56 / 96
8.君のことばかり考えてしまう
2
しおりを挟む
「タクミ、今日はカレーを作ろうと思っている」
「えっ、カレー?」
夢の内容を思い出して、思わず口に含んだ水を吹き出しそうになった。
「カレー嫌いか? 昨日テレビでやってたんだ。鈴音は食べてみたい」
「そうなんだ。カレー、好きだよ。うん、それにしよう」
「楽しみだ」
嬉しそうに笑う鈴音の表情に心臓が跳ねた。彼女のことが好きだと自覚してしまったからだろうか。もともと距離感の近い鈴音だったけれど、例えば手が触れそうになるだけでも、これまでにないくらいどぎまぎしてしまう。だというのに――
「タクミ、この前みたいにぎゅうってしてくれ」
洗い物を終えて振り返ると、いつの間にかすぐ近くに来ていた鈴音が僕を見上げてそう言った。
「……しない」
「どうしてだ」
「どうしても」
「タクミはケチだな。ちょっとぎゅうってするだけなのに」
全く引き下がってくれない鈴音に思わずため息が漏れる。触れてしまったら、抱きしめてしまったら、きっと、もっと欲しくなってしまうのに。僕がため息ついたからか、鈴音の表情がしぼんでいく。そんな顔をさせたいわけではないのに。難しい。
「三秒だけなら、してもいいけど」
「本当か!」
口をついて出た言葉に、鈴音は途端に瞳を輝かせた。しまったな、と思いながら言ってしまったことは仕方がない、と諦めて両手を広げるとすぐさまそこに飛び込んでくる。大丈夫、三秒だけ無心になればいいんだ。
「いーーーーちーーーーー、にーーーーいーーーーー、さあーーーーーーーーん」
鈴音の数え方のせいもあるが、とてつもなく長い三秒だった。数え終わるのと同時に鈴音を引きはがした。無心になろうと思うほど、僕とは違う甘いシャンプーの匂いだとか、薄いシャツ越しの体温や柔らかさを感じ取ってしまうから。
「もうおしまいか。もっとゆっくり数えればよかったな」
「十分すぎるくらいにゆっくりだったよ」
「うー」
物欲しそうな顔で見つめられ、困り果てる。こっちだって我慢してるっていうのに。尖らせた唇を指で摘まんでやった。
「三秒って約束したろ。約束守れない子は嫌われるよ」
「んー!」
今度は必死に首を横に振って唸る。何か言いたそうな表情だったから、口を開放してあげると、「いやだ、嫌いにならないでくれ」と懇願された。
「ならないよ。鈴音がいい子にしてれば」
「じゃあいい子にする。もっとタクミに好きになってもらう」
本当はもう好きになっているんだけど。そう伝えたら鈴音はどんな反応をするのだろう。今は試験のことに集中したいから、当分伝えるつもりはないけれど。夢で見たような甘い関係は、想像するとむず痒い。それでも、いつかは恋人と呼べる相手が欲しい。その相手が鈴音であったらいいとも思う。だけど、鈴音が僕に向ける『好き』は一体どんな感情なんだろうか。僕と同じものであればいいけれど、確かめるのは少し怖いと思った。
「えっ、カレー?」
夢の内容を思い出して、思わず口に含んだ水を吹き出しそうになった。
「カレー嫌いか? 昨日テレビでやってたんだ。鈴音は食べてみたい」
「そうなんだ。カレー、好きだよ。うん、それにしよう」
「楽しみだ」
嬉しそうに笑う鈴音の表情に心臓が跳ねた。彼女のことが好きだと自覚してしまったからだろうか。もともと距離感の近い鈴音だったけれど、例えば手が触れそうになるだけでも、これまでにないくらいどぎまぎしてしまう。だというのに――
「タクミ、この前みたいにぎゅうってしてくれ」
洗い物を終えて振り返ると、いつの間にかすぐ近くに来ていた鈴音が僕を見上げてそう言った。
「……しない」
「どうしてだ」
「どうしても」
「タクミはケチだな。ちょっとぎゅうってするだけなのに」
全く引き下がってくれない鈴音に思わずため息が漏れる。触れてしまったら、抱きしめてしまったら、きっと、もっと欲しくなってしまうのに。僕がため息ついたからか、鈴音の表情がしぼんでいく。そんな顔をさせたいわけではないのに。難しい。
「三秒だけなら、してもいいけど」
「本当か!」
口をついて出た言葉に、鈴音は途端に瞳を輝かせた。しまったな、と思いながら言ってしまったことは仕方がない、と諦めて両手を広げるとすぐさまそこに飛び込んでくる。大丈夫、三秒だけ無心になればいいんだ。
「いーーーーちーーーーー、にーーーーいーーーーー、さあーーーーーーーーん」
鈴音の数え方のせいもあるが、とてつもなく長い三秒だった。数え終わるのと同時に鈴音を引きはがした。無心になろうと思うほど、僕とは違う甘いシャンプーの匂いだとか、薄いシャツ越しの体温や柔らかさを感じ取ってしまうから。
「もうおしまいか。もっとゆっくり数えればよかったな」
「十分すぎるくらいにゆっくりだったよ」
「うー」
物欲しそうな顔で見つめられ、困り果てる。こっちだって我慢してるっていうのに。尖らせた唇を指で摘まんでやった。
「三秒って約束したろ。約束守れない子は嫌われるよ」
「んー!」
今度は必死に首を横に振って唸る。何か言いたそうな表情だったから、口を開放してあげると、「いやだ、嫌いにならないでくれ」と懇願された。
「ならないよ。鈴音がいい子にしてれば」
「じゃあいい子にする。もっとタクミに好きになってもらう」
本当はもう好きになっているんだけど。そう伝えたら鈴音はどんな反応をするのだろう。今は試験のことに集中したいから、当分伝えるつもりはないけれど。夢で見たような甘い関係は、想像するとむず痒い。それでも、いつかは恋人と呼べる相手が欲しい。その相手が鈴音であったらいいとも思う。だけど、鈴音が僕に向ける『好き』は一体どんな感情なんだろうか。僕と同じものであればいいけれど、確かめるのは少し怖いと思った。
1
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
婚約者の浮気相手が子を授かったので
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。
ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。
アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。
ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。
自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。
しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。
彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。
ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。
まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。
※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。
※完結しました
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる