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超えて

13 うさぎうさぎ

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 手を振りながら遠くなる影をずっと見ていた。さわさわと草が揺れて、姿を隠してゆく。
 うさぎが見え隠れする。

「ソラン、リィンは行ってしまったの?」

「そうよ、トット。もっと遊んでもらったら良かったのに」

 ソランの使い魔のトットは、そっとソランジェと手を繋ぐ。トットは5.6歳の男の子の見た目をしているが、ソランジェが錬金術で生み出した生命体だ。
 本当の姿はとても大きな鳥で、魔物や不埒な人間を退治できるほど強い。

「リィンはどうして行ってしまうの?ここでゆっくり暮らせば良いじゃない」

 トットはリィンの事が大好きだ。ご主人のソランジェにそっくりな魂の匂いがするから。
 考える事、仕草何もかも似ている。いつも一緒にいて、撫でて欲しい。

「そう…だね。リィンはここでも暮らして行けると思う…けど、まだその時じゃないみたいなの」

 ソランジェはトットの頭を撫でる。嬉しそうに笑うトットを見るとソランジェも嬉しくなる。

「私はトットがいるから、ここで人から離れて生きて行けるけど、リィンにはまだ誰もいないから」

「ソランがいてあげれば良いじゃない?」

 不思議そうに見上げるトットに、ソランジェは静かに言う。

「寂しいと寂しいからじゃ、寂しいしか生まれないのよ」

 さわさわと、草が揺れる。もう後ろ姿は見えないけれど、あなたが全ての行き場を失った時に、逃げ込める巣穴であるように。

 私はここにいるよ。



 ソランジェは旅の服から簡単な武器、道具全てを揃えてくれた。そして次に行く場所も。

「ここから出て、街道には行かずに少し北に行って。小さいダンジョンがある村があるから」

「村に?人の目がある所には出たくないんだけど」

 ソランジェは調合室の隅に積んである箱を指差して

「このソラナミンCを配達して欲しいんだよね!」

「ソラナミンC」

「ソラナミンC」

  元気がハツラツしそうなヤツですね。

 かちゃかちゃとソラナミンCの瓶を揺らしながら、あまり整備されていない道を歩く。
 ゆっくりと体を回復させたし、リハビリも出来たのでこの程度の道はどうと言う事もない。
 なんの気負いもなく、自然に気配を消して歩く。瓶の音はするものの、野生の小動物たちが逃げ出すこともないほど、静かに野を渡って行く。

 こう言う静かな時は貴重だ。ここ最近色々ありすぎた。しばらく、何の責任もなく過ごしたいと思うがそれは叶わないかもしれない。

 ソランジェに指定された村が見えてきたようだ。
 入り口には見張りのような人物は居なかったが、中に人の姿が見えた。

「すいませんが」

 声をかけると、笑顔で教えてくれる。のんびりした、暖かい村だと良い印象を受けた。
 瓶の納品先は診療所兼冒険者ギルドらしい。小さな村の中で1番大きな建物になるので迷う事はなかった。

「こんにちは」

 声をかけて、扉を開けると中から子供が走って出てきた。

こら、また転んで怪我するぞー!

 奥から男の声がした。この診療所兼冒険者ギルドを利用しているのは、村の子供だけのようだ。本当にひなびた良い村だ。

「あ、すいません…お客さんでしたか」

 のんびりと声の主が顔を出した。

「あ」

「え」

「リィンさーーーん!」

「チェルン?ほんとにチェルンか⁈」

 吹っ飛んで来て、ベタベタと全身を触り、両手で握手する。

「うわーうわー!お久しぶりです!うわーー嬉しい!またリィンさんに会えるなんて!」

「大袈裟だよ、チェルン。元気だったかい?」

「そりゃもう!」

 チェルンは一欠片の邪気もなく、にっこり笑った。

 チェルンはアルビオン・オンラインの時の知り合いだ。出会ったきっかけは忘れたが、一緒に始めた友達はさっさとレベルが上がってしまい、一緒に冒険が出来なくなった。
 頑張ってあげようとするも、攻撃手段を持たない聖職を選んでいた為、レベルはなかなか上がらなかった。
 落ち込んでやさぐれでいた時に出会い、ちょうどレベルを上げていたソランジェと一緒に戦ったりして、なんとか自信を取り戻して行った。

