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2.君の温もりを僕は知ってしまった

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 大きな袋を提げて、いつもの路地へと急ぐ。先に迎えに行くべきだったろうか、ちゃんと待ってくれているだろうか。不安が足を速める。角を曲がって、道の真ん中まで進んで立ち止まる。この通りはいつも静かだけど、今日はこの静けさが怖くて堪らない。

「僕だよ。迎えに来た。一緒に帰ろう」

 どこにいるのかわからない黒猫に向かって声をかける。耳を澄ませても、黒猫の鳴き声も僕があげた鈴の音も聞こえてこない。さわさわと風が葉をくすぐる音と夕方の少し涼しい風が誘う鈴虫の声が静かに流れているだけだ。

鈴音すずね、一緒に帰ろう……」

 今日連れて帰ったら呼ぼうと思っていた名前がつい口から出た。鈴の音のような美しい声で鳴くから鈴音。安易かもしれないけれど、いい名前だと思うんだ。

――ちりりん、ちりりん。

 小さな鈴の音がした。目を凝らすと、物陰から鈴音が姿を現した。真っ直ぐ僕のもとへやってきて、いつものように僕の足首にじゃれついてくる。

「鈴音。よかった。無事で」
「にゃあん」

 抱き上げると、舌をぺろりと出す。この仕草はいつも猫缶をあげる前に見せてくれるものだ。心配していたのに、能天気なやつ。小さな鼻をつんつんとつつくと、首を振って迷惑そうな顔で躱された。

 鈴音を抱えたまま家路を急ぐ。猫ってすっごくあったかいんだ。晩夏とはいえ、動くとじんわりと汗が滲む。だけど、この腕の中の温かさには、愛おしさしか感じなかった。

 玄関のドアを開けて、荷物を置くと、じんと指が痺れた。鈴音を抱えていたから、荷物の持ち替えができなかったのだ。その指先を鈴音がぺろりと舐める。

「こら、鈴音。やめろ」
「にゃあん」

 鈴音が届かないように手を高く挙げると、機嫌を損ねたのか僕の腕からするりと抜け出ていった。ちりりん、ちりりん、と前足につけた鈴が鳴る。

「あんまりうろうろするなよ」

 猫相手にこんなに話しかけている姿は、傍から見たら滑稽だろう。でも、鈴音は僕の言葉がわかっているような気がして、つい話しかけてしまう。

「腹減ったろ。ごはんにしよう」

 手を洗って、スーパーで買ってきた出来合いの総菜をレンジで温める。その間に、買ってきたばかりのキャットフードを出した。ローテーブルに食事を並べて、鈴音のごはんは床に置いた。

「いただきます」
「にゃあん」
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