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 それから毎晩欠かさず、セリュシスは彼女に着替えと晩ご飯を持って行き、彼女が眠るまで話をした。

 日中、怪我人の治療も始めたようで、力を沢山使った日はやはり疲れるらしく、就寝が早かったけれど、それ以外は夜が更けて彼女が慌てるまで会話を続けた。

 彼女といると、時間が経つのがあっと言う間だった。セリュシスは会話が得意では無く、あまり話す方では無いが、彼女が会話の内容を上手く聞き出してくれるのだ。
 そして、セリュシスの話を真剣に聞いてくれて、その話に合わせて喜怒哀楽を見せてくれる。彼女との会話も楽しいが、そんな彼女を見ていても楽しかった。寧ろもっと見ていたい、と思ってしまった。

 他の女達は、自分を見ればすぐに身体を求めてきて、自分も気分によって女を選び、それに答え、会話も最小限だった。
 だが、彼女はそんな欲求が微塵にも感じられなかった。自分の話をただ嬉しそうに聞いてくれている。


 ――それは、初めてのことで。
 彼女が身体ではなく、“内側”の自分を求めてくれている感覚に高揚感を覚え、けど何だかむず痒くて、落ち着かなくて。
 ――でもとても嬉しかった。


 彼女と一緒にいられる時間は、セリュシスにとって一日の中で一番待ち遠しい時間となっていた。
 何も知らない他の騎士達から同情され、「代わってやろうか?」と言われたが、首を左右に振って断固拒否した。

 彼女との時間だけは、他の誰にも絶対に譲れない。


 そんな生活を続けて三週間が経ち、今夜も二人はいつものように晩ご飯を食べ終えた後雑談をしていた。

「そう言えば、アンタは何歳なんだ?」

 ふと気になって訊いてみたが、女に年齢を訊くのは失礼だったかと、セリュシスは今言った自分の言葉を後悔したが、彼女は気にも留めず素直に答えてくれた。

「私は二十二歳です。イケメンさんは私と同じくらいでしょうか?」
「大体予想通りだな。俺は二十四だ。……あのさ、その“イケメンさん”はいい加減止めてくれねぇか。俺、そんな名前じゃねぇし。前に名前教えたろ?」
「う……。――その、非常に申し訳ないのですが、お名前の発音が難しくて……。こちらの世界でお名前はとても大切なものみたいで、翻訳がされないまま聞こえてしまうんです」
「ふぅん、そうだったのか……。――“リュス”、は?」
「……あっ、聞き取れました! 『リュス』?」
「そう、俺の昔のあだ名だ」
「リュスさんですね、カッコイイあだ名です」
「ありがとよ。あと、“さん”はいらねぇ。歳近いし“リュス”でいい」
「……リュス」

 ニコリとして自分のあだ名を口にした彼女に、セリュシスはドキリと心臓が跳ねた。そのまま鼓動が早くなっていく。
 セリュシスはその時、無性に彼女の瞳が見たくなった。自分の目をその瞳で見つめて、もう一度、人生で一番楽しかった子供の頃のあだ名を呼んで欲しかった。

 セリュシスは彼女に近付くと、手を伸ばしその前髪を掻き上げた。思った通り、柔らかく触り心地の良い髪質だった。

「あ……っ」

 窓から洩れる月光に照らされたその瞳は、アメジストのように神秘的にキラキラと輝く紫色で。セリュシスは思わずその瞳に見惚れてしまい、ジッと見つめてしまった。
 けれど彼女は慌てて下を向き、瞳を隠してしまう。

「すっ、すみません、気持ち悪い目ですよね……。子供の頃からこんな色で、皆から気持ち悪いって言われて――」
「バカ言うな。逆だ。キレイ過ぎて見惚れちまった」
「……えっ?」
「隠すなんて勿体ねぇよ。こんなにキレイなのに。なぁ、もう一回見せてくれるか?」
「えっ……? あ、はい……?」

 彼女はおずおずと顔を上げる。セリュシスは再び彼女の前髪を掻き上げると、鼻と鼻がくっつきそうな至近距離でその瞳を見つめる。


「……俺の名前、呼んでくれないか」
「リュス……?」
「あぁ。……もう一度」
「リュス」
「うん」


 鈴を転がす可愛らしい声で自分の名を呼ばれ、セリュシスの心に、言い表せない切なさや、喜びや嬉しさが交ざり合って込み上げてくる。
 
「……リュス。私の目、本当に気持ち悪くないですか……?」
「あぁ。何度も言うが、見惚れるくらいにすごくキレイだ」
「……うっ……」

 彼女はセリュシスの言葉を聞くと、その瞳から大粒の涙を零し始めた。
 その涙も月の光にあてられて輝き、セリュシスは吸い込まれるようにその涙を見つめ――ハッと我に返ると慌てて言った。

「ど、どうした!? 俺、何か泣かせることを――」
「……ち、違うんです。ずっと、ずっと気味悪いって言われ続けてきた目だったから、キレイって言われて、すごく嬉しくて……。ありがとうございます……」

 潤んでキラキラ光るアメジスト色の瞳で微笑まれ、セリュシスの理性が一瞬飛びそうになった。

「…………っ」

 唇を強く噛んで何とか理性を保つと、誤魔化すように下を向く。
 彼女のすぐ近くにいたので、自然と彼女の身体が目に入り、服から覗く腕や足に、赤や薄い紫の痣がいくつかあることに気が付いた。

「……なぁ、その痣はどうしたんだ?」
「え……? ――あっ、その、ちょっと転んじゃって……。こんな狭い場所なのに、ドジですよね私ってば」

 彼女は涙の残る目でアハハ、と笑うと、急いで服を引っ張り、その痣を隠した。

「……なぁ……」
「あっ、またこんな時間まで引き留めちゃってすみません……! 私、寝ますね? リュスは行って大丈夫ですよ。絶対に逃げませんから。約束します」

 彼女はいつもの台詞を言うと、毛布に包まり横になる。そして、セリュシスがいる場所と反対側の方を向いた。

 まるで、それ以上その痣について触れて欲しくないかのように――


「おやすみなさい、リュス」
「……あぁ、おやすみ」


 セリュシスは釈然としないまま、牢獄を後にした。



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