上 下
15 / 36

15 少し悔しい(アランフィールド

しおりを挟む

「レンさん?」
「すみませんでしたーぁーー!」

 リンさんから密告があった時、まさかとは思ったけれど、本当にそうだったとは。

 初めて出会った時から彼の眼差しに熱い物を感じていたけれど、まさかそれが私自身ではなく、この鎧に注がれていたものなんて思ってもみなかった。
 ……私以外を注目するなんて、こんな体験初めてだった。

「……」
「ご、ごめんなさい……」

 地面にぺたりと座り込んだまま、涙で潤んだ緑の目で見上げられると……ついそちらへ傾いてしまった心を元に戻すことは不可能だった。多分、裏表のない素直な性格なのだろう。叱られてしょげる様子が昔城で飼っていた犬に似ているのもよくないと思う。

 少しだけ息を吐き、つい一カ月ほど前に下った神託について思いを馳せた。何の前触れもなく、大神殿から呼び出された私は、私自身が勇者に選出されたことを知らされたのだ。

「た、大変に申し訳ないことだとは思っております。しかし、あの……」
「大神官殿、確か勇者と賢者は二年ほど前に選ばれ、この地上のどこかに遣わされたという神託ではありませんでしたか?」

 勇者がいるはずなのにどうして私が勇者に選ばれるのか。不思議で聞き返してみたのだ。すると、大神官殿以下神官すべてが暗い顔をして俯いた。

「その……確かに勇者と賢者は遣わされたのですが……その、問題があったようで……いくら探しても見つからないのです。2名とも神からの優れたギフトをたくさん持ち合わせているはずなので、すぐに一角の人物として名を聞くと思ったのですが、噂も手がかりも掴めません」
「確かに、勇者の武功らしき話は聞いたことがないですね」
「そうなのです。勇者の選出から二年の年月が流れてしまいました。その間に魔王は力を増し、魔獣は際限なく増え……たくさんの人や動物が死に絶えております。神はもう待てぬと新たなる勇者をお選びになられました。それがあなた様なのです」
「……なるほど」

 そして大神官一同、膝を折って平伏す。

「申し訳ないとは思っております! 王太子殿下は次期国王となるべく政務に励まれておられるのは存じております、しかし!しかしながら、この世界の危機なのです。しかも魔王も魔獣も力をつけて益々困難な旅になる……しかし、あなた様にお頼りする他ないのですっ」
「分かっております、大神官殿。さあ、顔を上げて下さい……誰かがなさねばならない大役、皆さんもご協力をお願いします。この世界の為、魔王を討伐せねばならないのですから」
「……っ! 殿下……!」

 そうして私は王太子の座を弟に譲り、旅に出たのだ。それまで積み重ねた国王になるべく学んできたことは大半が無駄になってしまった……だが、この世界の為に誰かが成し遂げねばならない、それが偶然に私だっただけ。

「この世界の危機を救うことこそ、大事なのですから」

 世界と比較すれば我が国の国王の座など、私の努力など小事にすぎない。

「ありがとうございます! ありがとうございます! つきましては、どうやら聖剣が存在するようでございます。これより少し北へ行きますと隠れた村があり、その村の近くの封印の森に……」
「ならばすぐに向かいましょう」
「ありがとうございます!」

 そうして村へ立ち寄った私達はレンとリンという兄弟に出会ったのだ。
 村は孤立はしていたが、どこにでもありそうなごく普通の村だった。その中に一際目立つ兄弟がいた。私や騎士達より背は低いがスラリとした容姿は村人とは一線を画していた。茶色い髪も緑の目もよくある色なのにほのかに輝いているようにも見える……この二人は何か違うと一目で分かるのだ。
 それが村人と同じ表情でにこにこ笑い、溶け込んでいる……とても不思議な光景だった。

「うわー、王子様ってカッコいいんですね」

 そんな何かしら秘密がありげな兄弟の兄の方……名前はレンだと村長から紹介があったが、レンの方が何故か私をずっと見ているのだ。

「はあ、素敵だぁ」
「……どうかしましたか?」
「いえ! 何でもないですっ」

 確かに私も彼の視線の先の先まで注意して観察すれば良かったのだ。しかしこの手の視線は受け慣れていた。年頃の女性達から放たれるあの恋する乙女の眼差しに酷似していたのだ。だからかと勘違いしてしまったのだ。
 レンは同性とはいえ、非常に可愛いらしい顔立ちをしている。しかも声をかけると恥ずかしいのか遠慮しているのか、そそくさと視線を外しどこかへ行ってしまう。まるで獲物を狙う捕食者のような令嬢達と違うそんな様子も好ましいと感じてしまった。

