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百舌

0.00 Cafe Dawn 5

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 お姉さんが、何故か少し焦った顔で振り返った。ボブのお姉さんが泣きそうな顔でこちらを見ていた。お姉さんもその姿が目に入ったらしい。

 すぐに「何泣いてんの」と、カバンからティッシュを取り出して急にあたふたし始めた。

「あ~もう! ちょっと、ごめんなさい、この子泣いちゃったから、もういいです」

 お姉さんはそう言って、オレにさっさと500円玉を差し出した。はぐらかしたな。と思った。

「まいど」と言って一応それを受け取って、オレはもやもやした気持ちで立ち上がる。

 そのまま椅子を片して振り返らずにその場を離れた。

 分かってるんだな、きっと。自分に足りてないものが。だから言われたくないんだ。

 占って欲しいって、自分から言ったくせに。どうせ都合のいいことだけ聞きたかっただけなんだ。都合のいいことだけ言って欲しいなら、なおさら友達に聞けば十分じゃないか。

 まぁ。どんな事にせよ。未来が分かったところで自分から行動しなきゃなんにもならないし。きっとボブのお姉さんが勇気を出して言うことも、はぐらかして、本人は行動しないで終わるんだろうな。

 自分のことしか大事にできない人は、結局自分を大事にできないんだって。母さんが言ってたな。あの時はふーんって返事をしただけだったけど、今はすごくよくわかる。

 あぁ、嫌だな。

 泣きそう。

 なんで、母さんのことまで思い出してるんだろう。

 なるほど。

 他人は自分の鏡みたいだ。

 嫌でも自分のことを思い出す。

 ここをカフェにした理由、オレは赤い遺伝子じゃないけど、なんとなく分かったかも。

 とはいえ、オレには必要ないことだし。これ以上はまっぴらゴメンだけど!

 しばらくして、目についたテーブルを片していた時だった。後ろから「あの」と声をかけられた。振り返ると、さっきのボブのお姉さんが居心地が悪そうに立っていた。目が少し腫れていた。

「さっきはごめんなさい」そう言って、お姉さんが小さく頭を下げた。

「せっかく占ってくれたのに、なんだか空気を悪くして……」

「いや、全然っ……あの、」

 頭をあげてください。そう言おうとしたら、お姉さんがいきなり頭を上げてこちらを真剣な顔で見つめてきた。

「あの子のこと占ってもらったのに……なんだか、私の背中を押してくれたみたいで。嬉しかった。ありがとうございます」

「……そう、」

「また来ます。その時は、私のこと占ってください。えっと……」

 お姉さんは言って、名札を探すようにオレの胸元を眺める。

 そういえば、新人とは言ったけど、名前を名乗ってなかったな。

「レン」

 オレは咄嗟に答えてあげた。

 すると、お姉さんが嬉しそうに笑って、それから噛みしめるように

くん」

 そう、オレの名前を呼んだ。

 ドキッとした。

 そしてすぐに寒気がした。

 それが。まるで、オレの本当の名前みたいに聞こえたから。

 背筋が凍る。本当の名前を呼ばれて、自分のことがバレてしまった錯覚に陥ったみたいで。

 そんな訳ないのだけど。

 なんだろう。

 怖い。

 そんなオレの気持ちなんかつゆ知らず、お姉さんは「ありがとう」とにこやかに一言呟いて、そそくさと自分の席に戻ってしまった。

「どーも……」

 オレも随分と遅れて返事を返した。

 聞こえていないかもな。そう頭の端で思いながら、やっぱり底知れぬ謎の恐怖に動きが鈍くなる。

 オレは辟易としながら、そのまま厨房に引っ込んだのだった。

「やるじゃーーん! レンくんさっすが~」

 戻った途端、ニヤニヤしたツツジ君にそう声をかけられた。

「見てたの」

「全部じゃないけどね~」

「じゃあ助けてくれればよかったのに」

「助けなくったって大丈夫そうだったじゃん。レン、占い師の才能あると思うよ!」

「ないやだやらない」

 相変わらずニヤニヤするツツジ君にオレは溜め息をついて、片してきた食器を流し台の中に入れる。

「ほんと疲れた、超怖かった」

 オレが呟くと、ツツジ君が首を傾げて「怖かった?」と聞き返してきた。

 しまった。また面倒なことを……。

 そう、思わず呟いてしまった数秒前の自分を恨んだけど、誤魔化してもなおさら面倒くさそうだな、とオレは諦めて「うん」と頷く。

「なんか……レンって名前呼ばれた時に……本当の名前呼ばれた気がしたから。怖かった」

 オレが言うと、ツツジ君は興味深そうに「ふ~ん」と相槌を打って厨房の小窓からカフェをちらっと覗いた。

 そして「いまハク様が客サバいてるから、一緒に世間話しよ」といたずらっぽく笑った。

 オレもちらっと店内を覗く。

 ハクさんが大学生っぽい女の子三人組に取り囲まれていた。ものすごく困った、面倒くさそうな顔だ。

「ウケる」

 ツツジ君じゃないけど、オレもそう呟いた。
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