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36.それぞれの結末

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 ――その時だ。


 バシコーーーンッッ!!


 と、小気味好い音が部屋の中に響き、コザックの頭が勢い良く下がった。
 その拍子に彼の手から『移動ロール』が転がり落ち、イシェリアも一瞬彼から離れる。
 絶好の機会を見逃さず、ユーリは素早く駆け寄ると、彼女の腰を引き寄せ抱きしめた。


『へへんっ、オレサマ渾身の一発だぜザマーミロッ!! けど『浄化』は効かねぇなぁ。やっぱ元々こういう気色悪ぃ性格みてーだな、このヘンタイクズ王は』
「お見事です、アーテル。よくやりました。君を信じて良かったですよ」


 ユーリは両手に大きなハリセンを持つアーテルを褒めると、長い詠唱を早口にスラスラと唱え、よろめくコザックを紅い眼光で強く睨みつける。


「ギャアアアァァッッ!?」


 その刹那、コザックの凄まじい叫び声が響き渡った。
 彼は血走った目を飛び出さんばかりに見開き、頭を抱えて蹲ると、激しい叫び声を上げながらゴロゴロと転げ回り始める。
 転がりながら髪の毛を掻き毟り、絶えず泣き叫び、涎も鼻水も垂れっ放しという地獄絵図のような酷い有り様だ。


「え? な……? あ……兄上はどうしたんだ? 一体何が……?」
「ずっと耐えていましたが、もういい加減我慢の限界を超えたので、『幻影魔法』を使いました。罪を自ら認めたのでいいかなと」


 ユーリが、コザックの無様な醜態を見せないようイシェリアを強く抱きしめながらケロリとした表情で言い、フレデリックとムートンは「『幻影魔法』?」と訊き返す。


「文字通り、掛けた相手に『幻影』を見せる、最上級の闇魔法ですよ。恐らく人間では僕しか使えないかと。魔族も最上位でないと使えませんね。それだけ高度で、生命と精神に関わる危険な魔法ですから」
「き、危険……?」
「えぇ。色んな『幻影』を対象者に見せられますが、このドクズ王には『自分がこの世で最も嫌悪する悍ましいものに、凄惨で残忍な“お仕置き”を四六時中される』という『幻影』を無期限で見せました。精神が破壊されないように調整をしてありますので、このド変態ドクズ王は一生惨めな汚らしい顔でのた打ち回っているでしょうが、そんなの知ったこっちゃありません。自力で『幻影』を抜け出せれば何とかなりますが、まぁこのド変態ドクズゴミ王では十中八九無理でしょう。御自分がされてきた分以上の地獄を味わえばいいと思いますよ」


 無様にのたうち回っているコザックを横目に、笑顔でそんなことを言ってのけるユーリに、フレデリックとムートンは、


「この方を怒らせると、とんでもなく恐ろしい」


 と、心の底から思ったのだった……。





 そうしてコザックとメローニャの二人は『王』と『王后』の身分を剥奪され、城の地下に投獄された。
 代わりに、貴族や城の者達の満場一致でフレデリックが王に即位し、宰相ムートンの力を借りて日々国の立て直しに力を入れている。


 ロウバーツ侯爵は、ユーリが匿名で出した告発と侯爵の自白部分が入った『音声記録媒体』の提出により、ロウバーツ侯爵令嬢とウォードル公爵令息の暗殺依頼の容疑、そして脱税容疑、その為の書類改竄容疑で捕まり、こちらも牢の中だ。
 ロウバーツ侯爵夫人と令息も、侯爵の悪事を知りながらも止めず加担していたとして、幇助罪の容疑で牢に入れられた。


 ロウバーツ侯爵家に勤めていた使用人達は、イシェリアが王妃の時の『洗脳』前に、この国の貴族を全て調べ、信頼と信用のある貴族達の屋敷への労働紹介状を作成して、それを全員に渡していたので、誰も職を辞することは無かった。
 皆それぞれの場所に合っていたようで、活き活きと楽しく仕事をしているようだ。


 ロウバーツ領は、ウォードル公爵家が実権を貰い管理をすることになった。


 ――そうしてユーリとイシェリアの二人に、ようやく平穏な日々が訪れたのだった。





 数日振りにユーリの住み家に戻って来た二人は、まずは割れた窓硝子を掃除して直した。
 修理金はコザック個人の金品から支払って貰うことをフレデリックに話をつけているとユーリから聞かされ、イシェリアは「抜け目ありませんね」と笑った。

 ちなみにアーテルは、【精霊界】の空気が吸いたいと言って戻っていった。
 召喚主に命名された【精霊】は、次からはいつでも喚び出せるので、アーテルは

『またすぐに喚んでくれよなー!』

 と、軽い調子で帰って行ったのだった。


 そしてユーリは、「もう隠す必要はありませんから」と、鼻辺りまで伸びていた前髪を、目が見えるくらいまで切った。
 二年前と変わらず――いやその時以上に男らしくなった、誰もが見惚れる美麗な顔がハッキリと見えるようになり、イシェリアは何となく目を泳がせてしまう。


「ん? どうしました?」
「あ……いえ、その……。――昔と変わらず、やっぱり格好良いな、って……」
「ふふ、ありがとうございます。襲っていいですか?」
「何でそうなるんですかッ!?」


 そしてユーリの作ってくれた夕ご飯を美味しく戴いた後、彼の「一緒にお風呂に入りましょう」攻撃をイシェリアは何とか振り切り、それぞれシャワーを浴びた二人は、リビングのソファに座り寛いでいた。
 無駄に上手な鼻歌を歌いながら、上機嫌に自分を抱きしめ額や頬に口付けをしているユーリに、イシェリアは思い切って話を切り出した。


「あの……ユーリアスは、目的を果たしたから公爵家に戻ります……よね? でしたら、その……貴方が借りているこのお家を使わせて頂いても良いでしょうか? 私、他に行くところが無いので……。あっ、勿論家賃は毎月払います! ちゃんと仕事を探しますから!」
「…………」
「その、この町の皆さんは優しい方ばかりで、ここに住みたいなと思いまして……。ここなら、一人でも何とかやっていけそうで」
「…………」
「……ユーリアス? どうして黙っているんですか? ……やっぱり……駄目、でしたか……?」


 イシェリアを見つめたまま一向に口を開かないユーリに、彼女は不安になっておずおずと尋ねた。


「……あぁ、すみません。この子は一体何を言っているんだろうって思いながら聞いていました」
「え?」
「ここに住むのは全然構いませんよ。でも、貴女一人じゃありません。勿論僕も一緒です」
「えっ!?」
「公爵家には後継者の兄がいるから大丈夫です。たまに手伝いに行くくらいでいいでしょう。それよりも僕は貴女の傍にずっといたいです。もう何も気にせずに貴女と一緒にいられるんです。僕はそれが何よりも嬉しい」
「……ユーリアス……」
「僕とずっと生涯、一緒にいてくれますか? 貴女を心から愛しています。――イシェリア」


 真剣な表情で自分を見つめるユーリに、イシェリアは黄金色の瞳に涙を滲ませ、笑顔で答えた。


「はい、私も愛しています。ユーリアス……」
「襲っていいですか?」
「いきなりぃッ!?」


 イシェリアの威勢の良いツッコミに、ユーリは「ははっ」と可笑しそうに笑った。


「本気ですよ。言い方を変えますね。――貴女を抱きたい。頷いてくれますよね?」
「……っ」


 イシェリアは息を呑むと頬を赤らませ、やがて小さく頷く。
 ユーリは目を細めて微笑むと、真っ赤になって俯く彼女の手を引き、寝室へと入っていった――



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