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ある街角の物語 その7
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「アトムのパイロットフィルムができたからちょっと観にきてよ」
昭和37年の9月、横山浩一は突然電話で治美に呼び出された。
横山が久しぶりに富士見台の治美の家に行くと、ペントハウスに16ミリの映写機が用意されていた。
治美は窓のカーテンを閉めて部屋を真っ暗にした。
「それじゃあ、鉄腕アトムの第一話を上映するわね」
映写機のスイッチを入れると壁一面にアトムの顔が大写しになった。
そして、アトムは足からジェットを噴射して空に舞い上がった。
「おおっ!?アトムだ!!アトムがちゃんと動いている!!」
横山は感動のあまり身震いをした。
八年前、過去の世界に突然連れてこられた普通の少女は、日本一の漫画家となり、とうとう自分の力でアニメを創り出したのだ。
「音はないんですか?」
「音はないわよ。ラッシュだから」
「ここであのアトムの主題歌が流れるのですね」
「そうそう!♪空を越えて、ラララ、星のかなた!」
「作詞はあの詩人の谷川俊太郎氏に依頼したのでしょ」
「いやーそれがねぇー、どんな歌詞だかわたし知ってるでしょ。自分で書いたことにしたの」
「作詞料をケチりましたね!またひとつ、歴史を変えてしまいましたね」
「その代わり作曲はちゃんと歴史通りに高井達雄氏に依頼したのよ。音響効果だって大野松雄氏という音の天才に依頼しているの」
「ああ!あのアトムのキュピキュピという足音、宇宙空間の音やピームの音といったこの世に存在しない未来の音を作った人ですね。凄い人を見つけてきましたね」
「シンセサイザーなどの電子機器がないこの時代にあんな音を作っていたのね。凄いわよねぇ!平成生まれのわたしにだってあの音は刷り込まれていたもの」
「なるほど。テレビアニメ『鉄腕アトム』はいろんな物を日本人の意識下に植え付け、日本人の共通認識を生み出したというわけか」
壁には天馬博士の手により、いよいよアトムが誕生する場面が映し出された。
「このアトムが誕生するシーンにはベートーヴェンの運命を流すのよ。ジャジャジャジャーン!」
「それで治美さん。このアトム、いくらでテレビ局に売る気ですか」
「うんとね、六十万ぐらいかな」
「何をバカなことを!そんな値段でやっていけるわけがない!あなたはいまだにこの時代の金銭感覚がないのですか!?僕の計算では三十分のアニメを一本作るのに二百五十万はかかるはずですよ」
「足りない分はわたしが出すわよ。アトムをテレビで放映してくれるなら、こっちからお金だしてもいいもの」
「またまたそんな能天気なことを!」
「失礼な!今の普通のテレビドラマの製作費は四、五十万なのよ。それなのに漫画映画だけ二百五十万で売り出してもどこのテレビ局も買ってくれるわけないでしょ」
「僕は金子さんと違ってほとんどアニメのことは知りません。しかし、そんな僕でも未来世界のアニメーターが低賃金で苦しんでいる原因は、手塚治虫が最初に『鉄腕アトム』を売る時にメチャクチャ安値にしたからだって知っていますよ。治美さんが決めたアトムの制作費がその後の放送局から支払われる制作費の基準となったため、未来世界のアニメ業界人は苦しんでいるのではないですか」
「未来世界のアニメ業界のことなんか知ったことじゃないわ!わたしは手塚先生の作品をアニメにしてテレビで放映し、将来生まれてくるわたしのママに見てもらうのが目的だもの」
「開き直りましたね!あなたにはパイオニアとしての責任があるのですよ」
「わたしが安くアニメを売ったからこそテレビ局もアニメを放映する気になったのよ。それでなきゃいつまでたっても日本でテレビアニメなんかできなかったし、アニメ大国になんてならなかったわ。それなのに低賃金を六十年も昔のパイオニアのせいにするなんて、自分たちが無能な怠け者だと言ってるのと同じよ」
治美は手塚治虫のことを少しでも悪く言われるとムキになって否定するのだった。
「大体虫プロのアニメーターはみんな高給取りよ。社長のわたしがしっかり稼いで社員に還元しているわ。それにこの先アトムの人気が出てきたら製作費を上げてもらうつもりだし、グッズも作って儲けるつもりよ」
「ほう?ちゃんとマーケティング戦略も立てているのですか?」
「この時代、ビデオもDVDもないからアニメ自体を売ることができないのよね。となるとキャラクター商品を一杯作って売ろうと思うの。そのへんはうちには東大出身の頭のいい社員がいるのでおまかせしているわ」
「確かアトムのスポンサーは明治製菓でしたよね。お菓子にシールとか付けたら売れそうですね」
「金子さんの話では『鉄腕アトム マーブルチョコ』ってのがヒットしたそうよ。丸い筒型の入れ物で外装フィルムをまわすとアトムのキャラクターが動く仕掛けになっていたそうよ」
「ふーん。アトムのアニメの成功はもう約束されているわけですか」
「なにを他人事なんですか!今日、横山さんを呼んだのは横山さんも自分の作品のアニメ化の準備をしてもらいたいからなの。わたしは必ず昭和38年1月1日からアトムを放映させます。すると、同じ年の10月20日にはもう横山先生の『鉄人28号』の放映がはじまるのよ」
