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16 ニック侯爵家

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アレクサンダーが生まれた時、父親のチャールズは男だったので、少しがっかりした。三人目は女の子が欲しかったのだ。

だが、幼いアレクサンダーはそれなりに可愛く、なんの問題もなく育った。

しかし、兄二人に問題が起こった。なんというかアレクサンダーの出来が良すぎたのだ。

兄が剣を習うのを見ていただけのアレクサンダーが目に見えて上達した。学問も字が読めるようになると自分で本を読んでどんどん習得した。

兄は弟に劣等感を持ち歪んで行った。

チャールズは、悩んだ。実はチャールズ自身がアレクサンダーに含むところがあったのだ。

兄に意地悪されるアレクサンダーを、執務室で遊ばせた時、アレクサンダーが帳簿の計算間違いに気付いたのだ。


その夜、妻相手に愚痴った。妻はアレクサンダーを気味悪いと、言うようになっていた。

「あれは我が家に生まれるべきでなかった」そして続けた「この家になぜあんなのが、不幸になる」と

チャールズは「あれのように優秀な子は、我が家ではなく才能を引き出してくれる家に生まれるべきだ」と言いたかったし、「この家に平凡な人間のなかにあのような麒麟児がいると、その子が妬まれて不幸になる」と言いたかったのだ。

妻は夫が言わんとする所を理解し

「わたしが生んだとは思えませんね」と答えた。つまり「どうしてあのような過ぎた子供が、うちに生まれたんでしょうね。不思議です」

優秀な末の子に意地悪をする上の子に悩む夫婦の、会話だった。

上の兄は学院に入るから、家を出るし彼らも世間を見て考えも変わるだろうと二人は思っていたのだ。

だが、アレクサンダーが、この会話を聞いてしまった。

それでなくても、兄たちから、責められて、どうしようのない時に追い打ちをかけるような会話だった。

以来アレクサンダーは、両親、兄とはかかわりを持たないようにして、過ごした。

チャールズと妻は、まだ、小さい子供のアレクサンダーの変わりように悩み、話をした。そして返ってきた言葉が

「わたしはこの家に生まれては、ならない人間です。出来るだけお目にはいらないように過ごしますので・・・・」

アレクサンダーは、こういうと深く頭を下げた。


チャールズは、この子供を深く傷つけた事に気づいたが、こうも思った。

そうの通りだ。兄二人はお前に傷つけられた。それを慰めるのがどれほど大変だったか・・・・・

チャールズ自身、自分よりはるかに大きい器のアレクサンダーに嫉妬していた。

自分でも気付いていないこの感情のせいで、チャールズはアレクサンダーを家族から、離れようとするのを止めなかった。



アレクサンダーは、学院に入ってからは一度も家に、帰って来なかった。


そうして、勇者に選ばれたが、その時も家に帰って来なかった。

その代わり、丁寧に書かれた手紙が届いた。

それには育てて貰ったお礼と、自室がもし残っているなら、荷物を全部捨てて欲しいと書いてあった。



侯爵夫妻は打ちのめされた。兄二人は、子供時代の葛藤は都合よく忘れて、拗ねた末っ子が家に寄り付かない程度に思っていた為、驚いた。


死ぬかもしれない旅に出る息子を、慰めることも励ます事も許して貰えない程、心を傷つけたと今更ながら気づいた夫妻は、無事を祈る事しか出来なかった。





そして、魔王の封印に成功してアレクサンダーは戻って来た。だが、家には戻って来なかった。

どうにかして、会いたいと思ったが手立てがなかった。そのうち、婚約と結婚をするから来るようにと本人からでなく、城から連絡が来た。

婚約する時一度だけ、顔を合わせたお嬢さんの顔が、あまり思い出せなかった。


取り敢えず、迎えの馬車で城へ行った。婚約者のお嬢さんが覚えていたより美人だった。

上司のお嬢さんだと思っていた婚約者が侯爵だと聞いたとき、驚いたが、アレキサンダーは息子であって、息子でないと思うしかなかった。


殺風景な庭を見て、ある光景を思い出した。やっと歩き始めたアレクサンダーを真ん中にして、兄二人が手をつないで、歩かせていた。

あれは、アレクサンダーを遊ばせていると言うより、動くアレクサンダーで、兄二人が遊んでいるといった風だったが、三人とも満面の笑顔だった。

もう、あの三人はどこにもいない。『花でも植えてみるか』そんな思いが湧いてきた。





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