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6.僕の過去と夢の話

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「鈴音ちゃん。ごめんね、待たせちゃって」
「おお、梨花! 会いたかったぞ」

 梨花さんが現れ、鈴音が一目散に駆け寄る。張りつめていた空気が一瞬でやわらいだ気がしてほっとした。

「この前初めて鈴音ちゃんに会って、すっごくかわいくて大好きになっちゃって。工藤君に連れてくるようお願いしてたんです。ね?」

 梨花さんに目配せされて、それに同調した。少し前からここの様子を窺っていたのかもしれない。梨花さんのおかげで冷えついた空気はなんとかなったけれど、田辺さんはまだ何か言いたそうにこちらを見ていた。刺すようなその視線を辿って、その瞳を見返すと、ふいっと顔を背けられる。どうやら嫌われているらしい。

「それじゃ、工藤君。仕事終わったら鈴音ちゃんを迎えに来てね」
「タクミ、シゴトがんばれ」

 鈴音と梨花さんは仲睦まじく腕を組んで事務所を出ていった。残された従業員たちは、梨花派か鈴音派かという話で盛り上がっている。どうやら梨花さんはここではアイドル的存在のようだ。父親のすぐそばでよくそんな話ができるなと感心する。鈴音だって僕のなのに、という気持ちが湧きあがり、かぶりを振る。

(僕のってなんだよ)

 鈴音はたまたま僕が家に連れて帰った猫で、たまたま何かの条件が揃ったから人間の姿になったに過ぎないんだ。危なっかしいところがあるから、今は面倒を見ているけれど、いつか自分ひとりで生活できるようになったら、僕のそばを離れていくのだろう。そんな日が早く来てほしいような、来てほしくないような。変に執着してしまわないように、早く鈴音には一人前の人間になってもらわなければいけないな。なんて、偉そうなこと言って。自分だって別に立派な人間なんかではないのだけど。
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