昭和37年の9月、横山浩一は突然電話で治美に呼び出された。
横山が久しぶりに富士見台の治美の家に行くと、ペントハウスに16ミリの映写機が用意されていた。
治美は窓のカーテンを閉めて部屋を真っ暗にした。
「それじゃあ、鉄腕アトムの第一話を上映するわね」
映写機のスイッチを入れると壁一面にアトムの顔が大写しになった。
そして、アトムは足からジェットを噴射して空に舞い上がった。
「おおっ!?アトムだ!!アトムがちゃんと動いている!!」
横山は感動のあまり身震いをした。
八年前、過去の世界に突然連れてこられた普通の少女は、日本一の漫画家となり、とうとう自分の力でアニメを創り出したのだ。
「音はないんですか?」
「音はないわよ。ラッシュだから」
「ここであのアトムの主題歌が流れるのですね」
「そうそう!♪空を越えて、ラララ、星のかなた!」
「作詞はあの詩人の谷川俊太郎氏に依頼したのでしょ」
「いやーそれがねぇー、どんな歌詞だかわたし知ってるでしょ。自分で書いたことにしたの」
「作詞料をケチりましたね!またひとつ、歴史を変えてしまいましたね」
「その代わり作曲はちゃんと歴史通りに高井達雄氏に依頼したのよ。音響効果だって大野松雄氏という音の天才に依頼しているの」
「ああ!あのアトムのキュピキュピという足音、宇宙空間の音やピームの音といったこの世に存在しない未来の音を作った人ですね。凄い人を見つけてきましたね」
「シンセサイザーなどの電子機器がないこの時代にあんな音を作っていたのね。凄いわよねぇ!平成生まれのわたしにだってあの音は刷り込まれていたもの」
「なるほど。テレビアニメ『鉄腕アトム』はいろんな物を日本人の意識下に植え付け、日本人の共通認識を生み出したというわけか」
壁には天馬博士の手により、いよいよアトムが誕生する場面が映し出された。
「このアトムが誕生するシーンにはベートーヴェンの運命を流すのよ。ジャジャジャジャーン!」
「それで治美さん。このアトム、いくらでテレビ局に売る気ですか」
「うんとね、六十万ぐらいかな」
「何をバカなことを!そんな値段でやっていけるわけがない!あなたはいまだにこの時代の金銭感覚がないのですか!?僕の計算では三十分のアニメを一本作るのに二百五十万はかかるはずですよ」
「足りない分はわたしが出すわよ。アトムをテレビで放映してくれるなら、こっちからお金だしてもいいもの」
「またまたそんな能天気なことを!」
「失礼な!今の普通のテレビドラマの製作費は四、五十万なのよ。それなのに漫画映画だけ二百五十万で売り出してもどこのテレビ局も買ってくれるわけないでしょ」
「僕は金子さんと違ってほとんどアニメのことは知りません。しかし、そんな僕でも未来世界のアニメーターが低賃金で苦しんでいる原因は、手塚治虫が最初に『鉄腕アトム』を売る時にメチャクチャ安値にしたからだって知っていますよ。治美さんが決めたアトムの制作費がその後の放送局から支払われる制作費の基準となったため、未来世界のアニメ業界人は苦しんでいるのではないですか」
「未来世界のアニメ業界のことなんか知ったことじゃないわ!わたしは手塚先生の作品をアニメにしてテレビで放映し、将来生まれてくるわたしのママに見てもらうのが目的だもの」
「開き直りましたね!あなたにはパイオニアとしての責任があるのですよ」
「わたしが安くアニメを売ったからこそテレビ局もアニメを放映する気になったのよ。それでなきゃいつまでたっても日本でテレビアニメなんかできなかったし、アニメ大国になんてならなかったわ。それなのに低賃金を六十年も昔のパイオニアのせいにするなんて、自分たちが無能な怠け者だと言ってるのと同じよ」
治美は手塚治虫のことを少しでも悪く言われるとムキになって否定するのだった。
「大体虫プロのアニメーターはみんな高給取りよ。社長のわたしがしっかり稼いで社員に還元しているわ。それにこの先アトムの人気が出てきたら製作費を上げてもらうつもりだし、グッズも作って儲けるつもりよ」
「ほう?ちゃんとマーケティング戦略も立てているのですか?」
「この時代、ビデオもDVDもないからアニメ自体を売ることができないのよね。となるとキャラクター商品を一杯作って売ろうと思うの。そのへんはうちには東大出身の頭のいい社員がいるのでおまかせしているわ」
「確かアトムのスポンサーは明治製菓でしたよね。お菓子にシールとか付けたら売れそうですね」
「金子さんの話では『鉄腕アトム マーブルチョコ』ってのがヒットしたそうよ。丸い筒型の入れ物で外装フィルムをまわすとアトムのキャラクターが動く仕掛けになっていたそうよ」
「ふーん。アトムのアニメの成功はもう約束されているわけですか」
「なにを他人事なんですか!今日、横山さんを呼んだのは横山さんも自分の作品のアニメ化の準備をしてもらいたいからなの。わたしは必ず昭和38年1月1日からアトムを放映させます。すると、同じ年の10月20日にはもう横山先生の『鉄人28号』の放映がはじまるのよ」
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