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44. 兄のみぞ知る名前
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「実は魔族どもは勝利をしたというのに、あれからまるで攻め寄せて来る
気配がないのだ。もちろん何らかの戦略を実施するタイミングを計って
いる可能性もある。ゆえに油断は出来ないがな」
そういった状況なので、王宮でも 臨戦態勢だった高官たちも、
順番に休息をとることにしたのだという。
もちろん急な知らせが来たら、全員ただちに王宮へ出向くという条件
付きで。
「妙な話ですね。戦況は圧倒的に魔族側が有利だというのに」
ルキウスが首をひねる。
「ああ、だから我々もしばらくは警戒を解かなかった。だが今の今まで
奴らの動きに変化はない。となれば、我々に残された道は『幸運にも
訪れた休暇を 満喫する』くらいしかない、という訳だ」
「……恐れながら、戦況はいつ変わるか分かりません。あまりのんびり
構えているというのは――」
ルキウスが異議を唱えると、すかさずお兄様も応じる。
とても先ほどまでの言動をしてきたとは思えない。
「もちろん、その点はぬかりない。精鋭の 斥候を送り、状況確認を
している。大軍を率いて戦地に向かえば、相手も反応して大挙して
こちらに押し寄せてくるかもしれないからな」
続けてお兄様は、情報伝達の方法が安全で効率的であることが開戦前
の段階で実証されたものであることも付け加える。
こういう姿を目の当たりにすると、我が兄ながら、やはり「黄金の君」
と称えられるだけの存在であると実感する。
「そうでしたか……お仕事の邪魔になっていないのであれば、良かった
です」
「邪魔なわけがないだろう! 私はお前が屋敷に帰ってきてからという
ものの、仕事中もずっと案じていたのだぞ。優しいお前のことだ。私の
仕事に遠慮して、私の写真を見ては涙に暮れる日々を送っているのでは
ないかとな……」
お兄様は私の頭を撫でながら、そんなことを言う。
もちろんそんなことは一度たりともないのだが――。
便乗してなぜかドルクも私の髪を撫でようとして、レミーに阻止された
挙句、手首を縛り上げられたうえ、元の席へと戻される。
それでも本人的には不服らしく大声で反論する。
「やましい気持ちではないですぞ! 俺はただ、黄金の君の家族愛に心を
打たれてのあくまで純粋な気持ちでありまして……!」
「次は腕ごといきます」
だがそれもレミーの一言で静かになった。
ようやく本題に入れる。
私はこの機を逃すまいと、すかさずお兄様を促した。
「では、お兄様」
「ああ。では早速だが、ファストラル家が憎まれるような心当たりは、
全くない! 私も父上も他人に恨まれるようなことは避けてきたし、
証拠は残さぬよう配慮してきたからな」
何かはしたのね……と思いつつも、この父と兄の器量は身近で見て
よく知っている。
何らかの 謀略があったとしても、相手を殺したり身体や名誉を 露骨に
傷付けるような 遺恨を残すようなやり方はしない。
もっと上手に――そう相手にすら気づかないように、自分たちに
有利な方向へもっていく。
実際にグレーデン家以外で毛嫌いされることはおろか、ファストラル
家の血筋であることは名誉にこそなれ、 蔑まれることなどなかった
――グレーデン家以外では。
「そうですか……それなら、やはり私個人が気に食わないだけだったのかしら……」
「そんな訳があるか! タリア、お前は魅力の 塊だ。不足など存在しない!」
「でも……」
「可哀そうに……グレーデン家で受けた傷がまだ 癒えぬのだな……許しがたい」
ギリギリと歯を食いしばり、お兄様が拳を握る。
「分かります――傷は消えないんですよね。ああ、自分がもっと察しが良ければ
仲間たちが……!」
若い騎士が自分の体験と共通するものを感じ取り、すかさず兄に同調する。
また本題から逸れてしまいそうな気配を察して、ルキウスが口を挟んだ。
「お気持ちは分かりますが、オルト様、本題をお忘れなく……!」
「ああ、失礼。……タリア、お前が自分を 卑下する必要はない。私の話には
続きがあるのだ。聞いてくれるか?」
「ええ、もちろん」
「憎まれるようなことはしていないが、 逆恨みをしていると思しき人物は
いないこともない」
「そ、それはどなたですか?」
「――トーリス・ラルバンだ」
――誰?
