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8.君のことばかり考えてしまう

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「タクミ、今日はカレーを作ろうと思っている」
「えっ、カレー?」

 夢の内容を思い出して、思わず口に含んだ水を吹き出しそうになった。

「カレー嫌いか? 昨日テレビでやってたんだ。鈴音は食べてみたい」
「そうなんだ。カレー、好きだよ。うん、それにしよう」
「楽しみだ」

 嬉しそうに笑う鈴音の表情に心臓が跳ねた。彼女のことが好きだと自覚してしまったからだろうか。もともと距離感の近い鈴音だったけれど、例えば手が触れそうになるだけでも、これまでにないくらいどぎまぎしてしまう。だというのに――

「タクミ、この前みたいにぎゅうってしてくれ」

 洗い物を終えて振り返ると、いつの間にかすぐ近くに来ていた鈴音が僕を見上げてそう言った。

「……しない」
「どうしてだ」
「どうしても」
「タクミはケチだな。ちょっとぎゅうってするだけなのに」

 全く引き下がってくれない鈴音に思わずため息が漏れる。触れてしまったら、抱きしめてしまったら、きっと、もっと欲しくなってしまうのに。僕がため息ついたからか、鈴音の表情がしぼんでいく。そんな顔をさせたいわけではないのに。難しい。

「三秒だけなら、してもいいけど」
「本当か!」

 口をついて出た言葉に、鈴音は途端に瞳を輝かせた。しまったな、と思いながら言ってしまったことは仕方がない、と諦めて両手を広げるとすぐさまそこに飛び込んでくる。大丈夫、三秒だけ無心になればいいんだ。

「いーーーーちーーーーー、にーーーーいーーーーー、さあーーーーーーーーん」

 鈴音の数え方のせいもあるが、とてつもなく長い三秒だった。数え終わるのと同時に鈴音を引きはがした。無心になろうと思うほど、僕とは違う甘いシャンプーの匂いだとか、薄いシャツ越しの体温や柔らかさを感じ取ってしまうから。

「もうおしまいか。もっとゆっくり数えればよかったな」
「十分すぎるくらいにゆっくりだったよ」
「うー」

 物欲しそうな顔で見つめられ、困り果てる。こっちだって我慢してるっていうのに。尖らせた唇を指で摘まんでやった。

「三秒って約束したろ。約束守れない子は嫌われるよ」
「んー!」

 今度は必死に首を横に振って唸る。何か言いたそうな表情だったから、口を開放してあげると、「いやだ、嫌いにならないでくれ」と懇願された。

「ならないよ。鈴音がいい子にしてれば」
「じゃあいい子にする。もっとタクミに好きになってもらう」

 本当はもう好きになっているんだけど。そう伝えたら鈴音はどんな反応をするのだろう。今は試験のことに集中したいから、当分伝えるつもりはないけれど。夢で見たような甘い関係は、想像するとむず痒い。それでも、いつかは恋人と呼べる相手が欲しい。その相手が鈴音であったらいいとも思う。だけど、鈴音が僕に向ける『好き』は一体どんな感情なんだろうか。僕と同じものであればいいけれど、確かめるのは少し怖いと思った。
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