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プロローグ

大震災

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20XX年10月某日午前5時55分日本は再び巨大地震に襲われた。
俺はベッドから飛び起き、激しい揺れの中、妻と子供たちを抱き締め揺れのおさまるのを待った。
妻も子供たちも恐怖に顔を引きつらせていたが、パニックを起こさず静かに耐えていた。
揺れは2分くらい続いたが、幸いにも家族には怪我もなく、家も棚から多少の食器や物が落ちた程度の被害で済んだ。
俺は家族と自宅の無事を確認すると、妻に余震に対する注意と今後の対処要領などを指示しながら通勤用のバッグに着替えや日用品を詰め込んだ。
着替えを済ませ、バッグを肩に掛け玄関に立つ俺に対し、妻と子供たちは未だ地震の恐怖から完全に立ち直れていない顔に無理くり笑顔をつくり、『パパがんばってね!沢山の人を助けてあげてね!』と代わる代わる声を掛けてくれた。最後に『無理はしないでね。』と心配そうに言う妻に対し、俺は右手を突き出し親指を立て、任せろ!と言って家を飛び出した。

震災から数時間後…

00マルマルこちら03マルサン誘導経路上に倒壊家屋の瓦礫で片側車線が通行不可能な状況を発見。派遣車両を迅速に通過させる為に隘路あいろ統制を実施する。送れ!』『こちら00マルマル了解した。実施せよ。』

俺は、前田将暉、今年40歳になった妻と2人の子供を持つ働き盛りの陸上自衛官だ。俺の所属している部隊は警務隊と呼ばれ、自衛隊内で発生する事件や事故の捜査、犯罪が発生しないように防犯活動をしたり、高官や要人警護、交通統制や誘導などの保安活動をする部隊…簡単に言えば自衛隊内の警察機関で一般的にイメージされる自衛官とは少し違っている。現在は再び日本を襲った大震災により所属している部隊に災害派遣への出動が発令され、俺は被災地で活動する災害派遣部隊を誘導するよう編成された1個班3車10名の3分隊ドライバーとして従事していた。

我が3分隊は災害派遣部隊の先頭で誘導しながら被災地の街中を走行していたが、目的地まであと数キロの地点で前方の道路上に障害物を発見した。このままでは被災者が避難する車両と混交して到着が遅れる…すなわち、被災者の救助が遅れてしまうため、交通統制を実施し災害派遣車両を迅速に通過させる所用が発生した。

分隊長の榊曹長そうちょうから、パジェロを邪魔にならない位置に停めるよう指示され、適当な位置に停止させると榊曹長は、『前田2曹にそうは、車両待機!植松3曹さんそうは俺と統制を実施』と各人の任務を付与し統制現場に向かった。
現場は、閑静な住宅地で片側1車線の道路上に住宅の外壁が塀を巻き込み崩れており、その瓦礫が道路上に散乱し1車両分の幅しか空いていない。
そんな現場では的確な統制により派遣車両が次々と通過していくなか、俺は、パジェロの運転席で土地勘のない被災地の地図を広げ、この先の経路を確認していた。
(……す…け)
ドクン!
通過していく車両の音に紛れて胸を鷲掴みする何かが聞こえた気がした。窓を開け神経を集中させる。
(こ……せか……た…けて) 
間違いない。聞こえる。
俺は慌てて運転席から飛び出し、周りを注意深く見渡す。
この瓦礫の中に逃げ遅れ助けを求める被災者が…そう思うと心臓が早鐘を打つように鼓動し、俺の身体を半ば強制的に瓦礫の山に向かわせる。
どこだ!僅かでいい声…音を立ててくれ!必ず見つけるから!
(こっ…  た…け…)
しかし、声の方向がわからない…と、いうよりは頭に直接響いてくるような気がする。が、根拠などないのに胸に確信めいた何かを得た俺は半壊した住宅に向かった。
住宅は2階から崩れ壁や天井が瓦礫となり山になっていた。
俺は駆け寄り瓦礫にある隙間に顔を突っ込むと、そこにはまるで自ら蒼白い光を発しているような白く小さな手が見えた。
子供だ!俺はすかさずその小さな手を握る。と、温かみと微かだが握り返そうとする力を感じた。
もう大丈夫だ!すぐに助けるから!肺から全ての空気を出すような勢いで声を出し、小さな手の先で不安と苦痛の表情を浮かべているだろう存在を勇気づける。
今なら、災害派遣部隊の協力も得られる。俺は、分隊長に協力を求めるため小さな手を握ったまま振り返り、叫ぼうとした瞬間…
ゴゴゴゴ
と地鳴りと共に大地が再び振動を始めた。
最悪なタイミングでの余震に身体中に冷や汗が噴き出す。
さらに目の前の庭地が不快な瓦解音を立てながら裂け始めまるでそこから地球が裂け出すような光景を見てこの場から一目散に逃げ出したい衝動に駆られる。が、阪神淡路大震災や東日本大震災で助けられなかった命をまざまざと見せつけられ、自分の非力を呪った事のある俺は、ただ助けたいという強い想いの炎で恐怖を塗り潰し、瓦礫の隙間にその身を潜り込ませ小さな手を両手で抱き締めた。
自分の身の安全が最優先だとどんな部隊長も派遣時に口にするだろうが、「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め…」と宣誓し入隊した自衛官が、目の前にある小さな命の危険を無視して逃げ出す訳にはいかない!と自らを鼓舞する。

地鳴りと瓦解音の中、俺は小さな手の先にある身体を目指しさらに身体を隙間の奥へと潜り込ませる。
手…肘…二の腕、揺れにより生じる瓦礫の隙間に自分の身体を割り込ませ、その肩口を掴んだ瞬間、足元の地面の底が抜けた。
土砂や瓦礫が容赦なく降り注ぐ中、俺はその小さな存在を素早く抱き寄せ自分の身体で包むようにしながら落下していく。
時間がゆっくりと流れているような感覚のなか、妻や子供たちの笑顔がふと浮かび、『無理はしないでね。』と言う妻に謝罪する。
これが走馬灯って奴かなどと以外と冷静な自分に苦笑し、腕の中にある柔らかく温かい存在だけは助かって欲しいと切に願い身体中で強く抱き締めた。

落ちていく…

落ちていく…

まるで異空間に放り出さたかの様な錯覚のなか、意識を失う刹那に
(だいじょうぶたよ)
と子供の声が聞こえた気がした…



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