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24.ロウバーツ侯爵の絶望
しおりを挟むロウバーツ侯爵は、薄い頭に汗をかきながら、執務室をウロウロしていた。
「――こんにちは、ロウバーツ侯爵。僕をお呼び頂き光栄です」
すると突然背中から声が飛び、ロウバーツ侯爵は悲鳴を上げ、飛び退りながら後ろを振り向く。
そこには、目と耳が黒色の前髪に隠れた長身の男が腕を組み、微笑みながら立っていた。ユーリだ。
「と、突然現れないでくれ! 驚いたじゃないか!!」
「僕は“暗殺者”ですので。音を立てないのが基本なのですよ」
「くそっ、生意気な……。“魔族”みたいな髪色をしやがって……」
悪びれもなく言うユーリに、ロウバーツ侯爵は自分を落ち着かせる為に悪態をつく。
ユーリはそれを全く気にすることなく、ただ微笑んでロウバーツ侯爵の用件を待っていた。
「……儂の娘を暗殺する依頼の件だが、貴様……“偽造”をしただろう!? 娘は生きているじゃないかッ!」
「……ほぅ? 何故そのように思ったのですか? 証拠品は提出した筈ですが」
「その証拠品に付いている血が娘のものじゃ無かったんだ! 国王陛下がわざわざこちらに来られて確認をした。アレは娘の血じゃなく“偽物”だとな!!」
その言葉に、ユーリの身体がピクリと小さく反応した。
「……王が、確認――ですか。何故王に、その血が偽物だと分かったのですか?」
「娘の血は臭い匂いはしないとか美味だとか訳分からないことを言っていたが、“偽物”だとハッキリ確信をしていたようだぞ」
「……美味……」
ユーリがギリリと奥歯を強く噛み締める。それを肯定の意と捉えたロウバーツ侯爵は、彼に向かって声を荒げた。
「やっぱり殺してなかったんだなッ!? このままではこの侯爵家が転落の道を歩んでしまう! 貴様は責任を持って娘を陛下のもとへ連れて来い! そうすれば私はまた安泰の道に戻れるんだ……!!」
「……そうですか。返答をする前に、貴方に一つ質問なのですが」
ユーリの顔が無表情になり、抑揚の無い声音でロウバーツ侯爵に問うた。
「何だ!?」
「貴方、ウォードル公爵家の長男を“暗殺”する依頼を出しましたね?」
「……っ!?」
その問いに、ロウバーツ侯爵は大きく目を見開き息を呑んだ。
「……やはりそうでしたか。目的はウォードル公爵家の没落と、御自分が公爵に成り上がる為……でしょうか」
「……そこまで分かっているなら誤魔化しても仕方ない。あぁ、そうさ。あそこの出来た長男さえいなくなれば、公爵家は転落の一本道だ。次男もいるが、そいつは“悪魔”みたいな風貌をしたロクデナシみたいだからな。今もどこかをほっつき歩いて家に全く寄りつかないと聞いたぞ」
「……ふむ、十分分かりました。では返答を致しましょう。確かに僕は貴方の娘を殺していませんよ。ちゃんと生きています」
「認めたなっ!? では――」
「あぁ、ちょっと待って下さい。目に髪の毛が入りました。もう隠す必要が無くなりましたから、いい加減切りましょうかね。見えにくいし、邪魔で仕方がない」
ユーリはそう言うと、黒く長い前髪を大きく後ろに掻き上げる。
――そこには、老若男女の誰もが全員見惚れるくらいの美丈夫の顔があった。
長い睫毛の下には、燃えるような紅い瞳が輝きを持ってロウバーツ侯爵を見下ろしている。
「ま、“魔族”の瞳……ッ!? き、貴様、本当に“魔族”なのか……ッ!?」
ロウバーツ侯爵がガタガタと震えながら後退ると、ユーリは髪を耳に掛け、フッと妖美に小さく笑った。
「“悪魔”でも“魔族”でも何とでも仰って下さって構いませんよ。僕は“あの子”が言ってくれた言葉があれば、周りなんて全然気にしませんから」
紅い瞳を細めるユーリの耳を見て、ロウバーツ侯爵は再び目を見開く。
「な……? その耳の飾りは……娘と同じ……?」
「おや? 自分の娘が持つ『聖なる力』しか興味が無いと思ったのに、彼女のピアスに気が付いたのですか」
「じゅ、十八歳の誕生日に、娘が嬉しそうな顔でその飾りを触っているのを見ただけだ! 何故貴様が娘と同じ耳飾りをしているんだっ!?」
「ふふ、お揃いが羨ましいのですか? ――まぁ実際、僕のは花型では無いんですがね……。最初に作ったものだから形が歪になってしまって――」
「ざ、戯言はいらん!! 答える気が無いなら、さっさと娘を連れて陛下に渡して来い!!」
「……渡しませんよ。あの変態クズ王なんかには」
「は……?」
ユーリの紅色の瞳が鋭く光る。
「ロウバーツ侯爵、貴方にもね。勿論、ウォードル公爵家も貴方の好きなようにはさせません」
「何だと……!? ――いや、待て……。“悪魔”みたいな風貌……。き、貴様……まさかウォードル公爵家のッ!?」
その問い掛けに、ユーリはただ静かに笑っただけだった。
「没落するのは貴方の方ですよ。色々と貴方の悪事の証拠を掴んでいますから。今日は一応念の為に貴方の話を聞きに来ただけです。先程の自白も『音声記録媒体』で録音しました。頃合いを見て摘発しますよ」
「なあぁ……っ!?」
「あぁ、証拠を消そうなんて無駄な考えは止めて下さいね。誰にも分からない場所に隠してありますから。衛兵に捕えられるまで、布団を被ってガタガタと恐怖と絶望に震え怯えていなさい。近い内に必ずやってくる衛兵のことを考えながら……ね。それでは失礼致します」
ユーリは優雅に一礼すると、音も無く執務室から出て行った。
真っ青な顔で、愕然と床に膝を崩すロウバーツ侯爵を残して――
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