上 下
9 / 26
第02章 イセカイ笑顔百景

09

しおりを挟む
「こういうのもあるな。人間に生まれてきて欠かせないのが『衣食住』だ。それが『食う寝るところに住むところ』
それにね、『やぶらこうじぶらこうじ』なんてのもあるな」
「破れ障子にボロ障子?」
「そうじゃない。『藪ら柑子の藪柑子やぶらこうじのぶらこうじ』ってんだ。『ぶらこうじ』は中国の樹の名前でな、この樹は春に若葉を生じ、夏に花を咲かせ、秋になると実を結び、冬になるとその実に赤い色を添えて霜を凌ぐという。一年を通じて丈夫な樹だ。あたしはねぇ、当たり前に丈夫でいられるってのが人として一番ありがたいんじゃないかと思うんだ」
「はあ、なるほどねぇ。そう言われてみりゃぁ確かにそうかもしれねえなあ」
「こういうのも思い出したな。昔、外国にね『パイポ』って国があったんだ」
「ウッソでぇ、 そんな名前の国ねぇよぉ」
「いや、本当にあったんだそうだよ。そのパイポという国に『シューリンガン』という王様と『グーリンダイ』というお妃様がいたそうだ。その二人には『ポンポコピー様とポンポコナ様』という二人のお子さんがいらして、この四人が大層なご長命だった。……という話を、今思い出した。そのお名前にあやかってみるのも面白いんじゃないかい」
「ご隠居さんねぇ、人の子供だと思うからそう言うんだよ。自分の子供にそんな名前付けるかい? ポンポコピーとポンポコナだよ?学校でいじめられんじゃねぇかなぁ。まぁ、強いて付けるならシューリンガンかなぁ」
「いや、同じだと思うがねぇ。まぁまぁそれは今思い出したついでの話だ。例えば、長く久しい命と書いて『長久命』長く助けると書いて『長助』なんてのもあたしはいい名前じゃないかと思うがね。まだ調べりゃあいくらでも出てくるがどうするね、調べるかい?」
「いや結構、なんてったってお七夜は今日ですからね。今日中に付けてやりてぇ。ただ覚えきれねぇんでね、ご隠居さん紙に書いちゃ貰えませんか」

 ご隠居がそれまでの名前を紙に書いて熊さんに渡します。

「寿限無」は「寿限り無し、つまり死ぬ時がないということ」
「五劫のすりきれ」は「一劫というのは、三千年に一度、天人が天下って、下界の巌を衣でなでるのだが、その巌をなでつくしてすりきれてなくなってしまうのを一劫という。それが五劫というから何億年何兆年か数え尽くせない」
「海砂利水魚」は「海の砂利も、水にすむ魚もとりつくすことが出来ない」
「水行末、雲来末、風来末」は「水の行く末、雲の行く末、風の行く末、いずれも果てしがない」
「食う寝るところに住むところ」は「人間、衣食住のうち、一つがかけても生きてはいけない」
「やぶらこうじのぶらこうじ」は「やぶこうじという木があって、まことに丈夫で、春は若葉を生じ、夏は花咲き、秋は実を結び、冬は赤き色をそえて霜をしのぐめでたい木」
「パイポパイポ~」は「昔パイポという国があって、シューリンガンという王様とグーリンダイというお妃様の間に生まれたのが、ポンポコピーとポンポコナーという二人のお子様でこの二人が大変長生きをした」
「長久命の長助」は「長く久しい命と書いて長久命。長く助けるという意味で長助もいい」

「寿限無寿限無、五劫のすりきれ、海砂利水魚の水行末、雲来末、風来末、食う寝るところに住むところ、やぶらこうじのぶらこうじ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助」

「へぇ、へぇ、どうもありがとーございやす。
 どれどれ、『ジュゲムジュゲム、ゴコウのスリキレ、カイジャリスイギョ、スイギョオマツ、ウンライマツ、フウライマツ、食う寝るところ住むところ、ヤブラコオジブラコオジ、パイポパイポ、パイポのシューリンガン、シューリンガンのグーリンダイ、グーリンダイのポンポコピーのポンポコナの長久命の長助』
 …………チーン。
 って、お経だねこれじゃ。とても決めきれねぇや。
 ご隠居、これ頂いていきやす。家に帰ぇってカカァと相談して決めやすから」
「そうかい。それじゃぁ決まったら教えとくれよ」

と、ご隠居さんが言い終わるのも聞かないで、熊さん走って行ってしまいました。
しおりを挟む

処理中です...