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代赭
0.34 ふたたび道を進む
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限定10日間の “カフェ期間” を終えた次の日。
僕は、琉央と第四研究室の結姫を伴って、第一研究室に足を運んでいた。
研究室の中で一番の設備を誇るこの研究室は、僕たちの “後片付け” 、つまり無害化された丹電子障害患者の死体の撤退と、丹電子障害に侵された奇形個体の研究を行なっている。
人体実験とも言えるような倫理的許容水準スレスレの実験を行う研究室として、国家防衛隊の上層部でさえも恐れている研究室だ。
けれどその実、長である目の前の睦琥央輔先生は気さくな人で。僕が12歳でここに来た時から世話になっている、信頼の厚い先生だった。
「回収された死体を解剖した時もたまげたがなぁ……」
睦先生があごひげを撫でながら首を捻った。
「上に報告する前に相談に来てよかった。やはり、睦先生でも初めて見る形態でしたか」
僕が尋ねると、先生は「ああ」と言って、次は綺麗に剃りあげた頭をぽりぽりと掻いた。
先生の目の前のモニタには2体のカイカイさんの画像が並んでいる。僕と琉央が記録した写真だ。
一方には、僕達が見知った丹化第三形態ヒトガタ、いわゆる三形、俗称カイカイさんが無害化された後の残骸の様子が。もう一方は、頭部がなく全身に目玉が付いている、魁を瀕死に追い込んだ例のヤツの姿が収められている。
カイカイさんは、ヒトの脳と脳神経がおよそ8割以上丹に侵されることを発端に丹として自立し徘徊を始める。つまり、頭ごと脳みそがないカイカイさんは、カイカイさんと定義できない亜種と定義される。
「百目鬼みてぇなツラしてやがる」
亜種の画像を拡大しながら睦先生が眉間に皺を寄せる。
「現在のところ正体不明。まさに “妖怪” ですよ」
僕は言いながら先生の横に並ぶ。
「それに今回の件、この亜種の存在もさることながら、大きく3つ不審点があります。出現経路、自らの意思を持って動く腕、そして今までにない不審な無害化についてです」
「また大量の謎解き要素を盛り込んだもんだなぁ」
睦先生が頭を搔いた。
「それに私はその無害化…… “聲” というやつに疎くてな……」
「それならご説明します」
結姫が言いながら、すかさず先生の近くに寄る。結姫は睦先生同様、僕たち同調能力者に寄り添ってくれる数少ない研究員の一人だ。こういう時、頭がキレる結姫はとても頼りになる。
「 “聲” とは、警衛委員会内での呼称です。これは同調能力を有する者が丹と同調する際に聴こえるという……俗に言えば “幻聴” です。
ですが、同一の丹と同調・共鳴した者同士が同じ “聲” を聞いたと多くのケースで証言しています。つまり “同調能力を有する者のみが感知できる感覚” 、と表現するのが適切でしょう」
「ふむ、なるほどな」
睦先生はあごひげを撫でる。
「同調幻聴……同聴とでも命名するか」
「話をする上で同じ読みの単語を2つ以上登場させるのは語弊が生まれますやめてください」
結姫の怪訝そうな声に睦先生は笑って「冗談だろうよ~」と付け加えた。
「その “聲” とやらは私もきちんと勉強しておこう。だが、先ずは出現経路を洗い出したい。話はそれからだ。そこの目星は付けてあるのか? 傳先生」
先生と言われた琉央は面倒くさそうに顔を上げる。
「先生と呼ぶのはやめてください」
「何を言う。第二研究室の主任は傳先生だろう。自覚を持て」
「僕は所詮お飾りに過ぎない」琉央がため息を吐いた。
「勝手に推薦されて、いつのまにか僕の名前がそこにあった」
「君の論文は私も嫉妬するほど優れたものばかりだ。含満先生が推薦した気持ちも分かる」
「経験談に実数値を照らし合わせて証明したに過ぎません」
「まぁそう言うな」
睦先生の言葉に、琉央はまた一つため息を吐いて、手元で煽っていたタブレットをデスクの真ん中に置いた。
「亜種の方は僕と魁が “空から降ってきた” のを目撃した。つまり空中から出現した、ということになります。これも奇怪で経緯を解明する必要がありますが、三形の出現経路も不明確な部分が多い。
魁の報告にもあった通り、出現の痕跡は近くの障害物に確認できませんでした。周囲にあの個体が隠れられそうな地下空間に通じる穴や出入り口もない」
「どちらも “出現経路不明” か」
「はい。しかし一つ見逃していたことがあります。この両個体に遭遇する前、僕は微量の丹が同時多発的に発生した事を確認していました。
僕の作成した測定器はまだ試作段階で位置特定に大きな誤差が出るので、結局現場で最終的確認が必要ですが……」
琉央は言ってデスクのタブレットに地図を表示させる。
「丹が出現していたポイントを示した地図です。僕と魁で調査した非出現場所を元に、魁の入院中にシュンが追加調査、無害化したものを追加しました。シュンが対応しきれなかった箇所は、日が高い時分に、僕と魁で買出しついでに無害化済です」
「はいはい。仲良しね」
