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107.亡者達の声
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それにしても、何でしょうか……?
お城の中に入ってから、何か複数の声が聞こえる気がするのですが……。
それは女性だったり、男性だったり、子供だったり……。
何かを言っているのは確かなのですが、声が遠くて聞き取りにくいのです。
「ね、父さん。何か声が聞こえない?」
「声? この城の騎士共の情けない叫び声ならいくらでも聞こえるぜ?」
「ううん、違うの。色んな人の声。でも何を言ってるのか分からなくて……」
「んー……いや? 父ちゃんは何にも聞こえねぇな。空耳じゃねぇのか?」
「うーん……?」
父さんが頭を振って私が首を傾げると、ライさんが話に入ってきました。
『おっ、ユヅキ。お前にも“この声”が聞こえるんだな。お前は他の【聖なる武器】の声も聞こえるし、何か特殊な波長の持ち主なのかもなぁ』
「えっ、ライさんにも聞こえてるの、“この声”が?」
『あぁ、この城に入ってからハッキリとな。それが少しでも聞こえるんなら、俺様を持てばコイツらが何を言ってるか聞かせてやれるが……マジで気持ちのいいモンじゃねぇぞ。聞くんだったら覚悟しといた方がいいぜ』
私は一瞬迷ったけど、しっかりと頷きました。
この声は無視せず聞いておいた方がいい、と心の奥底で誰かに言われた気がしたのです。
「父さん、少しライさんを貸してくれる?」
「……気分悪くなったらすぐに離すんだぞ?」
「うん、分かった」
『俺様を持ったら、すぐにその声が聞こえるようにするからな』
「うん」
父さんが近くの部屋の扉を開け、中に誰もいないのを確かめると部屋に入り、鍵を閉めます。
「ほら」
「ありがとう」
父さんからライさんを手渡されたと同時に、私の髪の色が黄金色に変わります。
刹那、様々な人達の声が、私の頭の中にゴチャ混ぜになって飛び込んできて……!?
『あぁ……腹減ったなぁ。もう一週間以上水しか飲んでいない……。恨むぞ……心から恨んでやるぞ、王め……。俺の金を全て奪ったお前を――』
『おかあさぁん、おなかすいたよぉ……。おなかすいた……』
『ごめん、ごめんね……。もう売るものが何もないの……。家もお金も、何もかも無くなってしまった……。あなたまで失ってしまったら、私はもう生きては――』
『こんな寒さの中で一人凍え死ぬなんて……。せめて、あの王に一矢報いてから――』
『あの男の醜い身体にちょっと驚いただけだったのに、顔に大きなキズをつけられて、仕事が貰えなくなって……。この国一の娼婦の私がどうしてこんな……。あの男……王が赦せない……。赦さない、絶対に――』
『何故俺達がこんな目に遭わなきゃいけないんだ……。何も悪いことなんて……していないのに――』
『嗚呼……憎いにくいニクイ。あの王がとてつもなくニクイ――』
『俺タチは……私タチは死ンデモ決して赦シハシナイ……愚鈍なオウめ……!!!』
「…………っ!!」
気付けば私は、大きく見開かれているであろう両目から、ボロボロと涙を零していました。
「柚月っ!?」
それを見て、父さんが慌ててライさんを取り上げます。
私の髪が元の色に戻ったけど、激しい憎悪と遺恨に満ちた言葉達が頭の中を駆け巡り、瞬きも出来ないまま、涙が次々と溢れて止まりません。
呼吸もままならなくなり、口からハッ、ハッと犬のように短い息を吐き出している自分が、何故か遠くに感じられました。
何で? 息が、いきができない……!
苦しい、くるしい、クルシイ……!!
「柚月っ! ――この症状、過呼吸かっ!?」
頭の上から鋭い舌打ちが聞こえたと思ったら、父さんの大きな手が私の左胸の上にそっと置かれました。
「柚月……柚月、聞こえるか? 大丈夫、怖くない。苦しいのはホンの少しの間だけだ。必ず収まるから、安心しろ。自分の心臓の音、聞こえるか? 落ち着いて、ゆっくり息を吐け。少しだけ吸って、ゆっくり吐いて……。そう、そうだ。いいぞ、柚月。いい子だ……」
ひどく優しく響く低い声音に、苦しみの中、涙で霞んだ目を父さんに向けると、すぐ近くに吸い込まれそうな夜空の色がありました。
父さんの瞳が、心配そうに揺れて私を見つめています。
……あ、意外に睫毛長いんだ……父さん、お前もか……イケメンズルイ……と、息を吐きながら霧が掛かる脳裏でぼんやり考えていると、次第に苦しくなくなってきて――
……気が付けば、私は普通に息が出来るようになっていました。
呼吸が落ち着き、心臓の音も正常に戻ったことを確認した父さんは、ホッと息をつくと私の左胸に置いてあった手を離します。そして、私の目尻に残る涙を指で拭いました。
「……大丈夫か?」
「……あっ。う、うん……大丈夫――」
「もう無茶はしないでくれよ。ヒヤヒヤしたぜ、ったく……」
「ご、ごめんね。ありがとう」
「おぅ。騎士時代に応急処置の訓練も受けてたからな。役に立って良かったぜ」
『ユヅキ、悪かった! お前の感受性がそこまで高いとは思ってなかったんだ……。俺様はアレの受信は制御出来るが、お前は初めてだってこと忘れてたわ……。アレが一気に入ってきちまったらキツイに決まってるよな……。ほんっとうにすまねぇ!!』
ライさんが勢い良く謝ってきたので、私は慌てて手を振ります。
「ライさんは悪くないよ! 私の覚悟が足りなかったんだ……。あんな……あんなにもひどい――」
「ライ、お前あとでみっちりお仕置きな。柚月、一体何が聞こえた? ゆっくりでいいから教えてくれ」
「……ここの王様の所為で亡くなった人達の、強い恨みと……深い憎しみと悲しみの声……。お城の中に……たくさん、たくさんいるよ……。きっと、街で苦しんで亡くなった人達がここに集まって――」
「……そうか……。――柚月、走るぞ。振り落とされんなよ」
父さんは眉間にシワを寄せギュッとキツく唇を噛み締めると、私を左腕で抱えたまま部屋を飛び出し、疾走を再開しました。
次々と騎士や警備隊が立ち向かってきたけど、相変わらず私達の容姿で怯んで動きが止まり、父さんの雷技で瞬時に気絶させられていきます。
やがて、私達の背より倍もある、豪華な装飾がされた両開き扉の前に着きました。
そこを守っていた騎士達も雷技で一掃し、父さんはその巨大な扉に向き合います。
うわぁ……。この扉、沢山の金や宝石が無駄についていて、お値段的にすごく高そう……。
「ここが王の間……謁見の間とも呼ばれる場所だ。チッ、この扉も見れば見るほど腹立つな……。柚月、父ちゃんは今、かーなーりムカついてるから、強行突破で行く。少し乱暴に動くから父ちゃんの首にしっかりとしがみついてろ」
「えっ、普通に開けるんじゃ――」
「――はぁッ!!」
私が言い終わる前に、父さんの回し蹴りが扉に直撃します!
ズッガアアァァンッッ!!
扉は巨大な音を立てて外れ、見事に中へと吹っ飛んでいきました!?
ヒイィィッ!! 高そうな扉があぁーーっ!?
べ、弁償できるのコレッ!? 後先考えてよ父さぁーーんっ!!
私の心の嘆きなど露知らず、父さんは怒りの形相でズカズカと大股で中へ入っていったのでした……。
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