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しおりを挟む「…………っ!!」
――セリュシスは、昨夜のセレンの言動を思い返していた。
『避妊と性の病気だけは気を付けて下さいねっ?』
『……けど、どうか……今は、私だけを見て下さいね……?』
……アイツは、俺にもう抱かれることはないと分かっていたから、俺の身体を一番に心配して、それに、あんな言葉を――
『なぁ、ここを出たら俺と一緒に暮らさないか? ……いや、俺と一緒に暮らして欲しい。ダメか……?』
『……! ダメなわけないじゃないですか。すごく……すごく嬉しいですよ……リュス……。ありがとう……。二人で暮らしたら、毎日がとても楽しそうです……』
『今度はこんな牢獄じゃなくて、暖かい部屋のベッドの上で……しような?』
『……ふふっ。それは……今も幸せだけど、もっと幸せな気持ちになれそうですね』
俺の問い掛けに、アイツはその答えを返さなかった。その来るはずのない未来を想像して、あの言葉を言ったのか……?
……あの時の涙は、嬉し涙じゃなくて――
『ありがとうございます……リュス。私、今日のこと、一生忘れません。胸に深く刻み付けておきます』
『本当にありがとうございます、リュス。大好きですよ。ずっと、ずっと――』
あの時、アイツはどんな気持ちであの言葉を――
「……っ!! ――出来るわけねぇだろがそんなことッッ!!」
セリュシスは血の滲むほどに唇を噛み締めると、勢いのままに叫んでいた。
「忘れるなんて出来るわけねぇだろうがッ!! 初めてこんなに好きになった――愛したヤツのことをッ! ……幸せになんて……なれるわけねぇだろ……? 俺が……俺がアイツを殺したんだから……。――アイツのいない世界に……幸せなんて、あるのかよ……」
最後の方は声が掠れ、セリュシスの蒼い瞳から、ボロボロと涙が零れ落ちる。
それは幼少の時以来の涙で、制御が全く効かず次々と瞳から溢れ、頬を伝い、床に幾つも染みを作っていく。
「ぐっ……う、うぅ……っ」
アストールは、男泣きに泣くセリュシスの肩に優しく手を置いた。
「……君は感情が高ぶると、周りを見ずに突っ走ることがあります。一度立ち止まって気持ちを落ち着け、周りをよく見て下さい。一人では無理そうなら、信頼出来る者に協力を仰いで下さい。そうすれば、このような結果は免れたはずです。冷静になり、他人の思惑や魂胆を読み取って、自分や大切な人の為に最良な選択を――」
「…………アストールさん」
不意に、咎めるような女性の声が騎士団長室に響いた。セリュシスはバッと頭を上げ、素早く左右を見回す。
「あっ、こら、まだ早いです。もう少し黙っていて下さいよ。最後に親としての忠告をですね……」
「人の思惑や魂胆を読み取るなんて、そんな簡単に出来ませんよ。それに私がもう耐えられません。リュスをこんなに泣かせてしまって……。それに、私の遺言だったものは、もう言わなくて良かったんですよ? 私、ここにいるんですから……。うぅっ、自分の遺言を自分で聞くことになるなんて恥ずかしい……」
「いやぁ、それを伝えた方が現実味が増すでしょう? 人は一度ドン底に落ちて、そこで己を顧みて反省して這い上がってきた者は大きく成長するものなんですよ。我が息子にはそれが出来ると信じてですね、一度奈落のドン底に突き落として――」
「……もう少しお手柔らかにいきましょう、アストールさん……?」
聞き間違えるはずのない、愛しい人の声が聞こえる。
「セレンッ!?」
「……ごめんなさい、リュス。アストールさんが暫く黙っていてくれって言うものだから……」
カーテンがそろりとめくられ、そこには申し訳無さそうな顔でこちらを見るセレンの姿があった。
前髪は眉毛の辺りまで切られ、綺麗なアメジスト色の瞳が見えるようになっている。後ろ髪も肩くらいまで短くなっており、一見すると牢獄に閉じ込められていた『ニセモノ聖女』と別人のように見えるだろう。
「セレンッッ!!」
セリュシスは涙を拭わないままセレンに駆け寄ると、その華奢な身体を引き寄せ強く抱きしめた。
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