上 下
37 / 64

37 お話でしか聞いた事がなかったもので

しおりを挟む
「ふわぁあ……たくさん、人が……」

「そうですね、この辺りがメインの街並みになります。アイリはマルグの街並みは初めて?」

「はい、外交でもこちらの国へ来たことはありませんでした」

 マルグ国は一つ国を挟んだその先の国です。隣接した国へは出かけましたが、そんな時でも魔道トンネルを使わないと駄々を捏ねる方がいらっしゃったので、あまりの長旅はしたことがありませんでした。

「マルグ国は東に山脈が連なっていてね。そこら辺に多くの鉱山がある。石炭が採れるんだが、そこにダイヤモンド鉱床がかなりの確率で現れるんだ。他にも色々な石があって……金属と宝飾が盛んだね。街はそうでもないけれど、東へ行くに従って精錬所や加工所が立ち並ぶよ」

「まあ……素敵……。見学してみたいです」

「宝石を?」

「いえ、工場を。ナザールには金属加工の工場はありませんでしたから」

 一体どういう風になっていて、どうやって作られているんでしょう!とても気になります。

「宝石は良いのかい?」

「どういう細工をするのか、細工職人の方々には会ってみたいですね」

 細かい仕事が得意なのでしょうか?職人気質でよそ者が行ったら怒鳴られてしまうかもしれませんね。本で読んだだけですが、一度怒鳴られてみたいものです。

「加工された宝石は要らないの?」

「宝石一つでは民を養うことは出来ませんから」

 たった一つの価値ある石よりずっと長く一生出来る仕事の方が素晴らしいです。この中にもそんな職人さんがいるのかと行き来する人々を眺めていると、シュマイゼル様があはは、と口を開けて笑っていらっしゃいます。わ、わたくし可笑しなことは言っていないはずですが……?

「今日は……いや、これから少しの間、アイリでいる間は忘れて楽しみましょう!王妃であること、仕事の事は後からでいいでしょう?私も一般的なデートはよくわかりませんが、とりあえず宝飾店に入って何か買うらしいですよ、さあ行きましょう」

「え、わたくし、特に欲しい物は……」

「私が買いたいんです。付き合ってください」

 少し強引ですが、引っ張られるように宝飾店に入り、あまり大きくないダイヤのついたネックレスを買っていただきました。

「マナー講師の女性が言うんです。ダイヤなら、どこへつけても問題ないから迷ったらこれにしなさいって。なるほど言われてみれば彼女は正しいです」

「そうですね、特産という事を考えれば……」

「仕事用ならもっともっと大きい物を用意しますけれど?」

 い、一体おいくらになるんですかっ!?

「個人でのプレゼント用ですから、今日はこの辺で」

「……ありがとう、ございます」

 こんな風に個人的に何かを買っていただいたのは家族以外では初めてだったかもしれません。それから勧められたカフェへ行きました。

「ディア・アプリコットという我が国の貴族の女性なら誰もが一度は足を運ぶ人気店です。母上たちも昨日レンブラントを連れてここに来たようですね。季節のケーキがお勧めですが、軽食も美味しいし、お茶の種類も多いので何度来ても飽きないそうですよ」

「わ、わたくし……初めてこういうお店に参りましたので……あの……」

 メニューをみても目移りばかりしてどうしたらいいか分かりません。そういえば学生時代にクラスの女生徒たちが婚約者とカフェに行ったと嬉しそうに話していましたね。皆さん、こういうところでお食事をなさっていたんですね。
 わたくしは、婚約者時代からエルファード様に疎まれておりましたし、勉強が忙しくどこかへ出かけた事などありませんでした。勉強の合間にソリオ料理長が街のカフェの人気スイーツを真似して作ってくれたパフェなどはいただきましたが……こうして出向いて食べるのは初めてです。

