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10 こんなはずでは(兄、ノルド視点

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 朝、物音で目を覚ます。私が公爵家の跡継ぎなのに今日は誰も起こしに来なかった。
 名前も知らない無愛想なメイドも一人も来ない。

 イライラと窓の外を見れば、庭に何やら使用人とアルカンジェルが集まってワイワイと楽しそうに変な踊りを踊っている。

「何をやっているんだ?」

 遠いし窓も閉まっているから、声は聞こえなかったが、誰もが笑顔で楽しそうだった。

「あいつ、使用人に混じって!あれが令嬢のやることか!嘆かわしい!」

 大声で言ってみても誰も答えるものはいない。窓を開けて文句の一つでもつけてやろうかと思えば、窓は全部鍵がかかっていて開かなかった。

「くそっ!」

 謹慎と父上から確かに言われた。窓から逃げるとでも思われたんだろうか?

「あーあ、坊ちゃんがご機嫌斜めだぜ?」

「しゃーねーだろ。娼婦を殿下と分け合ってだんだろ?」

 扉の向こうで見張りが二人いるようだ。そいつらの声が部屋の中まで聞こえて来る。

「俺もアルカンジェル様と一緒に体操したかったなー」

「俺もー。アルカンジェル様は優しいし、可愛いし。俺、名前覚えて貰っちゃってるんだぜ!」

 アルカンジェルめ、男なら誰にでも色目を使うのか!ますます妹として相応しくないな。早目に我が家の恥部は切り捨てねば!

「馬鹿だなー!アルカンジェル様は使用人全員の名前を覚えてるぜ。旦那様より正確にな!」

「あーやっぱそうなのかー……だとしても嬉しいな。俺たちみたいな使用人にも優しくて!俺、ほんとにヴェルデ家で働けて良かった~」

「そうだな。このままアルカンジェル様が公爵家を継いでくだされば安泰なんだがなー」

「それ、良いねぇ!でもあちこちからきてるんだろ?婚約申込書。ものすんごい豪華な馬車が来てたもんな!」

 な、何を言っているんだ?!この使用人は!この家を継ぐのは長子である男の私に決まってるだろう!?それが、なぜアルカンジェルになるのだ!そんなはずはない!
 しかも婚約申込?あの姑息で汚いアルカンジェルに?そんな馬鹿な話があるわけがない!

「それにしてもどうすんだろうね、坊っちゃんはさー」

「あー来てたね、婚約者様の家の馬車。物凄く怒ってたよなぁ。こっちは婚約破棄されたら次はないだろうなぁ」

「坊ちゃん有責の婚約破棄だろ?相当社交界の評判も下げてるらしいし、本当にアルカンジェル様が公爵家を継ぐしかなくなるかもなー」

「俺達はそれが嬉しいけど、アルカンジェル様だって女の子だし、お嫁に行きたいって思うかもしれないよなぁ」

「「アルカンジェル様のお嫁さん姿、可愛いだろうなぁーー!」」

 私は真っ青になるしかなかった。社交界の噂ってなんだ?!近頃は殿下とマリリーとの相手で全く顔を出していなかった。ではヴェルデ家からは誰が?父上?まさかあの忙しい父上がそんな貴族のご機嫌取りなどしている暇はない。
 そうするとアルカンジェルしかいない。そしてそのアルカンジェルは誰のエスコートで出かけたんだ??父上のはずがない。
 勿論、兄である私でもない。そして婚約者のリース殿下でもない。

 まさか、公爵令嬢がエスコートも無しで一人で出ていたというのか?!アルカンジェルが一人で居れば、噂にもなるだろう。そしてを探る者が必ずしも現れる。

「知れ渡って……いるのか!?」

 まずい、不味いぞ。我が家は誇り高き公爵家なのに、そんな醜聞めいた物を流す訳には行かない。くそっアルカンジェルめ!なんと間抜けな事を!エスコートの目処がつかねば適当に参加しなければ良いものを!何という愚か者なのだ!

「真っ赤なドレスはお嬢様には似合わないよなぁ。水色とか白とかピンクが良いなぁ」

「あれはなぁ。いくら旦那様の命令とは言え、一人で夜会に行かなきゃならないお嬢様の精一杯だったらしいぜ。一人でこの家を背負ってらっしゃるんだからな」

「まあ、次はまともな人が来てくれるといいな!レミとレラが探してるってマジか?」

「あいつら、なーんか不思議な繋がりあるらしくて、ずっと遠くの帝国にも渡りをつけてるってマジ?お嬢様遠くにお嫁に行っちゃうかなぁ」

「お嬢様が幸せなら俺たちは笑顔で送り出す!それだけだ!」

「だな!悪い奴なら斬って捨てるぞ!」

「おー!」

 な、なんだと……?アルカンジェル如きの結婚相手にどこまで?!

「まさか、そんな事あるはずがない……」

 私は力なくベッドに座り込んだ。おかしい、私の考えていた事と何もかも違う。アルカンジェルは父上や使用人全てから疎まれているわがままな娘だったはず。
 だからリース殿下にも愛想を尽かされていた。そこに可憐な聖女マリリーが現れてアルカンジェルのわがままで疲弊した殿下や私を優しく支えてくれたはずではなかったか?!

 しかしたった数時間で分かったが、アルカンジェルは使用人から疎まれる所か物凄く慕われていた。
 廊下に立つ男達、窓の外で変な踊りをするメイドから、庭師から。全てに暖かい目と言葉をかけられ、皆にこにこと笑っていた。

「あいつあんな顔だったか?」

 朝日を浴びて笑うアルカンジェル。いつも塗りたくった化粧とおかしな髪型、つけすぎの香水で酷く醜悪であったはずなのに。
 さらりと輝く金髪を緩くまとめて、それでも上品に笑うアルカンジェルは公爵令嬢に相応しい佇まいだった。

「……わがまま、だったか?」

 あいつは私に何か行ってきた事があったか?

「すみません、お兄様」

 ……記憶の中でもアルカンジェルはいつも謝っている気がする。私はどこでそう思い込んだのだろうか。

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