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15 少し悔しい(アランフィールド
しおりを挟む「レンさん?」
「すみませんでしたーぁーー!」
リンさんから密告があった時、まさかとは思ったけれど、本当にそうだったとは。
初めて出会った時から彼の眼差しに熱い物を感じていたけれど、まさかそれが私自身ではなく、この鎧に注がれていたものなんて思ってもみなかった。
……私以外を注目するなんて、こんな体験初めてだった。
「……」
「ご、ごめんなさい……」
地面にぺたりと座り込んだまま、涙で潤んだ緑の目で見上げられると……ついそちらへ傾いてしまった心を元に戻すことは不可能だった。多分、裏表のない素直な性格なのだろう。叱られてしょげる様子が昔城で飼っていた犬に似ているのもよくないと思う。
少しだけ息を吐き、つい一カ月ほど前に下った神託について思いを馳せた。何の前触れもなく、大神殿から呼び出された私は、私自身が勇者に選出されたことを知らされたのだ。
「た、大変に申し訳ないことだとは思っております。しかし、あの……」
「大神官殿、確か勇者と賢者は二年ほど前に選ばれ、この地上のどこかに遣わされたという神託ではありませんでしたか?」
勇者がいるはずなのにどうして私が勇者に選ばれるのか。不思議で聞き返してみたのだ。すると、大神官殿以下神官すべてが暗い顔をして俯いた。
「その……確かに勇者と賢者は遣わされたのですが……その、問題があったようで……いくら探しても見つからないのです。2名とも神からの優れたギフトをたくさん持ち合わせているはずなので、すぐに一角の人物として名を聞くと思ったのですが、噂も手がかりも掴めません」
「確かに、勇者の武功らしき話は聞いたことがないですね」
「そうなのです。勇者の選出から二年の年月が流れてしまいました。その間に魔王は力を増し、魔獣は際限なく増え……たくさんの人や動物が死に絶えております。神はもう待てぬと新たなる勇者をお選びになられました。それがあなた様なのです」
「……なるほど」
そして大神官一同、膝を折って平伏す。
「申し訳ないとは思っております! 王太子殿下は次期国王となるべく政務に励まれておられるのは存じております、しかし!しかしながら、この世界の危機なのです。しかも魔王も魔獣も力をつけて益々困難な旅になる……しかし、あなた様にお頼りする他ないのですっ」
「分かっております、大神官殿。さあ、顔を上げて下さい……誰かがなさねばならない大役、皆さんもご協力をお願いします。この世界の為、魔王を討伐せねばならないのですから」
「……っ! 殿下……!」
そうして私は王太子の座を弟に譲り、旅に出たのだ。それまで積み重ねた国王になるべく学んできたことは大半が無駄になってしまった……だが、この世界の為に誰かが成し遂げねばならない、それが偶然に私だっただけ。
「この世界の危機を救うことこそ、大事なのですから」
世界と比較すれば我が国の国王の座など、私の努力など小事にすぎない。
「ありがとうございます! ありがとうございます! つきましては、どうやら聖剣が存在するようでございます。これより少し北へ行きますと隠れた村があり、その村の近くの封印の森に……」
「ならばすぐに向かいましょう」
「ありがとうございます!」
そうして村へ立ち寄った私達はレンとリンという兄弟に出会ったのだ。
村は孤立はしていたが、どこにでもありそうなごく普通の村だった。その中に一際目立つ兄弟がいた。私や騎士達より背は低いがスラリとした容姿は村人とは一線を画していた。茶色い髪も緑の目もよくある色なのにほのかに輝いているようにも見える……この二人は何か違うと一目で分かるのだ。
それが村人と同じ表情でにこにこ笑い、溶け込んでいる……とても不思議な光景だった。
「うわー、王子様ってカッコいいんですね」
そんな何かしら秘密がありげな兄弟の兄の方……名前はレンだと村長から紹介があったが、レンの方が何故か私をずっと見ているのだ。
