチェ飲むんだぞ」

「うわーーー!贅沢だー!僕、ミルク好きだけど高いでしょう?たまにしか飲めないよ」

 リオウはキーチェの頭を撫でる。とても自然で優しい手つきだ。

「じゃあパパが買うとしよう。こう見えてもパパは結構お給料のいい仕事をしているんだ。毎日ミルクくらい買えるぞ」

「パパって王子様じゃなかったっけ?」

「王子様の給料は高いんだよ」

「パパすごーい!」

 リオウは王子様だった……あれ?俺はそんな王子様に子守りと夕食の支度をさせたのか?しかもこんなボロ屋で?夕食はお裾分けのシチューだぞ?!良いのか??

「ママーお腹すいたー」

「あ、うん……」

 テーブルには3人。俺とキーチェには専用の椅子がある。リオウはその辺の箱に座ってボロくて小さなテーブルについている。

「いただきまぁす!」

「い、いただき、ます」

「いただきます」

 リオウはなんの文句も言わなかった。欠けた皿に盛られたシチューを適当な木のスプーンで掬って躊躇いもなく口に運んでいる。王子様、なんだよな?

「おいしーでしょ?」

 口の周りいっぱいにシチューをつけたキーチェがにっこり笑いかければ

「ああ、とても美味い。とても、とても美味いよ。ここ暫く食ったものの中で一番美味い」

 そうして目頭を押さえるから、俺はどうして良いか分からない。

「熱かった??キーチェがふーふーしてあげようか?」

 心配そうにみるキーチェをまた撫でる。

「うん、熱かったんだ。俺は猫舌だからな。熱いものは苦手なんだ」

「僕もー!冷たい方が好きだけど、シチューはあったかくなくちゃね!」

「はは、そうだな」

 リオウとキーチェ。この2人を引き離せるか?俺は自問自答する。俺がうんとさえいえば、キーチェは父親を失わなくて済む。

 俺は、俺はどうするべきなんだ。最良の答えはもう用意されている。でもそれに飛び付いて良いのか?でもまた恐ろしい目に遭ったら?

 俺は、それが恐ろしい。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される

Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木) 読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!! 黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。 死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。 闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。 そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。 BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)… 連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。 拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。 Noah

ぼくは男なのにイケメンの獣人から愛されてヤバい!!【完結】

ぬこまる
BL
竜の獣人はスパダリの超絶イケメン!主人公は女の子と間違うほどの美少年。この物語は勘違いから始まるBLです。2人の視点が交互に読めてハラハラドキドキ!面白いと思います。ぜひご覧くださいませ。感想お待ちしております。

【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜

N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間) ハーレム要素あります。 苦手な方はご注意ください。 ※タイトルの ◎ は視点が変わります ※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます ※ご都合主義です、あしからず

主人公の兄になったなんて知らない

さつき
BL
レインは知らない弟があるゲームの主人公だったという事を レインは知らないゲームでは自分が登場しなかった事を レインは知らない自分が神に愛されている事を 表紙イラストは マサキさんの「キミの世界メーカー」で作成してお借りしています⬇ https://picrew.me/image_maker/54346

奴隷商人は紛れ込んだ皇太子に溺愛される。

拍羅
BL
転生したら奴隷商人?!いや、いやそんなことしたらダメでしょ 親の跡を継いで奴隷商人にはなったけど、両親のような残虐な行いはしません!俺は皆んなが行きたい家族の元へと送り出します。 え、新しく来た彼が全く理想の家族像を教えてくれないんだけど…。ちょっと、待ってその貴族の格好した人たち誰でしょうか ※独自の世界線

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

つぎはぎのよる

伊達きよ
BL
同窓会の次の日、俺が目覚めたのはラブホテルだった。なんで、まさか、誰と、どうして。焦って部屋から脱出しようと試みた俺の目の前に現れたのは、思いがけない人物だった……。 同窓会の夜と次の日の朝に起こった、アレやソレやコレなお話。

処理中です...