「では、私に注文させてください」

 店員を呼び、スラスラと名前をあげていらっしゃいましたが、店員がいなくなった後で

「私もこういうおしゃれなお店は初めてですよ。なんだか緊張しますね」

「そうは見えません……いつも落ち着いていらっしゃいますし」

「まさか!私はいつも落ち着きがないと皆に叱られる方で……」

 気さくに子供の頃から乳母に叱られる事、側近候補たちと城を抜け出して迷子になった事、学生時代のやんちゃ話、冒険者になりたくて冒険者ギルドに行ってみた事など面白おかしく話してくださいました。
 あまり待たされる事なく、可愛らしいケーキやお茶が運ばれて来ました。いただきましょう、の言葉にこくりと頷いてカトラリーを持ち上げます。

「美味しい……」

「本当ですね。茶葉も海の向こうの物もあるとか。半発酵で甘みを入れずに飲むのだそうですよ」

「まあ……」

 シュマイゼル様は色々な事を知っていらっしゃって、彼との時間はとても楽しいものでした。

「今日は時間がないので、もう帰りましょう。次は一日かけてデートしましょうね」

「……はい」

 とても楽しかったので、つい次の約束に返事をしてしまいました。これで良いのでしょうか……?わたくし、流されていませんか?


しおりを挟む
感想 175

あなたにおすすめの小説

私と結婚したくないと言った貴方のために頑張りました! ~帝国一の頭脳を誇る姫君でも男心はわからない~

すだもみぢ
恋愛
リャルド王国の王女であるステラは、絶世の美女の姉妹に挟まれた中では残念な容姿の王女様と有名だった。 幼い頃に婚約した公爵家の息子であるスピネルにも「自分と婚約になったのは、その容姿だと貰い手がいないからだ」と初対面で言われてしまう。 「私なんかと結婚したくないのに、しなくちゃいけないなんて、この人は可哀想すぎる……!」 そう自分の婚約者を哀れんで、彼のためになんとかして婚約解消してあげようと決意をする。 苦労の末にその要件を整え、満を持して彼に婚約解消を申し込んだというのに、……なぜか婚約者は不満そうで……? 勘違いとすれ違いの恋模様のお話です。 ざまぁものではありません。 婚約破棄タグ入れてましたが、間違いです!! 申し訳ありません<(_ _)>

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。ありがとうございます。

黒田悠月
恋愛
結婚式の夜、夫が別の女性と駆け落ちをしました。 とっても嬉しいです。ありがとうございます!

【完結】彼の瞳に映るのは  

たろ
恋愛
 今夜も彼はわたしをエスコートして夜会へと参加する。  優しく見つめる彼の瞳にはわたしが映っているのに、何故かわたしの心は何も感じない。  そしてファーストダンスを踊ると彼はそっとわたしのそばからいなくなる。  わたしはまた一人で佇む。彼は守るべき存在の元へと行ってしまう。 ★ 短編から長編へ変更しました。

初耳なのですが…、本当ですか?

あおくん
恋愛
侯爵令嬢の次女として、父親の仕事を手伝ったり、邸の管理をしたりと忙しくしているアニーに公爵家から婚約の申し込みが来た! でも実際に公爵家に訪れると、異世界から来たという少女が婚約者の隣に立っていて…。

【完結】不誠実な旦那様、目が覚めたのでさよならです。

完菜
恋愛
 王都の端にある森の中に、ひっそりと誰かから隠れるようにしてログハウスが建っていた。 そこには素朴な雰囲気を持つ女性リリーと、金髪で天使のように愛らしい子供、そして中年の女性の三人が暮らしている。この三人どうやら訳ありだ。  ある日リリーは、ケガをした男性を森で見つける。本当は困るのだが、見捨てることもできずに手当をするために自分の家に連れて行くことに……。  その日を境に、何も変わらない日常に少しの変化が生まれる。その森で暮らしていたリリーには、大好きな人から言われる「愛している」という言葉が全てだった。  しかし、あることがきっかけで一瞬にしてその言葉が恐ろしいものに変わってしまう。人を愛するって何なのか? 愛されるって何なのか? リリーが紆余曲折を経て辿り着く愛の形。(全50話)

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...