上 下
52 / 134

52.《神様》のあやまち

しおりを挟む



 ハッと気づくと、周りは真っ暗な世界でした。
 私はまだ、空中に浮いているようです。

 不意に、淡い光がぼぅっと二つ現れます。その光に包まれていたのは、何と母さんと子供の私でした。
 母さんは子供の私を胸の中に抱きしめ、不思議そうにキョロキョロと辺りを見回しています。
 子供の私は意識はありましたが、ボーッとしており、どこか焦点が合っていないような状態でした。

 すると母さんの目の前に、同じく光に包まれ、先程のお爺さんの姿が現れました!
 母さんは驚いたように身体を強張らせましたが、腕の中の私を守るように身を屈め、恐る恐る口を開きます。

『あの、あなたは……?』
『ワシは、お主の今までいた世界、〈バーラウズ〉の《神》をやっておる者じゃ』
『か、神様っ!? 神様がいらっしゃるってことは、あそこは雲の上の世界だったのですね……?』
『……どういう判断でそう思ったのかは不思議じゃが、お主が元住んでいた世界から遠く離れておるから、そう解釈しても不正解ではないな。ちなみにここは、生と死の境目の空間じゃよ』
『生と死の……境目の空間……?』

 困惑する母さんに、お爺さんは杖をついて、一歩近付きます。

『あの角の生えた魔物は、《勇者》が召喚士に頼んで魔界から呼び寄せた奴じゃ。恐らく《聖騎士》の中に気に食わない者がいたんじゃろう。腹いせで魔物を召喚したと言っていいかもしれん』
『……そんな……』
『〈バーラウズ〉に呼び寄せる《勇者》を決めたのはワシじゃ。四つの王国の王達に【祈り】を通して頼まれたのじゃよ。あの者は、元の世界では非常に優秀で人望も厚くてな。《勇者》として適任と判断したワシは、〈バーラウズ〉に来て貰おうと、あの者の夢の中に介入して誘いかけたんじゃ。あの者は、二つ返事で了承しおった。そしてワシは転移の為、桜の木がある丘の上から飛び降りるよう指示したのじゃ』
『あ……』

 母さんが、思い当たったように声を上げます。

『そうじゃ。お主が、あの者が自死しようとしていると勘違いした、あの丘の上じゃよ。たまたまそこにいたお主は、あの者を助けようと手を伸ばし、一緒に落ちて転移に巻き込まれた……』
『……はい』
『更に不運は重なった。あの者の優秀で人望が厚い姿は表向きで、実際は面倒臭がりで自分本位の、残忍で冷酷性を持った男じゃった。あの者は巧妙にそれを隠しておった。本当の姿を見抜けなかった、ワシの責任じゃ……』
『……あの……。その人を、元の世界へ……日本へ帰すことは出来ないのですか? 神様がその人を帰せないのですか?』

 母さんが尋ねると、お爺さんは、一瞬こちらを見た気がしました。
 そしてすぐに、母さんの方へ視線を戻します。

 ……え? 私の姿、見えてないはずだよね? 気の所為……?

『魔界の住人と同じく、異世界の者も、死ねば身体が元の世界へと還るのじゃ。だが生きたまま帰すのは、方法はあるのじゃが……今は難しいじゃろう。ワシは《神》じゃが、〈バーラウズ〉の世界には基本介入できん。ワシが必要以上に介入してしまうと、世界の秩序が狂うのでな。それだけは許されないんじゃよ』
『そう、なんですか……』

 なるほど。《神様》だからって、何でもやっていいわけじゃないんですね……。

『お主はあの者を助けたいと思う心で行動し、結果転移に巻き込まれ、我が子を助けたいと思う心で行動し、結果殺されてしまった。お主の心は全て善意じゃが、あの者の悪意が強く、悪い方へと事が成されてしまった。すなわちそれは、あの者を選んでしまったワシの責任でもある』
『そんなこと……』

 目を瞑り、首を左右に振る母さんに、お爺さんはお髭の中で静かに笑みを浮かべました。

『以前からの行動を見て分かっておったが、お主は優しいの……。特例として、お主達を生き返らせ、元の世界へ帰してあげよう。貫かれてしまった場所も再生させるが、皮膚までは元の色にはならんかもしれん。恐らく大きな痕が残るじゃろう』
『……え、えぇっ!? 痕のことは全然いいのですが、生き返らせるって……。よ、よろしいのですかっ!?』
『ワシは、お主が不憫でならない。これは特例じゃ、二度はもう無いじゃろう』

