38 / 134
38.二度目の危機
しおりを挟む兵士達との戦闘が始まりました。
彼らの狙いはイシュリーズさんと私なのですが、リュウレイさんが加勢してくれ、二人が数十人の兵士達を相手に戦っています。
門番達はリュウレイさんの指示で避難させ、私は離れた所でウインさんを構えて警戒中です。
『魔物が相手なら躊躇なく殺せるんだが、相手は何も悪くない《勇者》の部下である兵士だ。あの人数を相手に、怪我が無いよう気絶だけさせるのはなかなか骨が折れるだろうな』
「そうですね……」
私も何か手伝えればいいのですが、何の武術も剣術も持たない一般人なので、足手まといになるだけです……。
でも、少しでも役に立てることがあるなら動ける駒になりたいと、こうしてイシュリーズさん達を遠くから見守っているのです。
……と見守っていた矢先、一人の兵士が剣を右手に持って、こちらに向かって走ってきました!
「ひっ、ひぇっ!? うっ、ウインさんっ!? きっ、来ましたよっ!? どっ、どうしましょうっ!?」
『一人逃してしまったか。あの二人もまだまだだな。取り敢えず落ち着けユヅキ。君なら出来る』
「なっ、何をでしょうか!? 私は気絶させる技術なんて持ってませんよ!?」
それとも逃げ回ればいいんでしょうか!? 私の足じゃ絶対追いつかれる!!
『なに、私をあの兵士に少し触れさせるだけでいい。私が放つ電撃は、与える強さによって威力が変わってくる。相手に私を強烈にぶつけるほど、電撃の威力も大きくなるんだ。以前、君は私を使って魔物を一撃で倒しただろう? それは、私をぶつける強さがとても大きかった為だ』
「そ、そうだったんですか」
……と、ウインさんと話している間に、兵士が来てしまいました!
彼は私の前でピタリと止まり、ゆっくりと剣を構えます。
……その右腕は、カタカタと小刻みに震えていました……。
「……すまない。君は何も悪くないんだが、殺らなければ俺達が殺される……。俺はまだ死にたくないんだ……。国に、家族がいるんだ……。本当にすまない……」
それは、喉の奥から絞り出したような、苦しみに満ちた声音でした。
「……すみません。私も、失礼しますね……」
私は目を細めて少しだけ顔を背け、兵士さんの胸にウインさんをコツンと軽く当てます。
瞬間、ビリっと兵士さんの身体に電撃が走り、彼は声もなくその場に倒れました。
『大丈夫、気絶しただけだ。怪我もないし、命に別状はない。良くやったな』
「はい……。でもこんなの、辛過ぎます……」
『……そうだな。お互い、虚しくなるだけの戦いだ』
「…………」
重苦しい空気を少しでも払おうと首を振ると、視界の隅に、《勇者》と《聖女》の姿を捉えました。
(あの二人! 岩石を思いっ切りぶん投げてやりたいっ!!)
睨みつけながらそちらに目を移すと、木に隠れるように《勇者》と《聖女》が立っていて、もう一人、フードを被った見知らぬ人がいました。
《勇者》がフードを被った人と何かを話すと、その人は近くにある森の中に入っていきます。
《勇者》はそれを見届けると、《聖女》と一緒に、離れた場所に置いてある馬車へと向かって歩き出しました。
……あ、ちなみに私、昔から目だけはいいんです。今もそれぞれ2.0以上はありますよ。
早速、今見たことをウインさんに報告します。
「ウインさん。《勇者》と《聖女》の他に、フードを被った知らない人が一緒にいました。その人、《勇者》と話した後、森の方へと入っていきましたよ」
『何だと? ……フードを被った、か……。嫌な予感がするな。《ウォータースピア》にその事を知らせよう。君は気を抜かず警戒していてくれ』
「分かりました」
イシュリーズさん達の方を見ると、半分以上の兵士が気絶して倒れています。
イシュリーズさんはいつもより動きが鈍いので、やっぱり苦戦しているようです……。
その時でした。森の中から不愉快な咆哮が聞こえ、地響きが起こります。
すると、森から沢山の大きなムカデのような魔物が現れ、土煙を立てながら一斉にこちらに向かってきました!
「ぎゃああぁぁっ!! 出た、出た出た出たぁーーっ!!」
『くそっ、嫌な予感が当たってしまったか……!』
私、足が沢山付いてる虫が大の苦手なんです! 例え小さくても、見つけたら絶対に悲鳴を上げてしまいます。
だから家の中に出た虫は、専ら母が退治してくれていました。母は◯ッキーでも笑顔で瞬殺します。スリッパでスパーンッッ! ……と。
色んな意味でうちの母強しです。
そんなわけなので、小さいのでも駄目なのに、何ですかあの巨大ムカデは!?
め、めちゃくちゃ気持ち悪いぃ~~っ!! 直視できない!!
イシュリーズさんとリュウレイさんは、残った意識のある兵士達に逃げろと指示を飛ばすと、気絶している兵士達の前に立ち、巨大ムカデ達と対峙します。
でも二人だけでは、あんな沢山の魔物達を相手に、気絶している兵士達を庇いながらの戦闘は不利です……!
……こうなったら……!
