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第02章 イセカイ笑顔百景

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「こんちわー、ご隠居いますかい?」
「はいはい、おや、誰かと思ったら熊さんじゃないか。まぁお上がりよ」
「ご隠居、今日はね、ちょいとお願いがあって来やして」
「ほう、 熊さんがあたしに頼みなんて珍しいね」
「実はウチの長屋にオメデタがありやして」

 長屋と申しますのは、私がいた世界の人間が住んでおります集合住宅の呼び名でございます。

「おや! オメデタかい?。どういうオメデタなんだい?」
「お子さんがお生まれになりました」
「おやおや、そうかい。どちらのお宅だい」
「へぇ、アッシのところなんです」
「何だい、自分のところかい。しかしまぁオメデタイこったね。おめでとうさん」
「ありがとうございやす。実は生まれて今日が七日目、今日が『お七夜』でね」
「お七夜の日には名前を付けるもんだ」
「へぇ、そんでカカァが子供の名前を付けとくれってんですよ。でもねぇ、アッシは学がねぇし、さてどうしようかと思ってましたら、カカァがね『ご隠居さんは物知りでお調子者だから、聞けば何でも教えてくれる。アンタ、ウマイことおだてて頼んできてよ』とこう言うんだ。だからねご隠居、ウチのガキの名前付けちゃくれやせんか」
「ごあいさつだね!そうかい、まあ喜んで付けさせて貰いましょ。それで生まれたお子さんは男子かい。それとも女子かい? 」
「へぇ!オスなんです」
「オスってヤツがあるかい。男の子か、こういう風に育ってもらいたい、こういう風に成って欲しいなんて願いはあるだろう」
「いやね、生まれる前はこうなって欲しい、ああなって欲しいなんて思いもしましたが、顔見ちまうとどうでもよくなっちまって。へへ、親ってのは妙なモンだね。とにかくまぁ、長生きするようなめでてぇ名前なら何でもいいんだ」
「ほう、長生きするような名前とな。昔からよく『鶴は千年、亀は萬年のよわいを保つ』なんて事を言う。それで鶴太郎とか亀吉なんてのはどうだい」
「お、なるほどねぇ。でもねぇ、『千年』なんてぇと千年まで、万年なら万年で死ぬって言われてるような気がしやす」
「万年生きりゃ十分だと思うがね!じゃぁどうだろう、お寺さんのお経に出てくる言葉で、寿限り無しと書いて『寿限無じゅげむ』という言葉がある。どうだい?」
「寿限り無し! そりゃめでてぇね!めでたくて限りが無ぇんだ!毎日ずっと寿なんて結構ですね。他にも何かありますかね?」
「『 五劫ごこうのすり切り』ってのもあるな」
「えっ!?ゴボウのすりこぎ?」
「ゴボウじゃないよ。一劫、二劫と数えて五劫ってんだがね、三千年に一度、天女が天下ってきて下界の岩をその衣の裾でもってサァーと撫でる。これを幾度も幾度も岩の方が擦り切れるまで繰り返す。それを『一劫』ってんだ。それが『五劫』ってんだから何億年だか何兆年だか果てしがない。どうだい、めでたかろう?」
「そりゃいいね。へぇー、そんな話があるとは知らなかった。他にも何かありやすか?」
「『海砂利水魚 水行末 雲来末  風来末』ってぇのがあるな。『海砂利水魚』これは海の砂利、水の魚だ。獲っても獲っても獲り尽くせないという意味がある。『水行末 雲来末 風来末』これは、水の行方、雲の行く末、風の来る末だ。これも巡り巡って果てしがないというのでおめでたい意味合いがある」
「巡り巡って果てしないんだ。こいつあ、めでぇてぇ!」
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