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マァチャンの日記帳 その4
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「ちなみに、ネスカフェって何だ?」
雅人は不機嫌そうに治美に尋ねた。
「ネスレって会社のインスタントコーヒーよ」
「よくご存じですね、治美さん!?」
横山が目を丸くして大袈裟に驚くと、治美が得意げに笑った。
「エヘヘヘ!ネスレって昔から神戸に本社がある会社だからよく知ってるの」
横山は急に押し黙ると、じっと無言で治美の顔を見つめた。
「どうしたの、横山さん?」
「いえ。コーヒーの用意をしてきます。少々お待ちください」
そう言うと、横山は治美に愛想笑いを浮かべながら台所に消えていった。
横山の姿が食堂から消えると雅人は治美に小声で尋ねた。
「――――治美。随分と横山さんと仲良くなったみたいだな」
「はい!横山さんはいい人ですよ。最初はわたしのこと変人扱いでしたが、わたしが漫画を描くと知ったら、職業婦人として応援してくれるようになりました。『マァチャンの日記帳』もとっても面白いって!わたしのフアン第一号になってくれたんです」
「へ、へぇ……。それはよかったな」
「やっぱり手塚作品の魅力は万人に通じるんですねぇ」
治美は屈託ない笑顔を雅人に見せた。
「治美。それは手塚作品の魅力じゃなくて、お前自身の魅力が通じているのだと思うぞ」
「アハハ!そんなんじゃないですよ」
「お前が未来人だとバレたら困るから、あまりこの時代の人間を近づけない方がいいぞ」
「――自分はこの三日間、一度も会いに来なかったくせに……」
不意に治美が恨めし気にそう呟き、痛い所を突かれた雅人は何も言えなかった。
テーブルの上に治美の描いた4コマ漫画を広げていると、横山が「Nestle」のロゴの入った珈琲缶を持ってきてくれた。
横山は二人分の珈琲カップをテーブルに置くと、珈琲缶にスプーンを入れて焦げ茶色したインスタント珈琲の粉を一杯すくった。
「へえー、これがインスタント珈琲か。初めて見ましたよ」
横山はインスタント珈琲をお湯で溶かしながら、机の上に広げた4コマ漫画をじっと見つめている。
「どうかしましたか、横山さん?」
「いえ。これだけのマンガをたった三日で描かれたのですね。大したものだ」
「そうでしょう。治美は天才なんですよ。いよいよ天才漫画家、手塚治虫の始まりです!!」
「えっ?手塚治虫とは………?」
「手塚治虫が彼女のペンネームですよ。しばらくは女性であることを隠して、男性のペンネームを使おうと思います」
「手塚治虫………」
横山はそう呟きながら、治美の描いた漫画原稿を見つめている。
「いよいよ毎日新聞社に4コマ漫画を売り込む時がやってきたな!明日は平日だが、学校サボって大阪まで行って、新聞社の人に会って来るよ」
「わたしも一緒に行きます!」
「治美は来なくていいよ。お前みたいな金髪娘が漫画描いたなんて言ったら話がややこしくなる。第一だな………」
雅人は横山の方をチラッと横目で見て、治美の耳元に口を近づけて小声で言った。
「万が一、お前が未来から来たってバレたらどうする?」
「大丈夫ですよ。バレないように気を付けますから」
「いやいや。気づいていないかも知れないが、お前の言動はこの時代ではとっても目立つんだぞ」
「何か変なこと言ったら、『ワタシ、外国人デース』ってごまかしたらいいんですよ」
「お前、英語喋れないくせに!」
「あのう、何をコソコソと内緒話をしているのですか?」
横山が雅人たちの会話に口を挟んできた。
「内輪の話ですから放っておいて下さい」
「内輪の話?失礼だが雅人くんと治美さんはどういったご関係なのですか。エリザお嬢さんは何も教えて下さらないんですよ」