「ウインさん! 私、向こうに行って、倒れてる兵士さん達を担いで遠くへ逃します! そうすれば、少しはイシュリーズさん達も戦いやすくなるはずですよね!?」
『あぁ、確かにそうだが……。戦闘の近くに行くから、かなり危険だぞ?』
「分かっています。けど私も、少しでも役に立ちたいんです!」
私の決死の覚悟に、ウインさんも気が付いたようです。
『……分かった。私が君を守るから、くれぐれも無茶はするなよ』
「了解です!」
言うと同時に、私は走り出しました。
その時、イシュリーズさんの背後から、巨大ムカデが襲い掛かるのが見えました。
イシュリーズさんは兵士達を気にしながら三匹のムカデと戦っているので、後ろのムカデには気が付いていません。
リュウレイさんも、他のムカデ達の相手で精一杯です。
――誰も、イシュリーズさんを助けてくれる人はいません。
あのままじゃ、確実にイシュリーズさんが……っ! ウインさんにそのことを伝えたとしても間に合わない!!
――私は無意識に、ウインさんを投げるモーションを取っていました。
『ユヅキ、君はまた……!』
ウインさんが勘付きましたが、もう遅いです。
「ウインさん、ごめんなさいっ!! やっぱり私は、私なんかよりイシュリーズさんの命の方が大切なんです!! どうか彼を守ってっ!! どりゃあぁぁっ!!」
私は思いっ切りウインさんを振り被り、ぶん投げました!!
ウインさんは見事に野球のボールのように真っ直ぐに飛び、イシュリーズさんのすぐ背後に迫っていた巨大ムカデにぶつかります!
「キィエエェェッ!!」
バチバチッと盛大な稲光が走り、巨大ムカデを強力な電撃が襲います。
それは真っ黒焦げになり、バタリと倒れて動かなくなりました。
と、同時にイシュリーズさんは三匹の魔物をカマイタチの風で倒します。
自分のすぐ後ろにいた焦げ焦げのムカデを目を瞠って見ると、肩で大きく息をしている私の方に視線を寄こします。
「柚月、貴女はまた……っ!!」
……すみませんイシュリーズさん、約束を破ってしまって……。
でも、何も出来ない私なんかの命より、その手で沢山の人を守れるあなたの命の方がとても大切なんです。
天秤にかける前から分かり切っていることなんです。
10
お気に入りに追加
1,799
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
黒の神官と夜のお世話役
苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました
聖女と聖主がらぶらぶなのが世界平和に繋がります(格好良すぎて聖主以外目に入りません)
ユミグ
恋愛
世界に淀みが溜まると魔物が強くなっていく中ある書物に書かれてある召喚をウォーカー国でする事に…:
召喚された?聖女と美醜逆転な世界で理不尽に生きてきた聖主とのらぶらぶなオハナシ:
極力山なし谷なしで進めたいっ…!けど、無理かもしれない………ーーツガイ表現がありますが、出てきません
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
騎士団長のアレは誰が手に入れるのか!?
うさぎくま
恋愛
黄金のようだと言われるほどに濁りがない金色の瞳。肩より少し短いくらいの、いい塩梅で切り揃えられた柔らかく靡く金色の髪。甘やかな声で、誰もが振り返る美男子であり、屈強な肉体美、魔力、剣技、男の象徴も立派、全てが完璧な騎士団長ギルバルドが、遅い初恋に落ち、男心を振り回される物語。
濃厚で甘やかな『性』やり取りを楽しんで頂けたら幸いです!
冷淡だった義兄に溺愛されて結婚するまでのお話
水瀬 立乃
恋愛
陽和(ひより)が16歳の時、シングルマザーの母親が玉の輿結婚をした。
相手の男性には陽和よりも6歳年上の兄・慶一(けいいち)と、3歳年下の妹・礼奈(れいな)がいた。
義理の兄妹との関係は良好だったが、事故で母親が他界すると2人に冷たく当たられるようになってしまう。
陽和は秘かに恋心を抱いていた慶一と関係を持つことになるが、彼は陽和に愛情がない様子で、彼女は叶わない初恋だと諦めていた。
しかしある日を境に素っ気なかった慶一の態度に変化が現れ始める。
美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました
市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。
私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?!
しかも婚約者達との関係も最悪で……
まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!
私は5歳で4人の許嫁になりました【完結】
Lynx🐈⬛
恋愛
ナターシャは公爵家の令嬢として産まれ、5歳の誕生日に、顔も名前も知らない、爵位も不明な男の許嫁にさせられた。
それからというものの、公爵令嬢として恥ずかしくないように育てられる。
14歳になった頃、お行儀見習いと称し、王宮に上がる事になったナターシャは、そこで4人の皇子と出会う。
皇太子リュカリオン【リュカ】、第二皇子トーマス、第三皇子タイタス、第四皇子コリン。
この4人の誰かと結婚をする事になったナターシャは誰と結婚するのか………。
※Hシーンは終盤しかありません。
※この話は4部作で予定しています。
【私が欲しいのはこの皇子】
【誰が叔父様の側室になんてなるもんか!】
【放浪の花嫁】
本編は99話迄です。
番外編1話アリ。
※全ての話を公開後、【私を奪いに来るんじゃない!】を一気公開する予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる