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49. 解呪

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 ――バタン。

 地下室のドアを開けると、メディアンヌ・グレーデンは花を生けていた
手を止めて、こちらを見た。

 エミーリアが「奥様は、金庫がある地下室にいらっしゃるでしょう」と
推測していた通り、元お義母様――メディアンヌ様はやはり今日も地下室
にいた。

 憎きファストラル家から輿入れしてきた嫁がいる間は、また財産を奪わ
れてはなるものか――と最大限の警戒をしていたのが、すっかり習慣と
なってしまっているようだ。

 最近は息子アリウスが心配で居ても立ってもいられない心を少しでも
落ち着かせるために、毎日のように部屋に花を飾ったり、ハーブティーを
飲んだりしているという。

 けれど、それは効果がなさそうだ。

 現に今も、使いに出したエミーリアが気になって仕方がなかったのか、
 花瓶かびんには2本しか花が生けられておらず、手にしていた花も乱雑にテーブル
に置いたくらいだ。

「エミーリア、早かったのね!」

 期待と不安の入り混じった顔で、相手も確かめずにメディアンヌ様が
尋ねる。

「初めまして、マダム」

 私たちの先頭にいたオルトお兄様はそう言って、丁寧にお 辞儀じぎをして
 微笑ほほえみかけた。

「ま、まあ……! なんて素敵な……いえ、初めまして。私はメディアンヌ・
グレーデン。この屋敷の当主アリウス・グレーデンの母親です。……母親です
けれど、夫はとうに亡くなり、独り身ですのよ!」

 オルトお兄様の 挨拶あいさつに、今まで見たことのないような笑顔で、元お義母さま
が自己紹介をする。

「何を色気づいて、ちゃっかり独身アピールしているのですか。そんなに
チョロいから、行きずりの白魔術師なんかに だまされるのですよ」

 レミーが横から出て来て指摘すると、元お義母さまの表情は一気に くもった。

  そばに控えていた侍女たちは、真っ青な顔で下を向く。
 よく見ると、侍女たちは先日私を訪ねて来た二人だった。

「どうしてあなたがここに? 散々無礼なことをしておいて、よく顔を出せた
ものね!」

 早速不機嫌になるメディアンヌ様。
 後から面倒になるのも嫌なので、この流れで私も存在をアピールしておく。
 元お義母さまにしても、文句を言うなら一括した方が楽だろう。 

「私も居りますのよ。元、お義母さま」

「……エミーリア、これは一体どういうこと?」  

 私の姿を認めた元お義母さまは、怒りを私本人ではなく、エミーリアに
ぶつける。

「言っておいたでしょう? ファストラル家の銭ゲバ女なんかには会いたく
ないから、直接アリウスの隠れ家まで行かせなさいって!」

 ――そういう内輪話は、本人の居ないところでするものだと思うけれど。

 今更こんな言葉に傷つくことはないが、手紙以上に自分勝手な話を展開する
元お義母さまに、エミーリアが申し訳なさそうな顔をしているのが忍びない。

「これは困った! マダム、このタリアは私の大切な妹なのです」

 お兄様が私の肩を抱き寄せ、高らかにそう告げると、マダムこと元お義母さま
は露骨に眉を ひそめた。

「あら、あなたまさかファストラル家の……?」

「ええ。オルト・ファストラルと申します。ですが、マダム。今日私どもが
伺ったのは他でもない。あなたにかかった魔術を解くためなのです」

「それは……そんなことが、本当に……?」

「論より、証拠! さあ、タリア!」

 お兄様に促され、私はうなずく。

「トーリス・ラルバンの名によって、汝にかけられし術を解除する!」

 私が精一杯声を張り、自信満々でビシッと人差し指を突きつけると、
メディアンヌ様の身体から黒い霧状のものがブワッと飛び出し、周囲の
空気の中へと消えていった。

「まさか、そんな簡単に……できる訳が……!」

「マダム、お手をどうぞ。エスコートいたします」

 戸惑うメディアンヌ様の手を取ると、いささか強引にお兄様は屋敷の外へと
連れ出す。

 それでもエントランスの扉を くぐる時には、強く目を つむり、足を止めて
しまった。今までの経験、トラウマが蘇ったのだろう。

 だがお兄様に手を握ったまま優しく背中を押して促されると、思い切って
一歩踏み出す。

 ――すると何事もなく外に出られた。

「出られた! 私、屋敷の外に出られたわ!」

「ええ! 奥様、本当に、本当にようございました!」

 エミーリアも侍女たちも泣きながら、元お義母さまとお互いの手を取って
涙にくれている。


 オルトお兄様の読みは当たった。

 アリウスの妹レイアが居た頃、エミーリアが目にした白魔術師の指輪――
それが決め手になった。

 白魔術師の指輪は、私の実母――お母様が元婚約者のトーリスに渡した
指輪と同じ上級白魔術がかけられた呪具だったのだ。

 この上級白魔術は、ファストラル家の当主のみが代々術式を受け継いでいる
門外不出の魔術なので、世の中に2つとない。

 その指輪である証拠に、白魔術師が指輪にかけられた白魔術を解呪しようと
すると、光を伴う反発現象が起こっていた。
 それがレイアのお気に入りの「指輪が金色の光に包まれる魔術」の正体
だったのだ。

 ――ファストラル家の一員である私ですら、オルトお兄様に教えてもらう
まで知らなかったことだが。

 いずれにせよ、そこまで分かれば、後は簡単だ。

 白魔術に限らず、魔術は「魔術をかけた人間の名前」によってのみ解呪できる。
 今までは「サミュエル・ファストラル」という偽名しか知らなかったから
解呪できなかっただけなのだから。


「――これでもう、愛しい息子を助けに行けますよね」

 私の言葉に、元お義母さま――メディアンヌ様は素直にコクリと頷いた。
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