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来るべき世界 その4
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昭和29年11月24日、水曜日、早朝。
「おはようございます」
治美が虫プロ内の自分の机でネームを描いていると、寝間着姿の金子が現れた。
「おはようございます!金子さん、ゆうべはよく眠れましたか」
「おかげさまで、久しぶりにフカフカのベッドでぐっすりと眠れました」
「それはよかった」
「こんな朝からお仕事ですか?」
「完徹しちゃいました。昨日は金子さんが来てくれたので、興奮しちゃって眠れなくなりました」
金子は治美のそばに立ち、描きかけのネームを覗いて見た。
「これはヒゲオヤジとロック少年ですね。ウラン連邦の地下基地のシーンだ。懐かしいなあ!『来るべき世界』を描いているのですね」
「金子さん、『来るべき世界』をお読みになられましたか?」
治美は瞳を輝かせて上目遣いで金子を見た。
「もちろんですよ!手塚治虫は私の世代ではドンピシャですから。こう見えて私は手塚治虫ファンクラブの会員でしたからね。『来るべき世界』は学生時代にバイトをしてバカ高い復刻本を買って読みましたよ」
治美は金子の手をガシッと強く握りしめた。
「あなたのような人を待っていました!」
それから1時間、二人は時も忘れて漫画談議に花を咲かせるのだった。
「へぇー。手塚さんは毎日小学生新聞にあの『マァちゃんの日記帳』を連載していたのですか?」
「はい。今はもうネタ切れで連載終わっていますけどね」
「知ってます?『マァちゃんの日記帳』の連載が終わった後、藤子不二雄の『天使の玉ちゃん』って4コマが連載されたんですよ」
「もちろんです!頼まれてもいないのに自分から勝手に原稿送ったらあっさり採用されたんでしょ」
「もっとも10回で打ち切られたそうですがね」
「その頃ってもう藤子不二雄は『ユートピア』描いていたのですか?」
「藤子不二雄の自伝漫画『まんが道』ではそうなってましたね。その描きかけの『ユートピア』の原稿を見てもらおうと、宝塚の手塚治虫の家を訪問したと。ちょっと待って下さい。『まんが道』を見てみますね………」
金子が自分のコミックグラスを起動して操作を始めた。
「高校卒業の春、手塚治虫と会っていますね。でも手塚治虫は『ジャングル大帝』の原稿を描いていて忙しかったので、待っている間『来るべき世界』の生原稿を見せてもらった。その時、『来るべき世界』は元の原稿は1000ページあったのを凝縮して400ページにしたことを知る。人気絶頂の手塚治虫が400ページの漫画のために1000ページも原稿を描いていたことを知り二人は感動する……。有名なエピソードですね」
「金子さんもこうして今、『来るべき世界』の生原稿を読んでいますね。不思議な運命を感じませんか?」
「確かにそうだね」
「『ユートピア』だけでも描いてくれませんか?」
治美は金子の顔色をうかがいながら恐る恐る言ってみた。
「『UTOPIA 最後の世界大戦』。足塚不二雄名義で1953年に出版された最初で最後の描き下ろしの単行本。日本で最も値段の高いプレミアム漫画本ですね」
「原稿が完成したらすぐに知り合いの出版社を紹介します。絶対に無駄にはしません!」
「私が漫画家になるのですか、この年齢で?私、もう63歳ですよ。藤子・F・不二雄が亡くなったのは62歳ですよ」
「やっぱりダメですか……………」
治美は落胆してがっくりと肩を落とした。
「この年齢で一から新しいことをする、それもまた一興だね」
「えっ!?」
「実は私、子供の頃は漫画家になりたくて、手塚治虫や藤子不二雄の模写をして遊んでいました。どうせ他にできることもないし、どこまでやれるかわかりませんが、漫画を描いてみますよ!」
「や、やったあ!!」
子供の歓喜のような軽く明るい声で治美は叫んだ。
「漫画の描き方、しっかりとご教授願います、手塚先生!」
「まかせてください!と言いたいところですが、実はわたし、あんまり漫画描けないんですよね」
「えっ!?手塚治虫が漫画を描けないんですか!?」
「ちょっと見ていてくださいね」
そう言うと、治美はペンを持ち、ゆっくりとケント紙の上に大きく丸を描いた。
「この丸、どう思います?」
「うーん…。正円ではないですねぇ。歪んでいるし、端が少し途切れている。何より描くのに時間がかかっています」
「ウッ!厳しいご指摘ありがとうございます。本物の手塚先生はまるでコンパスで描いたみたいに綺麗な正円を描いたと言います。わたしの描く線は勢いがないんですよ。しょせん模写してるだけですから」
「手首と腕の使い方がペンに慣れていないだけですよ。慣れてきたらスムーズに描けるようになりますよ」
治美は逆に金子に漫画の描き方を教えてもらっていることに気が付いて、さすがに焦った。
「いえいえ!わたし、こう見えても結構漫画描いているんですよ。スピードは速くなりましたが、絵はなかなか上達しません。どうしても本物の手塚先生みたいな生きた絵が描けません」
「そりゃあ、漫画の神様と比べたら誰だってねぇ…」
金子がハッと気が付いた。