結姫が呟く声が聞こえて思わず僕は、ふふっと笑う。
「真面目に話してるんだ」
琉央に怒られ、僕は結姫の分まで「ごめん」と呟いた。
僕は、琉央と第四研究室の結姫を伴って、第一研究室に足を運んでいた。
研究室の中で一番の設備を誇るこの研究室は、僕たちの “後片付け” 、つまり無害化された丹電子障害患者の死体の撤退と、丹電子障害に侵された奇形個体の研究を行なっている。
人体実験とも言えるような倫理的許容水準スレスレの実験を行う研究室として、国家防衛隊の上層部でさえも恐れている研究室だ。
けれどその実、長である目の前の睦琥央輔先生は気さくな人で。僕が12歳でここに来た時から世話になっている、信頼の厚い先生だった。
「回収された死体を解剖した時もたまげたがなぁ……」
睦先生があごひげを撫でながら首を捻った。
「上に報告する前に相談に来てよかった。やはり、睦先生でも初めて見る形態でしたか」
僕が尋ねると、先生は「ああ」と言って、次は綺麗に剃りあげた頭をぽりぽりと掻いた。
先生の目の前のモニタには2体のカイカイさんの画像が並んでいる。僕と琉央が記録した写真だ。
一方には、僕達が見知った丹化第三形態ヒトガタ、いわゆる三形、俗称カイカイさんが無害化された後の残骸の様子が。もう一方は、頭部がなく全身に目玉が付いている、魁を瀕死に追い込んだ例のヤツの姿が収められている。
カイカイさんは、ヒトの脳と脳神経がおよそ8割以上丹に侵されることを発端に丹として自立し徘徊を始める。つまり、頭ごと脳みそがないカイカイさんは、カイカイさんと定義できない亜種と定義される。
「百目鬼みてぇなツラしてやがる」
亜種の画像を拡大しながら睦先生が眉間に皺を寄せる。
「現在のところ正体不明。まさに “妖怪” ですよ」
僕は言いながら先生の横に並ぶ。
「それに今回の件、この亜種の存在もさることながら、大きく3つ不審点があります。出現経路、自らの意思を持って動く腕、そして今までにない不審な無害化についてです」
「また大量の謎解き要素を盛り込んだもんだなぁ」
睦先生が頭を搔いた。
「それに私はその無害化…… “聲” というやつに疎くてな……」
「それならご説明します」
結姫が言いながら、すかさず先生の近くに寄る。結姫は睦先生同様、僕たち同調能力者に寄り添ってくれる数少ない研究員の一人だ。こういう時、頭がキレる結姫はとても頼りになる。
「 “聲” とは、警衛委員会内での呼称です。これは同調能力を有する者が丹と同調する際に聴こえるという……俗に言えば “幻聴” です。
ですが、同一の丹と同調・共鳴した者同士が同じ “聲” を聞いたと多くのケースで証言しています。つまり “同調能力を有する者のみが感知できる感覚” 、と表現するのが適切でしょう」
「ふむ、なるほどな」
睦先生はあごひげを撫でる。
「同調幻聴……同聴とでも命名するか」
「話をする上で同じ読みの単語を2つ以上登場させるのは語弊が生まれますやめてください」
結姫の怪訝そうな声に睦先生は笑って「冗談だろうよ~」と付け加えた。
「その “聲” とやらは私もきちんと勉強しておこう。だが、先ずは出現経路を洗い出したい。話はそれからだ。そこの目星は付けてあるのか? 傳先生」
先生と言われた琉央は面倒くさそうに顔を上げる。
「先生と呼ぶのはやめてください」
「何を言う。第二研究室の主任は傳先生だろう。自覚を持て」
「僕は所詮お飾りに過ぎない」琉央がため息を吐いた。
「勝手に推薦されて、いつのまにか僕の名前がそこにあった」
「君の論文は私も嫉妬するほど優れたものばかりだ。含満先生が推薦した気持ちも分かる」
「経験談に実数値を照らし合わせて証明したに過ぎません」
「まぁそう言うな」
睦先生の言葉に、琉央はまた一つため息を吐いて、手元で煽っていたタブレットをデスクの真ん中に置いた。
「亜種の方は僕と魁が “空から降ってきた” のを目撃した。つまり空中から出現した、ということになります。これも奇怪で経緯を解明する必要がありますが、三形の出現経路も不明確な部分が多い。
魁の報告にもあった通り、出現の痕跡は近くの障害物に確認できませんでした。周囲にあの個体が隠れられそうな地下空間に通じる穴や出入り口もない」
「どちらも “出現経路不明” か」
「はい。しかし一つ見逃していたことがあります。この両個体に遭遇する前、僕は微量の丹が同時多発的に発生した事を確認していました。
僕の作成した測定器はまだ試作段階で位置特定に大きな誤差が出るので、結局現場で最終的確認が必要ですが……」
琉央は言ってデスクのタブレットに地図を表示させる。
「丹が出現していたポイントを示した地図です。僕と魁で調査した非出現場所を元に、魁の入院中にシュンが追加調査、無害化したものを追加しました。シュンが対応しきれなかった箇所は、日が高い時分に、僕と魁で買出しついでに無害化済です」
「はいはい。仲良しね」
結姫が呟く声が聞こえて思わず僕は、ふふっと笑う。
「真面目に話してるんだ」
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