「皆、当然知っているだろうが……」と言うニュアンスを含んだ口調で、
満を持して兄が出した名前だが、私にはまるで聞き覚えのない名前だ。
「オルト様、その方はどういった……?」
ルキウスも知らないようだ。
同席している他の3人も、こぞって「誰、それ?」という表情をしている。
皆の反応に、やれやれと両手を上げる仕草をするとお兄様は、トーリス・
ラルバンの正体を明かしてくれた。
「亡くなった母上の元婚約者だった男だ」
気配がないのだ。もちろん何らかの戦略を実施するタイミングを計って
いる可能性もある。ゆえに油断は出来ないがな」
そういった状況なので、王宮でも 臨戦態勢だった高官たちも、
順番に休息をとることにしたのだという。
もちろん急な知らせが来たら、全員ただちに王宮へ出向くという条件
付きで。
「妙な話ですね。戦況は圧倒的に魔族側が有利だというのに」
ルキウスが首をひねる。
「ああ、だから我々もしばらくは警戒を解かなかった。だが今の今まで
奴らの動きに変化はない。となれば、我々に残された道は『幸運にも
訪れた休暇を 満喫する』くらいしかない、という訳だ」
「……恐れながら、戦況はいつ変わるか分かりません。あまりのんびり
構えているというのは――」
ルキウスが異議を唱えると、すかさずお兄様も応じる。
とても先ほどまでの言動をしてきたとは思えない。
「もちろん、その点はぬかりない。精鋭の 斥候を送り、状況確認を
している。大軍を率いて戦地に向かえば、相手も反応して大挙して
こちらに押し寄せてくるかもしれないからな」
続けてお兄様は、情報伝達の方法が安全で効率的であることが開戦前
の段階で実証されたものであることも付け加える。
こういう姿を目の当たりにすると、我が兄ながら、やはり「黄金の君」
と称えられるだけの存在であると実感する。
「そうでしたか……お仕事の邪魔になっていないのであれば、良かった
です」
「邪魔なわけがないだろう! 私はお前が屋敷に帰ってきてからという
ものの、仕事中もずっと案じていたのだぞ。優しいお前のことだ。私の
仕事に遠慮して、私の写真を見ては涙に暮れる日々を送っているのでは
ないかとな……」
お兄様は私の頭を撫でながら、そんなことを言う。
もちろんそんなことは一度たりともないのだが――。
便乗してなぜかドルクも私の髪を撫でようとして、レミーに阻止された
挙句、手首を縛り上げられたうえ、元の席へと戻される。
それでも本人的には不服らしく大声で反論する。
「やましい気持ちではないですぞ! 俺はただ、黄金の君の家族愛に心を
打たれてのあくまで純粋な気持ちでありまして……!」
「次は腕ごといきます」
だがそれもレミーの一言で静かになった。
ようやく本題に入れる。
私はこの機を逃すまいと、すかさずお兄様を促した。
「では、お兄様」
「ああ。では早速だが、ファストラル家が憎まれるような心当たりは、
全くない! 私も父上も他人に恨まれるようなことは避けてきたし、
証拠は残さぬよう配慮してきたからな」
何かはしたのね……と思いつつも、この父と兄の器量は身近で見て
よく知っている。
何らかの 謀略があったとしても、相手を殺したり身体や名誉を 露骨に
傷付けるような 遺恨を残すようなやり方はしない。
もっと上手に――そう相手にすら気づかないように、自分たちに
有利な方向へもっていく。
実際にグレーデン家以外で毛嫌いされることはおろか、ファストラル
家の血筋であることは名誉にこそなれ、 蔑まれることなどなかった
――グレーデン家以外では。
「そうですか……それなら、やはり私個人が気に食わないだけだったのかしら……」
「そんな訳があるか! タリア、お前は魅力の 塊だ。不足など存在しない!」
「でも……」
「可哀そうに……グレーデン家で受けた傷がまだ 癒えぬのだな……許しがたい」
ギリギリと歯を食いしばり、お兄様が拳を握る。
「分かります――傷は消えないんですよね。ああ、自分がもっと察しが良ければ
仲間たちが……!」
若い騎士が自分の体験と共通するものを感じ取り、すかさず兄に同調する。
また本題から逸れてしまいそうな気配を察して、ルキウスが口を挟んだ。
「お気持ちは分かりますが、オルト様、本題をお忘れなく……!」
「ああ、失礼。……タリア、お前が自分を 卑下する必要はない。私の話には
続きがあるのだ。聞いてくれるか?」
「ええ、もちろん」
「憎まれるようなことはしていないが、 逆恨みをしていると思しき人物は
いないこともない」
「そ、それはどなたですか?」
「――トーリス・ラルバンだ」
――誰?
「皆、当然知っているだろうが……」と言うニュアンスを含んだ口調で、
満を持して兄が出した名前だが、私にはまるで聞き覚えのない名前だ。
「オルト様、その方はどういった……?」
ルキウスも知らないようだ。
同席している他の3人も、こぞって「誰、それ?」という表情をしている。
皆の反応に、やれやれと両手を上げる仕草をするとお兄様は、トーリス・
ラルバンの正体を明かしてくれた。
「亡くなった母上の元婚約者だった男だ」
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