「はあ、素敵だぁ」
「……どうかしましたか?」
「いえ! 何でもないですっ」
確かに私も彼の視線の先の先まで注意して観察すれば良かったのだ。しかしこの手の視線は受け慣れていた。年頃の女性達から放たれるあの恋する乙女の眼差しに酷似していたのだ。だからそれかと勘違いしてしまったのだ。
レンは同性とはいえ、非常に可愛いらしい顔立ちをしている。しかも声をかけると恥ずかしいのか遠慮しているのか、そそくさと視線を外しどこかへ行ってしまう。まるで獲物を狙う捕食者のような令嬢達と違うそんな様子も好ましいと感じてしまった。
「すみません! すみません!」
聖剣を持ち帰り叩き壊したと聞いた時には目の前が真っ暗になったが、しかし気がついてしまった。レンはここに刺さっていたであろう聖剣を抜いたのだ。勇者に与えられるはずの聖剣を。
二年前に神が遣わされた勇者というのは間違いなくレンのことなのだろう。そして、大神官は勇者の他に賢者も遣わされたと言っていた……そっくりの弟のリンが賢者という訳だ。なるほどあの輝きは神より選ばれた者が纏う輝きだったか。妙に納得してしてしまった。
「皆さーん、ご飯ですよー」
「わーい! 兄ちゃんのご飯は美味しいですよー食べましょう!」
そして、食事が美味しい。
「シチューです」
よく煮込まれてて美味しい。
「ハンバーグです」
肉汁がじゅわっと溢れて美味しい。
「ピザです」
熱々でとろとろのチーズがこんなに美味しいとは。
「スパゲッティです」
トマトの酸味がまた美味しい。
「えーと、今日は何を食べましょう?」
「クリームシチューにしてよ、兄ちゃん」
「お、いいぜー」
とろとろでほっくりした根菜が美味しい。
私は……いや、私以外の騎士達も間違いなくレンに胃袋を掴まれてしまったのだ。
「レンさん。今日のご飯もとても美味しかったです、ありがとうございます」
「いえ! そう言ってもらえて嬉しいです!」
その時ばかりは私の顔をしっかり見て笑う可愛い表情に心も掴まれてしまったのだ。
「殿下ぁ……」
その可愛らしい顔の眉をこれでもかと下げて反省しているレン。最初のきっかけは勘違いだったかもしれないけれど、今は違う。それでも「私」ではなく「私の鎧」が好きだなんて少し悔しいので、大いに利用させて貰うとしよう。
「そうですね、魔王を倒し世界が平和になれば鎧は要らなくなる。そうなった時にあなたが私の側にいてくれるなら、喜んで差し上げましょう」
「え、ほんとですか! もちろん、旅のお供をしますよ、ご飯も作ります!」
「ではよろしくお願いします。ぜひ、ずっと私に朝ごはんを作り続けて下さいね?」
「わっかりましたー! 朝だけじゃなく、昼も夜も作りますー、任せて下さい!」
にこにこ上機嫌でレンは約束してくれたが、私の話をきちんと聞いてくれていないようだ。彼は魔王を倒す旅が終わるまでと思い込んでいそうだが、私は一生手放す気はないのだ。
「あのぉ~」
私に叱られなかったのが相当嬉しかったのか、スキップをしながらどこかへ行ってしまったレンではなく、弟のリンの方が恐る恐る声をかけてきた。
「どうしました? リンさん。それとも義弟とでも呼んだ方がよろしいですか?」
「ま、マジすか……えー、あー、本当ですか??」
「そのつもりですが、反対ですか?」
リンはやや暫く唸っていた。
「ぅうーん、王子様ならお金はあるだろうし、兄ちゃんはお人好し過ぎるから、ちゃんとした人と結婚した方がいいし……うーん、うん。兄ちゃんのこと幸せにしてやって下さい、お願いします」
「勿論ですとも。神に誓って」
「暫く俺のことも養って下さいね」
「協力してくれる義弟をぞんざいに扱う訳がないではないですか」
「良かった~」
この兄弟ならば私が養わずとも自活していけるだろうが、頼られるのは何とも嬉しいものだ。こうして私の旅の目的は二つに増えたのだ。なんとしてもあの可愛い人の身も心も手に入れるという目的が。
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