 母さんは慌てて頭を深く下げました。

『あっ、ありがとうございます……! あの、元の世界って、わたしが今までいた雲の上の世界ですか? それとも日本でしょうか?』
『ニホンじゃ。お主は一度死んでしまった身じゃから、生まれた場所へと還らねばならぬ。お主の子供の生まれた場所は〈バーラウズ〉じゃが、髪の色が黒じゃ。忌み嫌われている黒髪じゃと、〈バーラウズ〉では住みにくい。お主と一緒の方がいいじゃろう』
『そう……ですか……。ならもう、あの人には二度と会えないんですね……』

 母さんが顔を伏せ、ボソリと呟きます。

『……いや。〈バーラウズ〉に住む者がお主を心から望み、召喚術を使える者が術を発動し、お主が召喚に応じれば、再び〈バーラウズ〉へと戻る事が出来るじゃろう』

 お爺さんの言葉に、母さんはパッと顔を上げ、喜びの表情を浮かべました。

『そうなんですね、良かった……! あの人は、あの後魔物を倒して、皆を守ったと思います。あの人のことだから、わたし達が死んだと信じないはずです。そして日本に戻ったわたし達を望み、呼んでくれるでしょう。だから、この子とずっと待っています。あの人からの望みの声を……』
『……そうか……。希望ならば、〈バーラウズ〉にいた時の記憶を封印する事も出来るが、それは必要なさそうじゃな』

 母さんは、その言葉に俯きしばらく考えた後、口を開きました。

『すみません、神様。この子の記憶だけ封印して下さい』

 えっ? 母さん、どうして……!?

『……理由を訊いてもよろしいかな?』
『はい。この子……柚月は、わたしがこの子を庇って、角に刺されたところを見てしまいました。わたしのお腹の痕を見たら、自分の所為で痕を残してしまったと、ずっと気に病んでしまうでしょう。この子はとても優しい子ですから……。あの人が呼んでくれるまで、この子には何も気にすることなく、明るく元気に過ごして欲しいんです』

 ……母さん、そんなことを考えてくれてたんだ……。私のことを想って……。

『……よう分かった。その子の記憶を封印しよう。だが、まぁこれは無いじゃろうが、〈バーラウズ〉との因縁が深き者と繋がり、その子が記憶を取り戻したいと強く願えば、封印の力が弱くなり、封じられた記憶が開放されてしまうかもしれん。それでもいいかの?』
『はい、構いません。この子が記憶を取り戻したいと願う時はきっと、辛い記憶にも負けないような、強い子になっていると思いますから』

 そう言って母さんは微笑むと、幼い私をギュッと抱きしめました。


 ……母さん。
 母さん……っ!!


 私の両目から、涙がボロボロと溢れ出てきます。

『よう分かった。……では、そろそろ始めようかの。ニホンの国で達者でな』
『はい、神様。本当に、色々とありがとうございました』
『礼などいらんよ。元はと言えばワシが悪いのじゃから。……すまなかったの』
『神様……』

 お爺さんは最後に謝罪すると、杖を大きく振りかざしました。
 瞬間、眩い光が母さんと幼い私を包み込みます。



 そこで私の意識もなくなり、深い闇へと落ちていきました――


しおりを挟む
感想 20

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

地味女で喪女でもよく濡れる。~俺様海運王に開発されました~

あこや(亜胡夜カイ)
恋愛
新米学芸員の工藤貴奈(くどうあてな)は、自他ともに認める地味女で喪女だが、素敵な思い出がある。卒業旅行で訪れたギリシャで出会った美麗な男とのワンナイトラブだ。文字通り「ワンナイト」のつもりだったのに、なぜか貴奈に執着した男は日本へやってきた。貴奈が所属する博物館を含むグループ企業を丸ごと買収、CEOとして乗り込んできたのだ。「お前は俺が開発する」と宣言して、貴奈を学芸員兼秘書として側に置くという。彼氏いない歴=年齢、好きな相手は壁画の住人、「だったはず」の貴奈は、昼も夜も彼の執着に翻弄され、やがて体が応えるように……

女性が全く生まれない世界とか嘘ですよね?

青海 兎稀
恋愛
ただの一般人である主人公・ユヅキは、知らぬうちに全く知らない街の中にいた。ここがどこだかも分からず、ただ当てもなく歩いていた時、誰かにぶつかってしまい、そのまま意識を失う。 そして、意識を取り戻し、助けてくれたイケメンにこの世界には全く女性がいないことを知らされる。 そんなユヅキの逆ハーレムのお話。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。

ラディ
恋愛
 一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。  家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。  劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。  一人の男が現れる。  彼女の人生は彼の登場により一変する。  この機を逃さぬよう、彼女は。  幸せになることに、決めた。 ■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です! ■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました! ■感想や御要望などお気軽にどうぞ! ■エールやいいねも励みになります! ■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。 ※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。

処理中です...