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「まだ明け方なのに、早い訪問なこって。年寄りは早起きだから問題ないがの。――のぅ勇者殿」


 ハボックはノックの音に扉を開け、目の前に立っていた人物に目を細めるとそう言った。

「お礼を言いに来ました。フェリはもう、元の世界に還りたいと言わないはず。彼女に常時『追跡魔法』を掛けて下さりありがとうございました。お蔭で彼女の居場所が手に取るように分かりました」
「おや、そうかそうか。それで嬢ちゃんは今どうしてるかの?」
「ボクの部屋でぐっすり寝てますよ。少し無理をさせてしまったみたいだ」
「ふぉっふぉっふぉっ、若いのぅ。でも嬢ちゃんを無理させちゃいかんぞ」
「気を付けます」

 明らかに気を付けないであろう飄々とした表情に、ハボックは内心苦笑する。


「では嬢ちゃんは、真実を知ったわけじゃな。召喚儀式が《聖女》を喚び出す為ではなく、最初から嬢ちゃんを喚び出す為に行ったことも伝えたのかの?」
「いえ、それは伝えていません。勝手にこの国に喚ばれ、勝手に元の世界へ還らされ、ボクの一方的な想いでまた勝手にこの国に喚ばれただなんて、それを知ったら更に怒ると思って」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうかのう?」
「貴殿に前もって協力をお願いして正解でした。フェリがここに辿り着いて元の世界に還りたいとお願いしたら、貴殿はすぐに了承し、彼女を還したでしょう? 貴殿は他の召喚士と違い、一年の充電期間なんて関係なくいつでも召喚儀式を行えるから」


 キールヴァルトの言葉に、ハボックはニヤリとして返す。


「そうじゃのぅ。ワシはどんな時でも嬢ちゃんの味方じゃからな」
「……フェリが元の世界へ還された時、ボクはすぐに彼女をこちらに戻して欲しいと貴殿にお願いしましたが、断固として聞き入れて下さいませんでしたね。お蔭で一年間待つことになってしまいましたが」
「そう恨めしそうに言いなさんな。自分が手に入れたいものは、自分の力で手に入れないと有り難みがないじゃろ? 代わりに嬢ちゃんに常に『追跡魔法』を付けてやったじゃろう。サービス満点だと思わんかの?」
「……確かにそうですね。フェリに強力な味方がいて頼もしい限りです。敵に回すととてつもなく恐ろしいですが」


 キールヴァルトはフッと苦笑すると、踵を返した。


「次は二人で挨拶に来ます。フェリは貴殿に会いたがっていたので」
「それは嬉しいのぅ。待っておるぞ。しかし勇者殿よ。嬢ちゃんは城でジッとしている性分じゃないぞ。きっと旅に出たいと行ってくるはずじゃ。その時、お主はどうするのかの?」


 キールヴァルトはハボックの問い掛けに少しだけ考え、口を開いた。


「その時は勿論ボクも一緒に行きますよ。この国に未練はないし、王子の王になる為の教育も順調だ。あとは宰相に任せれば大丈夫でしょう。――やっとこの手に囚えたんだ。絶対に手放すもんか」
「ふぉっふぉっふぉ、そうかそうか」


 最後は独り言のように呟くと、キールヴァルトはハボックに一礼して去っていった。
 ハボックは彼の後ろ姿を見送りながら、小さく笑う。


「実は嬢ちゃんはこの家に辿り着いていましたー、なんて言ったら、勇者殿は驚いて腰を抜かすかのぅ」




 ――そう。実は昨日、夜が更に更けた頃、フェリスティがハボックの元を訪ねてきたのだ。

 彼女曰く、深夜にキールヴァルトの部屋にこっそり忍び込んで、盗賊専用シーフスキル『睡眠』を使い、彼を更に深く眠らせた後、城を抜け出しここに来たということだった。
 キールヴァルトが起きていなければ、『追跡魔法』は意味がない。彼はしてやられたわけだ。

 まずは一年前のことを真剣に謝ったフェリスティは、ハボックが召喚儀式が行えることが分かると、すぐに元の世界に還して欲しいと訴えた。
 そんな彼女に、ハボックはキールヴァルトの真実を聞かせてやった。


「そっか、キールは結婚してなかったんだね……。けど、私のことが好きって……? 《聖女》を喚ぶ為ってのは口実で、私に会いたくてわざわざ召喚を……? ほ、本当に……!? こんな私のどこがっ!?」


