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浮上

0.08 出口を探しても

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 傳さんについて厨房の中にはいる。そして、その奥にある冷蔵庫と棚の間の、人が一人分通れるくらいの隙間の、またその奥にある引き戸をくぐる。

 壁と一体化して、一見木製のようなそのドアは、裏は金属製で、まさに “隠れ家の扉” といった感じだった。

「ここが屯所、つまりこれから住む場所」そう魁さんが言っていたのを思い出す。まさか、このカフェに住むのかと首を傾げたけれど、現実はオレの想像を超えたところにあったみたいだ。

 ドアを抜けて、傳さんの後について、薄暗い一本道の階段を下っていく。地下に基地があるみたいだ。カフェはカモフラージュだったのか。

「秘密基地っぽい」

 オレが思わずそう呟くと「そうだね」と傳さんが言ってこちらを振り返った。

「確かにここは秘密基地だよ」

 傳さんから返事が返ってきた事が意外でオレは押し黙る。

 そんなオレをよそに、傳さんは少し機嫌がよさそうに「秘密基地の割に使い勝手は良い場所だから、きっとすぐ覚えられる」とも呟いた。

 魁さんの言った通り、傳さんは怒っていないようだった。オレは少しほっとして、黙って傳さんの後をついてゆく。

 階段をしばらく進んだ先、少し広がった明るい場所に出た。地下なのにとても明るく感じて思わず天井を見ると、天窓が付いているのが見えた。

 床は濃いグレーのカーペットが敷かれていて、小綺麗な長くて白いソファが二脚と、少し大きめのガラスのローテーブルが一台置いてある。

 よく見ると、テーブルの後ろ側に壁に嵌ったウォーターサーバーが見える。ビルトインというやつだ。

「ここが待機スペース。カフェの厨房に唯一繋がっている階段がある。よくここに集合して任務に出発する。覚えておいて」

 傳さんが言いながら、ウォーターサーバーの傍から紙コップを取り出して水を注ぐ。そして、オレに差し出してくれた。

「ありがとうございます」とお礼を言うと、傳さんは微かに笑って席を勧めててくれた。

「少し座ろう。水は好きに飲んでいい」

 はい、とオレは返事をして勧められた白いソファーに腰掛けた。傳さんも目の前のソファーに腰掛けた。

「東藤室長……一也をここまで連れてきた人間から話は聞いているかもしれないが、一也には稀有な力が備わっている」

 傳さんは言って、手を組んだ。

「ここにいる他のメンバー、すなわち僕、魁、これから会うリーダー、瀧源たきもとシュンにも同じ力が備わっている。これは、先天的な素質、つまり生まれ持った能力だ。これから、その力に関連して困ることも多いかもしれない。その時は、メンバーに何でも尋ねてくれ」

「はい」オレは言って姿勢を正した。

「緊張しなくていい」傳さんが言う。

「特に、一也の持っている力は僕に似ていると聞いている。他の二人に話しにくいこと、なんてものはないと思うが、僕が教えられることがあれば何でも教える。僕は察するのが苦手だ。気になったら一也から聞いてほしい」

「はい」と答えながら、オレは考えを巡らせる。一番聞きたかったことを、今聞いてみてもいいんだろうか。

「あの」と傳さんを見つめると、続きを促すように傳さんが首を傾げた。

「えっと、傳さん……」と続けると「琉央でいいよ」と、今度は優しい声が返ってきた。

「……、琉央さん。その、仕事っていうのは、具体的に何をするのか、聞きたいんですけど……」

 恐る恐る尋ねると、傳さん、もとい琉央さんは腕を組みながら少し考えるように下を向いた。言葉を選んでいるように見えた。

「詳しい説明はあとでしようと思う。全容が複雑で、長くなる話だからだ。けれど……簡単に言うなら、仕事というのはある物質の殲滅だ」

「物質?」オレが尋ねると、琉央さんが「そう」と頷いた。

「この国には、“国民を死に晒している物質” が存在している。しかし、国はその存在を国民に隠し通している。混乱の回避と、他国の軍事利用を避けるという名目で」

「その物質を殲滅するのが、仕事ってことですか?」

「そう。その殲滅こそ、僕たち、能力を持つ人間にしかできない仕事だ」

 オレはピンとこなくて、考え込んで下を向いた。物質の殲滅。それにどんな能力が必要なんだろう。具体的に、どうやって殲滅するんだろう。色々な疑問が湧いたけれど、きっと、それを聞いていたらきりがないような気もした。今日は「寄り道」だっておじさんも言っていたし、きっと、またきちんと教えてくれるはずだ。

 オレが俯いていたからだと思う、琉央さんが少し考えてから「そうだな」と言葉を付け加えた。

「一般的なゾンビ系FPSを生身でやると思ってもらえればいい」

 その言葉に、オレはなおさら謎が深まったけれど、琉央さんの性格を垣間見たような気がして少し嬉しくなった。ゲームが好きそうだし、仲良くなれそうな気がしたからだ。

「わかりました。今度、また詳しく質問してもいいですか?」

 オレが言うと琉央さんは「もちろん」と言って立ち上がった。

「話が早くて助かる。仕事の詳細は後日話そう。今日はこの施設を案内することが優先事項だ」

 琉央さんに「行こうか」と促されて、オレもソファーから立ち上がる。ゆっくり歩いていく傳さんについて、オレも降りてきた階段の脇に伸びる通路を進んでいく。

「先に、簡単に設備を案内しよう」

 琉央さんの言葉を聞きながら、オレはなぜか冷や汗が服出てくるのを感じた。

 なんだろう。消毒された匂いがする。カーペットの消毒液の匂いだと思う。

 何気なく考えたはずなのに、咄嗟に冷や汗が吹き出た。

 体が先に思い出して、頭が後から追いついてくる。そうだ。あの時も、こんな匂いがしたんだ。

 事故のときだ。崩れ落ちる瞬間が脳内でフラッシュバックする。ここが今にも崩れるんじゃないのかと不安になって、想像して背中が凍った。
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