「わたしたち、遠い親戚なんです」
いきなり治美がうかつなことを言うので雅人は慌てて彼女の口を塞いだ。
「冗談ですよ、冗談!はははは!」
横山はごまかし笑いを続ける雅人を疑いの眼差しで睨みつけている。
「と、ともかく……、明日は俺が一人で大阪に行くからな。毎日新聞大阪本社の住所はもう調べてあるぞ!」
「わかりました!お願いします!運命を雅人さんに託します」
雅人は原稿の束を大きな茶封筒の中に入れ、明日のことを色々と考え巡らせた。
明日、雅人が新聞社に行って誰か文芸委員を呼び出し、原稿を見せる。
たちまち目の色が変わる文芸委員。
編集長と社長が飛び出して来て、ぜひうちの新聞に連載して下さいと頼み込む。
やがて、新聞に掲載された漫画に目にとめた出版社が次々と原稿を依頼してくる。
そんな薔薇色の未来の情景が雅人と治美の目の前に広がっていた。
「……あのう……」
それまで黙って後ろに立っていた横山が、急に雅人たちに声を掛けてきた。
「なんだ横山さん、まだいたのですか?早くバームクーヘンを持ってきて下さいよ」
「まさかその4コマ漫画をそのまま渡すつもりですか?」
「そうだけど……?何かマズイですか?」
突然、横山に難癖をつけられて、思わず雅人はムッした。
彼の不機嫌そうな顔を見て、慌てて治美がとりなそうとした。
「あっ!ほら、ほら!原稿が折り曲がらないように厚紙を入れないと!」
すかさず治美が厚紙を取り出した。
「おっと、いけねぇ!忘れてたぜ!」
「いえ!そういうことではなくてですね……。そんなわら半紙に鉛筆で描いた原稿なんか採用されないと思いますよ」
申し訳なさそうに横山が言った。
「どうして………?」
雅人と治美は二人同時に尋ねた。
「インクでペン入れしないと印刷できませんよ!」
「ええっ!?」
雅人と治美は二人同時に叫んだ。
「僕はこれはただの下書きだと思っていました。まさか、このまま持ち込みするつもりだったとは……」
横山が呆れ顔で雅人たちを見つめた。
雅人は不機嫌そうに治美に尋ねた。
「ネスレって会社のインスタントコーヒーよ」
「よくご存じですね、治美さん!?」
横山が目を丸くして大袈裟に驚くと、治美が得意げに笑った。
「エヘヘヘ!ネスレって昔から神戸に本社がある会社だからよく知ってるの」
横山は急に押し黙ると、じっと無言で治美の顔を見つめた。
「どうしたの、横山さん?」
「いえ。コーヒーの用意をしてきます。少々お待ちください」
そう言うと、横山は治美に愛想笑いを浮かべながら台所に消えていった。
横山の姿が食堂から消えると雅人は治美に小声で尋ねた。
「――――治美。随分と横山さんと仲良くなったみたいだな」
「はい!横山さんはいい人ですよ。最初はわたしのこと変人扱いでしたが、わたしが漫画を描くと知ったら、職業婦人として応援してくれるようになりました。『マァチャンの日記帳』もとっても面白いって!わたしのフアン第一号になってくれたんです」
「へ、へぇ……。それはよかったな」
「やっぱり手塚作品の魅力は万人に通じるんですねぇ」
治美は屈託ない笑顔を雅人に見せた。
「治美。それは手塚作品の魅力じゃなくて、お前自身の魅力が通じているのだと思うぞ」
「アハハ!そんなんじゃないですよ」
「お前が未来人だとバレたら困るから、あまりこの時代の人間を近づけない方がいいぞ」
「――自分はこの三日間、一度も会いに来なかったくせに……」
不意に治美が恨めし気にそう呟き、痛い所を突かれた雅人は何も言えなかった。
テーブルの上に治美の描いた4コマ漫画を広げていると、横山が「Nestle」のロゴの入った珈琲缶を持ってきてくれた。
横山は二人分の珈琲カップをテーブルに置くと、珈琲缶にスプーンを入れて焦げ茶色したインスタント珈琲の粉を一杯すくった。
「へえー、これがインスタント珈琲か。初めて見ましたよ」
