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しおりを挟むセリュシスは着替えが入っている袋を脇に挟み、晩ご飯が乗っているお盆を片手で持ちながら、地下に続く階段を降りていた。
「『ニセモノ聖女』が生活する場所が牢獄とはな……。いくら何でも酷過ぎだろ。悪いことなんてやってねぇのに」
それも上が決めたことなので逆らえないとアストールに言われ、心がモヤモヤとしたまま晩ご飯を運ぶ時間となったのだ。
地下に着くと、牢屋が縦に六つ並んでおり、所々松明で灯されてはいるが、薄暗くて気味が悪い。好き好んで入りたくない場所だった。
今は彼女以外、誰も入っていないようだ。
その一番奥に、彼女はいた。奥の牢獄は要人や貴族が使う場所で、シャワーとトイレが個室で付いており、他の牢獄より広くなっている。
その中で、鉄格子の付いた小さな窓から入ってくる月の光に照らされ、彼女は膝を抱えながら、ボンヤリとその窓を見上げていた。
こちらの足音に気付くと、彼女はゆっくりと顔を向けた。目は前髪で隠れ、気弱そうな印象を受ける。長い真っ直ぐの黒髪を肩で結び、それを前に垂らしていた。見た目柔らかそうな髪質だ。
「おい、着替えと飯だ」
セリュシスは一言言うと、預かっていた牢獄の鍵を使い、扉を開ける。
彼女が逃げる心配は無かった。何故なら、片足が鎖で繋がれているからだ。その鎖は、トイレやシャワーが行ける距離ギリギリの長さがあるようだ。
セリュシスはそれを見て顔を顰めると、着替えと晩ご飯が乗ったお盆を彼女の前に置く。
「ありがとうございます、イケメンさん」
そこで初めて、彼女が声を出した。鈴を振るような可愛らしい声だった。
「イケメンさん……?」
「あ、すみません。私が住んでいた場所の言葉で、『カッコイイ人』って意味です」
「……あぁ、それはありがとな」
言われ慣れている言葉だが、口元に自然と微笑みを浮かばせた彼女から言われると何だかむず痒くて、ぶっきらぼうに返してしまった。
牢獄の扉を閉めると、その場にドッカリと腰を下ろす。
「言葉が通じるんだな。俺としては都合が良いが」
「はい。それは私も安心しました。どうやら召喚された際に、こちらの世界の言葉を私の住んでいた国の言葉に翻訳してくれる能力を授かったみたいです。逆に、私が喋った言葉は、こちらの世界の言葉に翻訳されて聞こえるみたいですね」
「へぇ。それは便利な能力だな」
「はい、とても助かりました。あっ、ご飯ありがとうございます。有難く戴きますね。着替えもありがとうございました。――ところで、イケメンさんはまだ何か……?」
出ていかず、正面に胡座をかいて座っているセリュシスに、彼女は小首を傾げながら訊いてきた。
「あぁ、アンタが寝るまで監視してなきゃいけねぇからな」
セリュシスは正直に理由を告げる。
彼女は驚いた様子だったけど、納得したように頷いた。
てっきり泣くか怒るかすると思っていたセリュシスは、少し拍子抜けして彼女を見返してしまった。
「夜遅くまで大変ですね。お疲れ様です。私は逃げないので、横になって休んでいいですよ」
更に予想外に、彼女は近くにあった一枚の毛布を手に取り、セリュシスに渡してきたのだ。
「これ、使って下さい」
「使えって……。一枚しかねぇじゃんかよ。アンタはどうすんだ」
「私は大丈夫です。平気なので気にしないで下さい」
そう言って微笑む彼女の肩は少し震えていた。この場所は暖炉なんて勿論あるはずが無く、常に肌寒い。長袖のワンピース一枚では寒いに決まっている。
「……ちょっと待ってろ」
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