 ギルドには誘ってみたが入らなかった。人と戦うのは苦手だなと言った。そう言う人も多い。
 引退するまで良く遊んでいた1人だった。

 チェルンからは純粋な感謝しか感じない。それが今は何とも心地よい。

「これ、頼まれたんだ」

 かちゃんと瓶のたくさん入って箱を下ろす。

「あ!ソラナミンC!ソランジェの家に行ってたんですか!」

「うん」

 ありがとうございます!チェルンは箱の中身を1本、リィンに渡す。

「飲みました?コレ」

 首を横に振る。あの家を出る時に始めて見たくらいだし。

「美味しいんですよ、シュワッとしてて」

 飲んでみて下さいと言われ、瓶を開ける。まさにハツラツな味と、違う味が混じっている。しかしとても美味しい。

 この味、知っている。

「これ、特級ポーション…?」

「そうですよねぇ…やっぱり」

 ちゃぽちゃぽとソラナミンCを振りながらチェルンはため息をついた。

「先生ーソラナミンC届いてた?1本くれー」

「はいどうぞ!いつも言ってますがいっぺんに飲まないで下さいよ!」

 村人だろうおじさんが瓶を1本持って行く。その後も体つきの良い男たちがやってきて、1本また1本と持って行く。

「僕ね 知らなかったんですよ。ソランジェさんがちょっと元気になるジュースって言って、仕事で疲れている村の人たちに無料で配ってるコレ」

 特級ポーションなんて普段は口にするものじゃないからなぁ。一生掛かっても口にしない人間も多いはず。
 何せ高いのだ。材料も希少なものを使うが、調合できる錬金術師が本当に少ないのが理由だった。

 だからソランジェを作った。

「そうだね」

「こんな高価なものを、無料でたくさをん…申し訳なくて、止めるようにお願いしても全然聞いてくれないんです」

「うーん、あー…良いんじゃない?」

「良いって!そんな簡単に!」

「ソランが好きでやってるんだろう?」

「でも!」

「あいつ、別の所で馬鹿稼ぎしてるから問題ないよ」

 今回、カティスから幾ら巻き上げたんだ?

「困ります!リィンさん、止めてください!」

「チェルン、誰が困っているんだ?」

「え…僕…ですけど」

にっこり笑ってやる。

「それ、チェルンがワリを食うヤツ。諦めなよ」

「うわーーーーー!」

 本当に床にうずくまってしまった。


「で、私も聞きたいんだけど、どうしてチェルンがこんな山奥に居るのかな?」

 チェルンは高度神聖魔法の使い手だ。聖女には劣るが、大抵の怪我や病気を癒す事が出来る。
 この大陸で10本の指に入るくらいの実力がある。完全に力を持て余して、腐らせている。

「僕……やっぱり都会って苦手だったんですよ」

 チェルンは遠い目をした。

「リィンさんやソランジェ。シターンの皆さんと色々やった時は本当に楽しかった。幼馴染みから捨てられ、友達だと思っていた奴らから裏切られた時の辛さと痛みを忘れてさせてくれた」

 でも、シターンは国を作った。ソレルや私はとても忙しく、チェルンと会う暇もなくなって行った。
 チェルンは遠慮深すぎる性格だ。間違いなく、私たちに会うことをためらって諦めたんだろう。

「僕には都会は合わない」

 無意識に、左手をさする動作。何か事件があったんだろうな、きっと体か心かどちらかに傷を残すようなことが。
 私やソレルと行動をすれば、いやでも目立つことになる。そして、その庇護者たちが現れなくなったら、反撃すらできない聖職者はどういう扱いを受けるだろうか。

「そうか、合わなかったか」

 すまないと、言わなかった。謝られてもチェルンは困るだけだろう。昔に起こった事件を思い出して辛い気持ちになるだろう。
 
「ええ、この村の生活はとても合ってます。そして楽しいですよ!」

 とても強くて眩しい笑顔を、嬉しく思った。









 

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