横山はインスタント珈琲をお湯で溶かしながら、机の上に広げた4コマ漫画をじっと見つめている。
「どうかしましたか、横山さん?」
「いえ。これだけのマンガをたった三日で描かれたのですね。大したものだ」
「そうでしょう。治美は天才なんですよ。いよいよ天才漫画家、手塚治虫の始まりです!!」
「えっ?手塚治虫とは………?」
「手塚治虫が彼女のペンネームですよ。しばらくは女性であることを隠して、男性のペンネームを使おうと思います」
「手塚治虫………」
横山はそう呟きながら、治美の描いた漫画原稿を見つめている。
「いよいよ毎日新聞社に4コマ漫画を売り込む時がやってきたな!明日は平日だが、学校サボって大阪まで行って、新聞社の人に会って来るよ」
「わたしも一緒に行きます!」
「治美は来なくていいよ。お前みたいな金髪娘が漫画描いたなんて言ったら話がややこしくなる。第一だな………」
雅人は横山の方をチラッと横目で見て、治美の耳元に口を近づけて小声で言った。
「万が一、お前が未来から来たってバレたらどうする?」
「大丈夫ですよ。バレないように気を付けますから」
「いやいや。気づいていないかも知れないが、お前の言動はこの時代ではとっても目立つんだぞ」
「何か変なこと言ったら、『ワタシ、外国人デース』ってごまかしたらいいんですよ」
「お前、英語喋れないくせに!」
「あのう、何をコソコソと内緒話をしているのですか?」
横山が雅人たちの会話に口を挟んできた。
「内輪の話ですから放っておいて下さい」
「内輪の話?失礼だが雅人くんと治美さんはどういったご関係なのですか。エリザお嬢さんは何も教えて下さらないんですよ」
「わたしたち、遠い親戚なんです」
いきなり治美がうかつなことを言うので雅人は慌てて彼女の口を塞いだ。
「冗談ですよ、冗談!はははは!」
横山はごまかし笑いを続ける雅人を疑いの眼差しで睨みつけている。
「と、ともかく……、明日は俺が一人で大阪に行くからな。毎日新聞大阪本社の住所はもう調べてあるぞ!」
「わかりました!お願いします!運命を雅人さんに託します」
雅人は原稿の束を大きな茶封筒の中に入れ、明日のことを色々と考え巡らせた。
明日、雅人が新聞社に行って誰か文芸委員を呼び出し、原稿を見せる。
たちまち目の色が変わる文芸委員。
編集長と社長が飛び出して来て、ぜひうちの新聞に連載して下さいと頼み込む。
やがて、新聞に掲載された漫画に目にとめた出版社が次々と原稿を依頼してくる。
そんな薔薇色の未来の情景が雅人と治美の目の前に広がっていた。
「……あのう……」
それまで黙って後ろに立っていた横山が、急に雅人たちに声を掛けてきた。
「なんだ横山さん、まだいたのですか?早くバームクーヘンを持ってきて下さいよ」
「まさかその4コマ漫画をそのまま渡すつもりですか?」
「そうだけど……?何かマズイですか?」
突然、横山に難癖をつけられて、思わず雅人はムッした。
彼の不機嫌そうな顔を見て、慌てて治美がとりなそうとした。
「あっ!ほら、ほら!原稿が折り曲がらないように厚紙を入れないと!」
すかさず治美が厚紙を取り出した。
「おっと、いけねぇ!忘れてたぜ!」
「いえ!そういうことではなくてですね……。そんなわら半紙に鉛筆で描いた原稿なんか採用されないと思いますよ」
申し訳なさそうに横山が言った。
「どうして………?」
雅人と治美は二人同時に尋ねた。
「インクでペン入れしないと印刷できませんよ!」
「ええっ!?」
雅人と治美は二人同時に叫んだ。
「僕はこれはただの下書きだと思っていました。まさか、このまま持ち込みするつもりだったとは……」
横山が呆れ顔で雅人たちを見つめた。
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