「すみません! すみません!」

 聖剣を持ち帰り叩き壊したと聞いた時には目の前が真っ暗になったが、しかし気がついてしまった。レンはここに刺さっていたであろう聖剣を抜いたのだ。勇者に与えられるはずの聖剣を。
 
 二年前に神が遣わされた勇者というのは間違いなくレンのことなのだろう。そして、大神官は勇者の他に賢者も遣わされたと言っていた……そっくりの弟のリンが賢者という訳だ。なるほどあの輝きは神より選ばれた者が纏う輝きだったか。妙に納得してしてしまった。

「皆さーん、ご飯ですよー」
「わーい! 兄ちゃんのご飯は美味しいですよー食べましょう!」

 そして、食事が美味しい。

「シチューです」

 よく煮込まれてて美味しい。

「ハンバーグです」

 肉汁がじゅわっと溢れて美味しい。

「ピザです」

 熱々でとろとろのチーズがこんなに美味しいとは。

「スパゲッティです」

 トマトの酸味がまた美味しい。

「えーと、今日は何を食べましょう?」
「クリームシチューにしてよ、兄ちゃん」
「お、いいぜー」

 とろとろでほっくりした根菜が美味しい。
 私は……いや、私以外の騎士達も間違いなくレンに胃袋を掴まれてしまったのだ。

「レンさん。今日のご飯もとても美味しかったです、ありがとうございます」
「いえ! そう言ってもらえて嬉しいです!」

 その時ばかりは私の顔をしっかり見て笑う可愛い表情に心も掴まれてしまったのだ。


「殿下ぁ……」

 その可愛らしい顔の眉をこれでもかと下げて反省しているレン。最初のきっかけは勘違いだったかもしれないけれど、今は違う。それでも「私」ではなく「私の鎧」が好きだなんて少し悔しいので、大いに利用させて貰うとしよう。

「そうですね、魔王を倒し世界が平和になれば鎧は要らなくなる。そうなった時にあなたが私の側にいてくれるなら、喜んで差し上げましょう」
「え、ほんとですか! もちろん、旅のお供をしますよ、ご飯も作ります!」
「ではよろしくお願いします。ぜひ、ずっと私に朝ごはんを作り続けて下さいね?」
「わっかりましたー! 朝だけじゃなく、昼も夜も作りますー、任せて下さい!」

 にこにこ上機嫌でレンは約束してくれたが、私の話をきちんと聞いてくれていないようだ。彼は魔王を倒す旅が終わるまでと思い込んでいそうだが、私は一生手放す気はないのだ。

「あのぉ~」

 私に叱られなかったのが相当嬉しかったのか、スキップをしながらどこかへ行ってしまったレンではなく、弟のリンの方が恐る恐る声をかけてきた。

「どうしました? リンさん。それとも義弟とでも呼んだ方がよろしいですか?」
「ま、マジすか……えー、あー、本当ですか??」
「そのつもりですが、反対ですか?」

 リンはやや暫く唸っていた。

「ぅうーん、王子様ならお金はあるだろうし、兄ちゃんはお人好し過ぎるから、ちゃんとした人と結婚した方がいいし……うーん、うん。兄ちゃんのこと幸せにしてやって下さい、お願いします」
「勿論ですとも。神に誓って」
「暫く俺のことも養って下さいね」
「協力してくれる義弟をぞんざいに扱う訳がないではないですか」
「良かった~」

 この兄弟ならば私が養わずとも自活していけるだろうが、頼られるのは何とも嬉しいものだ。こうして私の旅の目的は二つに増えたのだ。なんとしてもあの可愛い人の身も心も手に入れるという目的が。

 


しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

前世軍医だった傷物令嬢は、幸せな花嫁を夢見る

花雨宮琵
恋愛
侯爵令嬢のローズは、10歳のある日、背中に刀傷を負い生死の境をさまよう。 その時に見た夢で、軍医として生き、結婚式の直前に婚約者を亡くした前世が蘇る。 何とか一命を取り留めたものの、ローズの背中には大きな傷が残った。 “傷物令嬢”として揶揄される中、ローズは早々に貴族女性として生きることを諦め、隣国の帝国医学校へ入学する。 背中の傷を理由に六回も婚約を破棄されるも、18歳で隣国の医師資格を取得。自立しようとした矢先に王命による7回目の婚約が結ばれ、帰国を余儀なくされる。 7人目となる婚約者は、弱冠25歳で東の将軍となった、ヴァンドゥール公爵家次男のフェルディナンだった。 長年行方不明の想い人がいるフェルディナンと、義務ではなく愛ある結婚を夢見るローズ。そんな二人は、期間限定の条件付き婚約関係を結ぶことに同意する。 守られるだけの存在でいたくない! と思うローズは、一人の医師として自立し、同時に、今世こそは愛する人と結ばれて幸せな家庭を築きたいと願うのであったが――。 この小説は、人生の理不尽さ・不条理さに傷つき悩みながらも、幸せを求めて奮闘する女性の物語です。 ※この作品は2年前に掲載していたものを大幅に改稿したものです。 (C)Elegance 2025 All Rights Reserved.無断転載・無断翻訳を固く禁じます。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

もふもふと始めるゴミ拾いの旅〜何故か最強もふもふ達がお世話されに来ちゃいます〜

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
「ゴミしか拾えん役立たずなど我が家にはふさわしくない! 勘当だ!」 授かったスキルがゴミ拾いだったがために、実家から勘当されてしまったルーク。 途方に暮れた時、声をかけてくれたのはひと足先に冒険者になって実家に仕送りしていた長兄アスターだった。 ルークはアスターのパーティで世話になりながら自分のスキルに何ができるか少しづつ理解していく。 駆け出し冒険者として少しづつ認められていくルーク。 しかしクエストの帰り、討伐対象のハンターラビットとボアが縄張り争いをしてる場面に遭遇。 毛色の違うハンターラビットに自分を重ねるルークだったが、兄アスターから引き止められてギルドに報告しに行くのだった。 翌朝死体が運び込まれ、素材が剥ぎ取られるハンターラビット。 使われなくなった肉片をかき集めてお墓を作ると、ルークはハンターラビットの魂を拾ってしまい……変身できるようになってしまった! 一方で死んだハンターラビットの帰りを待つもう一匹のハンターラビットの助けを求める声を聞いてしまったルークは、その子を助け出す為兄の言いつけを破って街から抜け出した。 その先で助け出したはいいものの、すっかり懐かれてしまう。 この日よりルークは人間とモンスターの二足の草鞋を履く生活を送ることになった。 次から次に集まるモンスターは最強種ばかり。 悪の研究所から逃げ出してきたツインヘッドベヒーモスや、捕らえられてきたところを逃げ出してきたシルバーフォックス(のちの九尾の狐)、フェニックスやら可愛い猫ちゃんまで。 ルークは新しい仲間を募り、一緒にお世話するブリーダーズのリーダーとしてお世話道を極める旅に出るのだった! <第一部:疫病編> 一章【完結】ゴミ拾いと冒険者生活:5/20〜5/24 二章【完結】ゴミ拾いともふもふ生活:5/25〜5/29 三章【完結】ゴミ拾いともふもふ融合:5/29〜5/31 四章【完結】ゴミ拾いと流行り病:6/1〜6/4 五章【完結】ゴミ拾いともふもふファミリー:6/4〜6/8 六章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(道中):6/8〜6/11 七章【完結】もふもふファミリーと闘技大会(本編):6/12〜6/18

ちっちゃくなった俺の異世界攻略

鮨海
ファンタジー
あるとき神の采配により異世界へ行くことを決意した高校生の大輝は……ちっちゃくなってしまっていた! 精霊と神様からの贈り物、そして大輝の力が試される異世界の大冒険?が幕を開ける!

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います

たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか? そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。 ほのぼのまったり進行です。 他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。

異世界転生して病んじゃったコの話

るて
BL
突然ですが、僕、異世界転生しちゃったみたいです。 これからどうしよう… あれ、僕嫌われてる…? あ、れ…? もう、わかんないや。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 異世界転生して、病んじゃったコの話 嫌われ→総愛され 性癖バンバン入れるので、ごちゃごちゃするかも…

処理中です...