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15.怒れる貴婦人

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 目が覚めると、そこには心配そうに私の顔を覗き込むアリウスがいた。

「……ア……リウス? ……本当に……アリウスなの?」

 あまりに私にとって都合の良すぎる展開に、とても現実のこととは
思えない。

 そもそも私は賊の馬車牢に囚われていたはず。
 頭が現実に追いつけない。

「そうだ。俺は君の伴侶アリウス・グレーデンで、ここは君の部屋だ。
もちろん俺たちの屋敷の中のな。思い出したかな、タリア殿?」

 お道化ているのか、芝居がかった口調でアリウスが言う。

 久しぶりに聞く優しい口調で私を案じてくれる様子は、結婚前の幸せな
日々を彷彿とさせる。
 握ってくれている手を頼もしく感じながら、ゆっくりと周囲を見回す。

 するとアリウスの言うとおり、今いるこの場所はグレーデン家で私に
与えられた私室だった。

「確かにここは私の部屋だけど、どうして……? だって私は……」

「賊のことなら心配ない。俺たち騎士団が殲滅した。……だから今は眠って
身体を休ませていればよい。疲れただろうからな」

「……アリウス!」

 やはりアリウスは頼りになる。
 その証拠に今回もこうやって私を助けてくれた。
 感極まった私は、ベッドサイドに座るアリウスの肩にもたれ掛かる。

「もう大丈夫だ」

 アリウスはそんな私の頭を優しく撫ぜる。
 しばらく無かった穏やかで優しい時間に、私が胸がいっぱいになった。

***

 しかしそんな夫婦水入らずの貴重な時間は、唐突に終わりを迎えた。

 ドスドスドス……。

 不機嫌丸出しの大きな足音が、こちらに向かってくる。
 同時に聞こえてくる大声で牽制しあう人の声。

 何事かと私がアリウスと顔を見合わせていると、勢いよく私の部屋の扉が
開き、年配の女性が憤怒の形相で現れた。

 そしてベッドから身を起こしアリウスに寄り添っている私をキッと睨み
つけると、強い口調で捲し立てた。

「あなた、一体どういうつもりなの? 嫁いで一月も経つのに私のところに
挨拶ひとつもしないどころか姿すら見せないで、挙句の果てにアリウスの足
まで引っ張るなんて!」

「……あ、あの……どちら様ですか?」

 本当に今日が初対面なので、なぜ彼女がこんなに怒っているのかさっぱり
理解できない。

 だがそんな私の態度が更に彼女の地雷を踏んでしまったのか、ますます
ヒートアップする。

「まあ、白々しい! さすがファストラル家の人間ね!」

 ボルテージが上がる一方の彼女に、後ろから若い男性が宥める声がする。

「奥方様! タリア様は決してそんなつもりは……これには何か行き違いが
あるかと……」

「……ルキウス!」

 まさかグレーデンの屋敷に元護衛係のルキウスが居るとは想像もして
いなかったので、私は驚いて叫んだ。

「ふうん。ファストラル家の主従は随分と仲がよろしいのね。不義理な主人を
庇いにわざわざ嫁ぎ先にやって来るくらいですものね。どんな関係なのか、
知れたものではないわ!」

「ご、誤解です!私はただタリア様の身を案じて……」

 実家ではいつも冷静沈着だったルキウスが慌てている。
 それほどに女性の私、ひいてはファストラル家への怒りはすさまじかった。

「あなたはもう出ていきなさい!ファストラル家が大貴族だとしても、ここは
グレーデン家。家の問題に口を出さないで頂戴!」

「しかし私もタリア様の処遇を見届けなければ帰ることは……!」

「それはそちらの都合でしょう? ファストラル家の者は使用人までこうも
生意気なのね!エミーリア、お客様がお帰りよ。さっさとエントランスに
案内して!」

「……承知しました」

 ベッドにいる私からは見えない位置にいたエミーリアが「ルキウス様、
申し訳ありませんが、こちらへ……」と歯切れの悪い口調で案内する声が聞こえる。

 ここまでされてはルキウスも帰らざるを得ない。
 心配そうに私の方を振り返りながら、ルキウスは去っていった。

 女性の厳しい視線が今度は私へと向けられる。

 長い髪を後ろに丸く結った背の高い彼女は、姿勢が良いこともあって、
腕を組んで睨まれると威圧感が半端ない。

「アリウ……いえ、旦那様。あの方は……?」

 彼女を刺激しないよう小さな声で尋ねる。
 万一彼女の耳に入ってもいいように、言葉遣いにも気を付けた。 

 どこの誰か分からないが、気難しいのとグレーデン家の関係者であること
だけは明白なのだ。細心の注意を払う必要がある。 

 彼女がこの部屋に乱入して以降、一言も発しなかったアリウスは、
ここでようやく私に負けないくらい小さな声で教えてくれた。

「……俺の母上だ」
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