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106.犬猿の二人が交わした約束

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「よし、そんじゃ行くとするか。正面突破は流石に厳しいから、警備の少ないバルコニーから入るぞ。落ちないようにしっかり掴まってろよ」
「えっ!? ちょっと待って、不法侵入するの!? そんなの聞いてないよ!?」
「今言ったからな」
「えぇーーっ!?」

 しれっと言うと、父さんは城の真上まで飛び、一度ピタリと止まると、お城のバルコニー目掛けて急降下し始めました……!

「…………っ!」

 私はただ、父さんに必死にしがみつくしかありません……。

 バルコニーで外を見張っていた二人の騎士は、こちらに向かって飛んでくる父さんに気が付くとアタフタし始めます。

「ひっ!? あの黒髪と黒い翼は……!? ――まっ、まさか、【闇堕ち】したあの《雷の聖騎士》っ!?」
「な、何だとっ!? 封印が解けたと聞いていたが、この城を真っ先に狙ってくるなんて……!」
「……えっ? あ、あれっ!? 見て下さい先輩!? もう一人黒髪がいますよっ!? ……お、女ぁ……? ど、どういうことでしょうか先輩っ!?」
「くっ、黒髪が二人っ!? 私に聞くな! くそっ、なんて不吉な……! ――ええいっ! 怯むな、剣を構えろっ! とにかく攻撃しろっ!」
「はっ、はいぃっ!」

 ……そう言う割に、二人共カタカタして超へっぴり腰になっていますが……。

「おいおいおい、ちゃんと鍛錬受けてんのか? ボンクラ王に引っ張られて騎士共も格が落ちちまったのかぁ? はあぁ、情けねぇ……」

 父さんは大きく溜め息をつくと、バルコニーに降り立ちサッと翼を消しました。そして、小刻みに震えて呆然と剣を構えている騎士二人に、素早くお腹に蹴りをめり込ませます。

「すまねぇな、っと」

 騎士二人は声を出す間もなく、床にドサッと倒れてしまいました。反応がない所を見ると、どうやら気絶してしまったようです。
 私を抱えながらも、一撃で気絶させられる父さんの蹴り……。お、恐ろしい……。

「よし、このまま王の間まで行くぞ。これからどんどん騎士やら警備隊やらが湧いて来ると思うが、恐がる必要はないぜ。父ちゃんが全部やっつけてやるから。お前には誰にも指一本触れさせねぇ。坊主とも約束したしな」

 ソレハトテモタノモシイデスネ!

 でもこういう状況を作った張本人は父さんなんですがーーっ!!
 何でこんなことにぃーーっ!?

 ――って、あれ? さっき『坊主』って言った? それってイシュリーズさんのことだよね?

「父さん? イシュリーズさんと何か約束したの?」

 気になって問い掛けると、父さんはしまった、という顔をしたけど、私がジト目で睨むと、観念したように話し始めました。

「……あー……と、な。昨日、オレが買い物終わって街から帰ってきた時、廊下で坊主とバッタリ会ったんだよ。アイツ、真っ先に『柚月をどうかお願いします』って頭下げてきてさ。『お前に言われるまでもねぇ』って返したら、『彼女に何かあれば、俺は貴方を全力で殺してすぐに彼女の後を追います』って超笑顔で言われたんだよ! 流石にアレは一瞬寒気が走ったぜ……。目が全然笑ってねぇんだよ……」
「……イシュリーズさんがそんなことを……」

 心臓がきゅっと苦しくなり、胸元で手を強く握りしめます。

「アレはマジで殺しにくるわ、確実にな。でもま、アイツの約束なんてなくても、お前は父ちゃんが必ず守ってやるから」

 父さんは私に笑い掛けると、不意に自分の足元を見ました。

「蹴りもいいが、一気にぶっ飛ばすには、技を使った方が効率がいいな。ライの力を借りるか。両手が塞がってるのも、何かあった時の対処が遅れるか……」

 父さんの呟きに、私は離れた方がいいと判断し、身動ぎして降りようとしたところ、頭上から声を掛けられます。

「柚月、ちょっと父ちゃんの首に両方の腕を回してくれ」
「……え? こ、こう……?」
「よし。一旦お前を離すから、ちゃんと掴まってろよ」
「え、えぇ……?」

 父さんの腕が離れ、お姫様抱っこを解除したと思ったら、今度は左側の腕だけで抱えられてしまいました。

「これで何かあった時は右手でライを持てるな。……おっ? この体勢は、お前の胸が当たって……ふはんほうはんははふはっは、ふひほははひへふへ(すまん冗談だ悪かった、指を離してくれ)」

 私は思いっ切り、父さんの頬を両手でぐいーんと伸ばして、ギュッとつねってあげました。
 全く、こんな時にまでセクハラどスケベオヤジを発動して……! ――あれ、意外と伸びるね面白い!

「――ってて、お前引っ張り過ぎだって……。頬が垂れ下がるわ。冗談はさておき、行くぜ柚月。振り落とされないようその腕を離すんじゃねぇぞ。――ライ、頼むぜ」
『おぉ! やっと出番だな、やってやるぜ!』

 そう言うと、父さんはスゥッと目を細め真剣な表情になり、床を大きく蹴って駆け出しました。


 ……ん? 父さんのペースに流されちゃったけど、一旦私を地面に降ろして抱え直した方が早かったんじゃ……?
 ナルミさんに会った時も、私が言いたいこと父さんきっと解っていたはずなのに全然降ろしてくれなかったし、一体何なんだろう……?


 騒ぎを聞きつけた騎士と警備隊が武器を構えてやってきたけれど、私達の容姿を見てざわめき怯み、その隙をついた父さんの黒い雷で一斉に倒れていきます。
 この世界で忌み嫌われている黒髪が役に立っているようです……。うん、何だかとっても複雑な気分……。
 ……あっ、そうだ! 父さんってば、ちゃんと手加減してるよね!?

「父さんっ!」
「大丈夫だ、最小限の力で気絶させてるだけさ。絶対に殺しはしない。約束したもんな、柚月?」
「うん――」

 向かってくる騎士や警備隊の中に、父さんに敵う相手は誰もいませんでした。
 私達の後ろには、倒れて気絶した騎士と警備隊の人達が積み重なっていきます……。

「……はぁ、ホント情けねぇ。二十年の間で、王を守る騎士はこんなに弱くなっちまったのか。あんなタヌキ野郎なんて守りたくねぇ気持ちは十二分に分かるが……」

 さっきから父さんの溜め息が止まりません。
 父さんは《聖騎士》になる前はこの国の騎士だったから、現状の騎士の有様に嘆いているようです……。


「この件が解決したら、オレが直接アイツらを鍛え直してやるか……。今までサボってた分、ビシバシゴキッとな。その後ブシュッと――」


(ゴキッ!? ブシュッて何!? 何の音!?)


 ボソリと呟かれた言葉に、私は尋ねる勇気が持てなくて、聞かなかったフリをしたのでした……。



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