「それは私も同じだ!どんなに練習したところで、本物の藤子不二雄みたいに漫画を描けるわけないですよ!どうしたらいいのですか、手塚先生!?」
「おはようございます」
治美が虫プロ内の自分の机でネームを描いていると、寝間着姿の金子が現れた。
「おはようございます!金子さん、ゆうべはよく眠れましたか」
「おかげさまで、久しぶりにフカフカのベッドでぐっすりと眠れました」
「それはよかった」
「こんな朝からお仕事ですか?」
「完徹しちゃいました。昨日は金子さんが来てくれたので、興奮しちゃって眠れなくなりました」
金子は治美のそばに立ち、描きかけのネームを覗いて見た。
「これはヒゲオヤジとロック少年ですね。ウラン連邦の地下基地のシーンだ。懐かしいなあ!『来るべき世界』を描いているのですね」
「金子さん、『来るべき世界』をお読みになられましたか?」
治美は瞳を輝かせて上目遣いで金子を見た。
「もちろんですよ!手塚治虫は私の世代ではドンピシャですから。こう見えて私は手塚治虫ファンクラブの会員でしたからね。『来るべき世界』は学生時代にバイトをしてバカ高い復刻本を買って読みましたよ」
治美は金子の手をガシッと強く握りしめた。
「あなたのような人を待っていました!」
それから1時間、二人は時も忘れて漫画談議に花を咲かせるのだった。
「へぇー。手塚さんは毎日小学生新聞にあの『マァちゃんの日記帳』を連載していたのですか?」
「はい。今はもうネタ切れで連載終わっていますけどね」
「知ってます?『マァちゃんの日記帳』の連載が終わった後、藤子不二雄の『天使の玉ちゃん』って4コマが連載されたんですよ」
「もちろんです!頼まれてもいないのに自分から勝手に原稿送ったらあっさり採用されたんでしょ」
「もっとも10回で打ち切られたそうですがね」
「その頃ってもう藤子不二雄は『ユートピア』描いていたのですか?」
「藤子不二雄の自伝漫画『まんが道』ではそうなってましたね。その描きかけの『ユートピア』の原稿を見てもらおうと、宝塚の手塚治虫の家を訪問したと。ちょっと待って下さい。『まんが道』を見てみますね………」
金子が自分のコミックグラスを起動して操作を始めた。
「高校卒業の春、手塚治虫と会っていますね。でも手塚治虫は『ジャングル大帝』の原稿を描いていて忙しかったので、待っている間『来るべき世界』の生原稿を見せてもらった。その時、『来るべき世界』は元の原稿は1000ページあったのを凝縮して400ページにしたことを知る。人気絶頂の手塚治虫が400ページの漫画のために1000ページも原稿を描いていたことを知り二人は感動する……。有名なエピソードですね」
「金子さんもこうして今、『来るべき世界』の生原稿を読んでいますね。不思議な運命を感じませんか?」
「確かにそうだね」
「『ユートピア』だけでも描いてくれませんか?」
治美は金子の顔色をうかがいながら恐る恐る言ってみた。
「『UTOPIA 最後の世界大戦』。足塚不二雄名義で1953年に出版された最初で最後の描き下ろしの単行本。日本で最も値段の高いプレミアム漫画本ですね」
「原稿が完成したらすぐに知り合いの出版社を紹介します。絶対に無駄にはしません!」
「私が漫画家になるのですか、この年齢で?私、もう63歳ですよ。藤子・F・不二雄が亡くなったのは62歳ですよ」
「やっぱりダメですか……………」
治美は落胆してがっくりと肩を落とした。
「この年齢で一から新しいことをする、それもまた一興だね」
「えっ!?」
「実は私、子供の頃は漫画家になりたくて、手塚治虫や藤子不二雄の模写をして遊んでいました。どうせ他にできることもないし、どこまでやれるかわかりませんが、漫画を描いてみますよ!」
「や、やったあ!!」
子供の歓喜のような軽く明るい声で治美は叫んだ。
「漫画の描き方、しっかりとご教授願います、手塚先生!」
「まかせてください!と言いたいところですが、実はわたし、あんまり漫画描けないんですよね」
「えっ!?手塚治虫が漫画を描けないんですか!?」
「ちょっと見ていてくださいね」
そう言うと、治美はペンを持ち、ゆっくりとケント紙の上に大きく丸を描いた。
「この丸、どう思います?」
「うーん…。正円ではないですねぇ。歪んでいるし、端が少し途切れている。何より描くのに時間がかかっています」
「ウッ!厳しいご指摘ありがとうございます。本物の手塚先生はまるでコンパスで描いたみたいに綺麗な正円を描いたと言います。わたしの描く線は勢いがないんですよ。しょせん模写してるだけですから」
「手首と腕の使い方がペンに慣れていないだけですよ。慣れてきたらスムーズに描けるようになりますよ」
治美は逆に金子に漫画の描き方を教えてもらっていることに気が付いて、さすがに焦った。
「いえいえ!わたし、こう見えても結構漫画描いているんですよ。スピードは速くなりましたが、絵はなかなか上達しません。どうしても本物の手塚先生みたいな生きた絵が描けません」
「そりゃあ、漫画の神様と比べたら誰だってねぇ…」
金子がハッと気が付いた。
「それは私も同じだ!どんなに練習したところで、本物の藤子不二雄みたいに漫画を描けるわけないですよ!どうしたらいいのですか、手塚先生!?」
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