 顔を真っ赤にさせて狼狽えるフェリスティに、ハボックは孫を見るような温かな眼差しを送る。
 ハボックも前にキールヴァルトに訊いたのだ。彼女のどこを好きになったのかを。


『沢山、ですよ。ボクに向ける笑顔がとても可愛いし、自分が実は美人なことに全く気付いていないところもかな。コロコロ変わる表情を見てると癒やされるし、仲間の為に自分が危険になることを承知で引き付け役を自らするところや、小柄なのに意外と胸があること、それを必死に隠そうとしているところとか』
『本当に沢山じゃな』
『ふふっ。それに、裏表がなく、ウソがつけない素直なところ……ですね』


 眉根を下げ、ふ、と目を細めて笑ったキールヴァルトの表情に、今まで受けてきた苦痛や苦悶が垣間見えたような気がした。


「……本人から訊いてみるといいぞ。沢山過ぎて覚えておらんわ」
「沢山んっ!? そんな馬鹿なッ!!」


 平手で空を切り、思いっ切りツッコむフェリスティに、ハボックは思わず吹き出してしまった。


「だけどどうして、結婚してないって最初に言ってくれなかったんだろう……」
「嬢ちゃん、勇者殿に『今は何とも想ってない』とズバッと言ってのけたのじゃろう? それなら、勇者殿が結婚していてもしていなくても、嬢ちゃんは勇者殿のことを何とも想っていないのだから、それを伝えても元の世界に還りたいという思いは変わらないと思ったのじゃろう。嬢ちゃんを還らせない為に今すべきことを優先して、伝える優先度が下がっただけのことじゃないかの」
「……そっか、なるほど……。色々擦れ違っていたんだな、私達……。だとすると……」

 暫く考えていたフェリスティは、顔を上げるとニコリと笑った。


「分かった。私、ここに残るよ。元の世界には還らない。キールと一緒にいる」
「おや、いいのかい?」
「うん。初恋が実るってなかなかないことでしょ? ここだけの話、実はまだ引き摺っていたんだよね、キールのこと。女々しいヤツって自分でも思うけど。だから両想いだったことが嬉しくて」
「ふぉっふぉっふぉっ、そうかそうか」
「私、ここで何にも聞かなかったことにする。キールがそのことを自分から私に言ってくれるのを待つよ。――あ、でも避妊薬は欲しいな。キールのことだから、私が城から抜け出さなくても、何かしら理由をつけてしてきそう」
「おやおや、若いのぅ」
「キールが無理矢理してきたのって、何か理由があると思うんだ。キールは性欲に負けるヤツじゃないし、それこそ私を還らせない為の何かだと思う。無理矢理されたのは許せないけど、その理由を訊いてみなくちゃ。今までのは多分大丈夫だと思うけど、これ以上しちゃったらホントに子供出来ちゃう。じいちゃん作れる?」
「あぁ、そんなことはお茶の子さいさいじゃ」
「お茶の子? あははっ、何ソレ? じゃあ今すぐお願い出来る? お金は後払いでいい?」
「いらんいらん。材料もあるし、簡単に出来るからタダでいいぞ」
「やった! ありがとうじいちゃん! 大好き!」
「ふぉっふぉっふぉっ。それを勇者殿にも言っておあげ。すごく喜ぶと思うぞ」
「うーん……。向こうが本当のことを言って、無理矢理したのを誠心誠意謝ってくれたら考えるよ」
「そうじゃな、そこは真剣に土下座させないといけないの」
「あははっ、だね」


 ハボックは薬を作りながら、フェリスティに質問をする。


「では、嬢ちゃんはあの城に留まるのかい?」
「ははっ、まさか。同じ場所にジッとしているのは私の性に合わないんだ。盗賊のサガってヤツだね。だから旅に出るよ」
「おや。勇者殿はどうするんだい?」
「一緒に連れてくよ。キールもきっと一緒に行くって言ってくれると思うんだ。渋ったら強引に連れてく。せっかく両想いになれたんだもん。もう離さないよ」
「ふぉっふぉっふぉ、お熱いのぅ。旅に出る前、ワシに挨拶に来ておくれよ。回復薬をうんと作っておくから。勿論タダでの」
「やったぁ! じいちゃんホント大好きっ!」




「――さて。囚われたのは果たしてどちらだったのかのぅ? 久し振りに人間模様を楽しませて貰ったわい。回復薬はその礼じゃよ」



 永い永い刻を生きる賢者はクックッと可笑しそうに笑い、キールヴァルトの姿が見えなくなるまで見送ると、静かに扉を閉めたのだった――






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