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2.裏切られた灰かぶり娘
しおりを挟む「ちょっと灰かぶり。アンタこの水浸しの廊下をちゃんと拭いておきなさいよ。こんな所にバケツを置いたアンタが悪いんだからね」
「リリールア様、ここにいてはお御足が濡れてしまいます。すぐに離れましょう」
「あらぁ♡ 相変わらずヨセフ様はお優しいわね♡」
猫撫で声を出し、ヨセフに自分の胸を押し付け密着した女性は、髪の色と瞳が薄い茶色という以外は、アスタディアと瓜二つの風貌だった。
彼女は、アスタディアの双子の姉だ。
《月の巫女》という称号を持ち、もう一人の《太陽の巫女》と共に、特殊な力でこのアーフェール大公国を陰から支える存在となっている。
「お姉様……」
アスタディアは分かっていた。リリールアは、わざとバケツを蹴って倒したと。
「アンタ忙しそうだから、折角アンタに会いにこの屋敷に来て下さったヨセフ様はアタシがお相手するわね。――ヨセフ様、アタシの部屋に参りましょう? 美味しい紅茶がありますのよ♡」
「光栄の至りでございます、リリールア様」
ヨセフはアスタディアをチラリと見ると、すぐに目を逸らしてリリールアと肩を並べて去って行った。
「……はぁ……」
アスタディアの口から知らず溜息が漏れる。
最近、ヨセフは自分に会わず、何かと理由をつけてリリールアばかりに会っている。今日もきっと、自分に会いに来たというのは表面上の理由で、リリールアに会いに来たのだろう。彼女も満更ではない様子だ。
最初の頃は、ヨセフは自分にちょくちょく会いに来てくれて、楽しくお喋りをしていたのに……。
父と母は、リリールアとヨセフの寄り添う姿を見ても非難も注意もせず、何も言わない。自分とヨセフの婚約を決めたのは両親なのに。
「……ふぅ」
アスタディアは軽く頭を振って気持ちを切り替える。
(今は少しでも早く床磨きを終わらせよう。“あの子”の為にも、ご飯抜きのお仕置きだけは絶対にさせないんだから……!)
女中達のお蔭で床磨きが早く終わり、アスタディアは彼女達に何度も礼を言うと、母であるエミリアのもとへ向かった。
床磨き完了の報告をすると、彼女はソファーでお茶を啜りながら顰め面をし、ふん、と顔を逸らした。
何も言われないということは、お仕置きもないし、今日の仕事も終わりだ。
アスタディアはホッとし、ペコリと頭を下げると侯爵夫人の部屋を後にする。
(……ヨセフに会いに行こうかしら。この時間はまだ帰ってないわよね。最近彼と話が出来ていなかったし、お姉様のことも含めてちゃんと話さないと)
先ほどの二人の会話だと、リリールアの部屋にいるだろう。アスタディアは彼女の部屋へと足を向けた。
彼女の部屋が近づくにつれ、声が聞こえてくる。女性の……リリールアの声だ。何かを叫んでいるような……?
見ると、彼女の部屋の扉が半開きになっている。そこから彼女の声が漏れていた。
――喘ぎ声と、何かを強く打つ音と共に。
「…………」
アスタディアの心臓がドクドクと大きく波打つ。
周りの音が消え、己の鼓動だけが激しく耳に響いてくる。
信じたくない思いと確かめたい思いを胸の中で交互させながら、彼女は恐る恐る、半開きの扉から部屋の中をゆっくりと覗き込んだ。
「…………っ!?」
――そこには、女の細腰を掴み、自らの下半身を彼女の尻にぶつけ、一心不乱に腰を振っている裸の男の姿と、甲高い喘ぎ声を響かせ髪を振り乱し、汗を飛び散らせながら揺さぶられている裸の女の姿があった。
その二人は、アスタディアのよく見知った二人で。
「あぁっ、いいわ……っ。最高よヨセフッ!」
「リリールア……ッ」
(お……姉様……。……ヨ、セフ――)
ヨセフは背中を向け、腰を振るのに夢中でアスタディアには気付いていない。
不意にリリールアがこちらを振り向いた。
大きく見開いていたアスタディアの灰色の瞳に、口の両端を大きく持ち上げた悪魔のような笑みが飛び込んできて。
「…………っ!!」
アスタディアは踵を返し、床を蹴って走り出した。
今見た光景とリリールアの嬌声と嗤いと腰を打つ音が頭の中でグルグルと激しく回る。
急激に気持ち悪くなったアスタディアは、堪らずトイレに駆け込むと胃の中のものを全て戻した。
「うっ……。ゲホッ、ケホッ……」
暫く蹲りながら咳き込み、徐々に落ち着いてきたアスタディアはヨロヨロと立ち上がると口をゆすぎ、フラフラと自分の部屋へ戻った。
そして洗面台に行き歯磨きをして口の中をスッキリとさせると、真っ直ぐにベッドに向かい、そのままポスンと寝転ぶ。
(……お姉様の、あの嗤い……。わざと扉を半開きにして私に見せつけたんだわ……)
アスタディアは、以前からリリールアに頻繁に嫌がらせや苛めを受け、ドレスや宝石をいくつも奪われてきた。
父と母はそれに対して何も言わず、止めもしなかったので、リリールアの嫌がらせや盗み取りは日常茶飯事になってしまっていた。
そして、今度は婚約者まで奪った……。
何故、そこまで姉に嫌われてしまったのだろうか。全く身に覚えがないし、分からない……。
「……いつから二人はあんな関係になっていたんだろう……」
ポツリと呟くと、アスタディアの胸の辺りがゴソゴソと動き、首元から深い藍色の毛むくじゃらが飛び出した。
「……シン」
アスタディアは、その掌に乗る位の大きさの毛むくじゃらの名前を口に出す。
シンはテコテコと動き、寝そべる彼女の頬にキュイキュイと可愛らしい声で鳴きながら何度も擦り寄ってくる。
よく見ると、とても小さいが、手足や目と口もちゃんとあった。
「……ふふっ、慰めてくれてるの? 本当にあなたは良い子ね。ありがとう。大好きよ、シン」
アスタディアはクスリと笑い、シンのフワフワした毛を優しく撫でる。触り心地は抜群で、彼女の心が少しずつ癒やされていく。
アスタディアはシンの小さな口にチュ、とキスをすると、そのフワフワした身体をそっと抱きしめた。
「……大丈夫。私は、大丈夫。大丈夫――」
瞳を固く閉じ、自分に言い聞かせるように何度も同じ言葉を口にするアスタディアを、シンはそのつぶらな瞳でジッと見つめていた――
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