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38.二度目の危機

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 兵士達との戦闘が始まりました。
 彼らの狙いはイシュリーズさんと私なのですが、リュウレイさんが加勢してくれ、二人が数十人の兵士達を相手に戦っています。
 門番達はリュウレイさんの指示で避難させ、私は離れた所でウインさんを構えて警戒中です。

『魔物が相手なら躊躇なく殺せるんだが、相手は何も悪くない《勇者》の部下である兵士だ。あの人数を相手に、怪我が無いよう気絶だけさせるのはなかなか骨が折れるだろうな』
「そうですね……」

 私も何か手伝えればいいのですが、何の武術も剣術も持たない一般人なので、足手まといになるだけです……。
 でも、少しでも役に立てることがあるなら動ける駒になりたいと、こうしてイシュリーズさん達を遠くから見守っているのです。


 ……と見守っていた矢先、一人の兵士が剣を右手に持って、こちらに向かって走ってきました!

「ひっ、ひぇっ!? うっ、ウインさんっ!? きっ、来ましたよっ!? どっ、どうしましょうっ!?」
『一人逃してしまったか。あの二人もまだまだだな。取り敢えず落ち着けユヅキ。君なら出来る』
「なっ、何をでしょうか!? 私は気絶させる技術なんて持ってませんよ!?」

 それとも逃げ回ればいいんでしょうか!? 私の足じゃ絶対追いつかれる!!

『なに、私をあの兵士に少し触れさせるだけでいい。私が放つ電撃は、与える強さによって威力が変わってくる。相手に私を強烈にぶつけるほど、電撃の威力も大きくなるんだ。以前、君は私を使って魔物を一撃で倒しただろう? それは、私をぶつける強さがとても大きかった為だ』
「そ、そうだったんですか」

 ……と、ウインさんと話している間に、兵士が来てしまいました!
 彼は私の前でピタリと止まり、ゆっくりと剣を構えます。

 ……その右腕は、カタカタと小刻みに震えていました……。


「……すまない。君は何も悪くないんだが、殺らなければ俺達が殺される……。俺はまだ死にたくないんだ……。国に、家族がいるんだ……。本当にすまない……」


 それは、喉の奥から絞り出したような、苦しみに満ちた声音でした。

「……すみません。私も、失礼しますね……」

 私は目を細めて少しだけ顔を背け、兵士さんの胸にウインさんをコツンと軽く当てます。
 瞬間、ビリっと兵士さんの身体に電撃が走り、彼は声もなくその場に倒れました。

『大丈夫、気絶しただけだ。怪我もないし、命に別状はない。良くやったな』
「はい……。でもこんなの、辛過ぎます……」
『……そうだな。お互い、虚しくなるだけの戦いだ』
「…………」

 重苦しい空気を少しでも払おうと首を振ると、視界の隅に、《勇者》と《聖女》の姿を捉えました。

(あの二人! 岩石を思いっ切りぶん投げてやりたいっ!!)

 睨みつけながらそちらに目を移すと、木に隠れるように《勇者》と《聖女》が立っていて、もう一人、フードを被った見知らぬ人がいました。
 《勇者》がフードを被った人と何かを話すと、その人は近くにある森の中に入っていきます。
 《勇者》はそれを見届けると、《聖女》と一緒に、離れた場所に置いてある馬車へと向かって歩き出しました。


 ……あ、ちなみに私、昔から目だけはいいんです。今もそれぞれ2.0以上はありますよ。


 早速、今見たことをウインさんに報告します。

「ウインさん。《勇者》と《聖女》の他に、フードを被った知らない人が一緒にいました。その人、《勇者》と話した後、森の方へと入っていきましたよ」
『何だと? ……フードを被った、か……。嫌な予感がするな。《ウォータースピア》にその事を知らせよう。君は気を抜かず警戒していてくれ』
「分かりました」

 イシュリーズさん達の方を見ると、半分以上の兵士が気絶して倒れています。
 イシュリーズさんはいつもより動きが鈍いので、やっぱり苦戦しているようです……。

 その時でした。森の中から不愉快な咆哮が聞こえ、地響きが起こります。
 すると、森から沢山の大きなムカデのような魔物が現れ、土煙を立てながら一斉にこちらに向かってきました!


「ぎゃああぁぁっ!! 出た、出た出た出たぁーーっ!!」
『くそっ、嫌な予感が当たってしまったか……!』


 私、足が沢山付いてる虫が大の苦手なんです! 例え小さくても、見つけたら絶対に悲鳴を上げてしまいます。
 だから家の中に出た虫は、専ら母が退治してくれていました。母は◯ッキーでも笑顔で瞬殺します。スリッパでスパーンッッ! ……と。
 色んな意味でうちの母強しです。

 そんなわけなので、小さいのでも駄目なのに、何ですかあの巨大ムカデは!?
 め、めちゃくちゃ気持ち悪いぃ~~っ!! 直視できない!!


 イシュリーズさんとリュウレイさんは、残った意識のある兵士達に逃げろと指示を飛ばすと、気絶している兵士達の前に立ち、巨大ムカデ達と対峙します。
 でも二人だけでは、あんな沢山の魔物達を相手に、気絶している兵士達を庇いながらの戦闘は不利です……!

 ……こうなったら……!

「ウインさん! 私、向こうに行って、倒れてる兵士さん達を担いで遠くへ逃します! そうすれば、少しはイシュリーズさん達も戦いやすくなるはずですよね!?」
『あぁ、確かにそうだが……。戦闘の近くに行くから、かなり危険だぞ?』
「分かっています。けど私も、少しでも役に立ちたいんです!」

 私の決死の覚悟に、ウインさんも気が付いたようです。

『……分かった。私が君を守るから、くれぐれも無茶はするなよ』
「了解です!」

 言うと同時に、私は走り出しました。
 その時、イシュリーズさんの背後から、巨大ムカデが襲い掛かるのが見えました。
 イシュリーズさんは兵士達を気にしながら三匹のムカデと戦っているので、後ろのムカデには気が付いていません。
 リュウレイさんも、他のムカデ達の相手で精一杯です。
 ――誰も、イシュリーズさんを助けてくれる人はいません。


 あのままじゃ、確実にイシュリーズさんが……っ! ウインさんにそのことを伝えたとしても間に合わない!!


 ――私は無意識に、ウインさんを投げるモーションを取っていました。

『ユヅキ、君はまた……!』

 ウインさんが勘付きましたが、もう遅いです。


「ウインさん、ごめんなさいっ!! やっぱり私は、私なんかよりイシュリーズさんの命の方が大切なんです!! どうか彼を守ってっ!! どりゃあぁぁっ!!」


 私は思いっ切りウインさんを振り被り、ぶん投げました!!
 ウインさんは見事に野球のボールのように真っ直ぐに飛び、イシュリーズさんのすぐ背後に迫っていた巨大ムカデにぶつかります!


「キィエエェェッ!!」


 バチバチッと盛大な稲光が走り、巨大ムカデを強力な電撃が襲います。
 それは真っ黒焦げになり、バタリと倒れて動かなくなりました。
 と、同時にイシュリーズさんは三匹の魔物をカマイタチの風で倒します。
 自分のすぐ後ろにいた焦げ焦げのムカデを目を瞠って見ると、肩で大きく息をしている私の方に視線を寄こします。


「柚月、貴女はまた……っ!!」


 ……すみませんイシュリーズさん、約束を破ってしまって……。
 でも、何も出来ない私なんかの命より、その手で沢山の人を守れるあなたの命の方がとても大切なんです。
 天秤にかける前から分かり切っていることなんです。


 
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